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大福餅

良いことも 悪いことも
みんな大福なのです

自分の本体は

霊体であり、肉体ではない


本体は

神霊界や幽界

根の国、底の国のどこかに在り

霊線で意志が肉体に繋がって活動している


肉体に霊が宿って産まれると

新品の真白な脳が働き出すので

この世を一から始めるにあたり

産まれる以前の記憶が無くなる


肉体中心で生きる人は、この世が全て

神霊界や幽界は無いと思う


霊で生きる人は

この世は一時的に居る場所で

何年か、100年ぐらいの寿命かと思い

本体はこの世以外で

永遠に存在すると分かる


この世で成す事

死に場所


命懸けで事を成す


成す為に死ぬ事も厭わぬ

死に対する恐怖を超えて


その為に此処に来た

事を成す


事は人それぞれに違う


武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり

「あり得ない!!!」

「だから許せない!」

でも、目の前でソレは起こっていて

だから実際には、あり得ているわけで


実際にあり得ているけど

自分の中では、あり得ない!!

だから許せない

許せば自分(信念)が崩れる

絶対に許せない!


怒りで煮え滾り、気が狂いそうになって

自分が壊れて、傷付いても


相手は知らん顔で、何でも無い

どこ吹く風


殺してやりたい! とさえ思う


仕方がない

有り得るのです

先ずそから始めようと思う


ああ こんな事もあるんだね

自分が変わろう

一つ大きくなれるかも

でも、まだ許せないけどね

こんな自分は小さな小さな存在だけど

ほんの少し一歩踏み出した気がする


拒絶して、否定して

ずっとその場に留まって

怒っているのを止めよう


前に進まないとと思う

心を澄ませると

心の中の先生がそう言ってくれている

僕は、ストレスを感じると

その人が悪いとか

その状況が悪いとか

自分の外側の要因が悪いと思ってしまう


でも、同じ状況で

ストレスを感じない人もいるので

僕の内側の要因も有るのかなと思う


腹立たしいと思わなくなったり

ストレスのレベルを下げられたら良いかも



僕がその人から感じるストレス要因は

その人全体の極々一部分だと思う


その一部分が嫌だから

その人全部を嫌いになってしまう事も有る


人との関係性は仕事とか遊びとか、その人の一部分だけとの付き合いになるので、その一部分が全てになってしまう


嫌いな一部分は変わらないけど

全体的には悪くないのでは

良い部分は自分に関係無いので

やっぱりその人は嫌いなままなのかな


自分の魂を磨く為には嫌いな何かをなるべく無くしたい

嫌いなものの多さは

ストレスの多さと同じだと思う


この世界の全部は見えないし

解り得ないかもしれないけど

解らない事を諦めたくない


その為にほんの小さな事を

嫌いな物事に対して、自分をどうするのか


自分を成長させたい

悪いと思う相手に変わって貰うと

自分は成長しない


嫌いなものは嫌いなままかもしれないけど

それに対しての感覚が変わると

少し世界が変わると思う


ほんの少し成長できたら良いかな


人が地球から産まれた地球の一部分なら

人の悪意は、地球そのものの汚れかも

悪意のその人を罰する事で解決するのか

それで悪意は修まるのか


まずは悪意に触れた自分が

悪意に浸食されない事が大切かもと思う

自分が最底辺の存在になる

醜くちっぽけな 

でも支配される存在でなく 


本当の世界に上も下も無い 

ただ能力が有るのか無いのか 

有るものは無いものを助け育てる 


沢山持つ者(お金や能力)が 

無い者を支配、家畜化し搾取している 

支配者は少ない仲間しか持たず 

沢山の家畜化した人間を飼っている 

人の上に立つ存在 


世界の底辺に居るものは 

世界の全てに感謝できる 


底辺とは支配者達が作った言葉 


空気や風や水 

微生物や虫や動物 

植物達や鉱物に 

世界をバランス良く保っている力 

沢山の仲間達と暮らす 


自分は一個体ではあるが 

地球そのものであり 

宇宙そのものであり 

全てのものと一体化して暮らす 


自分や仲間だけが偉くなりたい人は 

地球や宇宙そのものから 

個体として飛び出した者 


お金や力で他を虐げても生きられるけど

その全てから飛び出した意識のまま

肉体死後の本当の(全てと一体化した)世界に帰ったら、仲間外れになってしまう


そんなの寂し過ぎる 

世界の全てと生きたら良いのに

人間はその心の中に

「善」と「悪」両方が備わっている


日常生活で、ある場面に遭遇すると

善と悪両方が発動して、心を揺り動かす

善として行動しようか

悪として自分の利益のために行動するか


心が自分本体であると認識していると

善と悪に揺さぶられ、迷い苦しむ


しかし自分本体は御霊で

御霊は心を保有している

善と悪の心を経験して

どう思い、どう行動するか

御霊(自分)の成長を目指す


悪(憎しみや怒りなど)を経験して

悪を良く知る事で、世界中に散らばった悪を、事向けや和す事もできるかもしれない


悪は、正義に否定され迫害される事で

その心を殺され怒りや憎しみを増す

逆恨みではあるけど


悪に触れた善の人は、悪に感染する

悪に大切なもの、財産や家族や仲間の命を奪われると止め処なく憎しみが湧く

その憎しみに染まる事は、悪そのものに成る事だけど止めようがない

悪を憎み悪を打ち倒す事こそが正義


正義に打ち倒された悪は、正義を憎み

悪に殺された善の人は正義で悪を憎む

正義と悪の戦いの連鎖が続き

憎しみは永遠に膨れ上がる


正義は人間に仕掛けられた罠の一つ


悪魔が人間に仕掛けた

「憎しみ増産システム」

このシステムがフル稼働して悪魔のエサは限りなく増え続け、悪魔は裕福になる


神々は人間の心に善と悪を与え

御霊が磨かれるのを期待したけど、あまりにも多くの人々が憎しみ増産システムに捕らわれているため落胆している様子


1980年代のテレビ番組で

中東戦争国の家族に日本の青年が

「戦争は無益で、今すぐ止めるべきだ」

と訴えた所

そう言われた中東の青年が、激怒して

「お前は家族を殺されて黙っていられるのか!アイツらを皆殺しにしてやるまでこの戦いは終わらない」と言っていた


当事者でないテレビを観てるだけの自分は、

打ちのめされて何も出来ない

自分もきっと憎しみを抱く

憎しみ連鎖システムは稼働し続ける


キリストは

右の頬を打たれたら左の頬を出せと

ブッダは

もし賊が愉しみの為に、自分の腕をノコギリで切ったとしても許さなければならないと


憎しみの連鎖は、いつか何処かで終わらせなければならないけど


暴力的な強さは心の弱さの現れで

自分を護るパワーは強いけど

その本質は弱いまま


強く守れる力が欲しい

攻撃しない強さが欲しい

「大和魂」と言えば

命懸けで戦う

日本人特有の高潔で神聖な魂


この大和魂のイメージは

大戦中に産まれたものでしょうか


現在は、格闘技や各種スポーツで使われていると思います


元々「ヤマト」は・・・


日本最古の書と言われる古書に

古事記や日本書紀があります

この二つは、記紀と呼ばれています


記紀以前に存在した古書の一つに

ホツマツタヱと言う書が有ります


ホツマツタヱは偽書と言われていますが

その内容にはかなり心惹かれました


ゼロから始めるホツマツタヱや

はじめてのホツマツタヱがお勧めです


そのホツマツタヱは

ヲシテ文字と呼ばれる文字で書かれています

ネットで調べると直ぐに分かるかと思います


ヲシテ文字で「ヤマト」を組合せると

ヤ:天から地上に降り注ぐエネルギー

マ:地上から天に向かって昇るエネルギー

ト:ヤ(陽)と マ(陰)の正反対のエネルギーを統合したり、融合したり、宥和したり

「ト」は沢山の働きをします


神々の中の、トの一族が「トのヲシテ」を神々へご教授されていた様ですが、その文献は残されておらず、そのヲシテは人々の誰しもの心の中にある様です


本当は誰でも心の奥底では

平和で仲良くありたいのではないでしょうか


全く正反対の人とでも解り合って仲良くなれる

解り合うまでに沢山の言い合いや争いもあるかも知れないけど


根本的な心の持ち方として

相手を潰す為に争う 殺し合いでなく

理解し合う為に 意見を言い合うと良いのではないかと


戦い、足を引っ張りあい

蹴落として、我先に奪い合う競争より

協力し合い、より良いものを生み出す方が良い


しかし社会構造の根本が競争を拠り所にしているので、真の意味でそれは叶いませんし

勝つ歓びを麻薬の様に求めてしまう

負けた人を踏みにじる歓びに酔う人も多いし


神々が人々と意思疎通が出来ていた時代は、人々も統一し平和に暮らしていましたが、現在はそれが出来なくなっている様です


現在も神懸は、誰しもが日常的にしている事で珍しい事ではありません

虫の知らせや、思い付きなど

自然過ぎてあたかも自分独りで出来た事の様に思える事も、実は神々の声であったりします


昔は神々が居る事を、普通にリアルに感じる事が出来ていた様です


話は逸れましたが

本当の「ヤマト」とは

戦う事ではなく、みんなで仲良く平和である事ではないでしょうか


漢字以前から有ったヲシテ文字以外にも、古代日本の文字が有りますが、それらを神代文字と言う様です


諸説あると思いますが

聖徳太子は漢字を日本の馴染みにした方として有名ですが、太子はこの神代文字に漢字でフリガナをしていた様です


漢字に仮名文字でフリガナをするのでなく

神代文字に漢字でフリガナをするっていう


その時にヤマトは「大和」になった様です

大きく和やかに、大きく和解、全てが和やかになると言う意味の様です


植民地化された国々を解放して、大和を成す

大東亜共栄圏を創る為に、大和魂を持って戦う事がテーマで有ったかも知れません


現在、大和魂は戦う魂と言うイメージが強くなってしまったので

ヤマト心とか、ヤマト魂、ヤマト御霊とか

そんな呼び方で、平和に全てが一つと成りて、日本を地球を真価発展できたら良いなと思います

否定されるのが怖いから警戒する

「相手が自分を受け容れるなら」と思う


お互い否定から入って相手を試し

違う考え同士、ヒートアップして否定し合う


自分に無い、新しい考えは自分のやり方に反して邪魔になる気がしてしまう


でもそれは、改めて自分を見詰め直す良い機会かもしれないし、新しい発見もあるかも


自分は絶対正しくて、その他を否定する事

それは意外と損かもしれない


先ずは否定するのを止めて

先ずは肯定して、話を聴いたり 見たり 体験したりしてみたい


相手も頭から否定されると腹立たしいと思うしお互いに体験して、相手と自分二人とも成長すると良いかも


最終的にダメかもしれないし

違うモノができるかもしれないし


自分が肯定から入っても

相手は否定から来るかもしれない


そうすると、自分は傷つく


否定は自分を護る為にそうしてるかも

偉そうにしたいからかもしれないし


否定すれば、否定するモノより上になった気になれてしまう

本当は何も変わらないのに


肯定から入る自分は傷付けられるけど

でも 否定から入るのは弱い者のする事で

自分の変化を嫌う事

自分は変わらず、相手に変わってもらいたい

小さな子供が、親にねだる様なもの


本当に小さな子供なら

護らなければならないし可愛いけど

大人は違う


でも大人でも

護って欲しい時もありますよ

自分が一生懸命積上げて来た知識や経験を否定されてしまうと、自分の命を取られる位の危機感を覚える


でも、真意(神威)がソコに無かったら


死ぬほど辛いアノ経験は無駄だったのか?

直ぐに捨てられるものではない


苦しいけど、これが現実と言うものか


我欲に捕らわれれば、ソレしか残らない

真意に気付けば、ソレ以外が手に入る


他人も自分も無い

他人の功績も、自分の功績も等しく

他人の功績であり

自分の功績であり

地球の功績である


喜び合える

協力し合える


功績が自分や他人の個人的なモノなら

嫉妬、妬み、怨みが出来て

足を引っ張り合う


どちらが良いだろうか?


肉体は地球の成分で出来ている

地球上にあるモノ全てもそう


だから

地球に在るものは全て「地球」だと思う


自分は個人でも在るけど

地球として存在している

一は全であり、全は一である


現在は

自分の事を地球だと意識しなくなった

自分は一個人で、自分が良ければ

自分の周りが良ければ

知らない他人や、自分に関係ないものは

どうでもいい

自分に関係しない物事に痛みを感じない


人間にはミラーニューロンと言うものが有るらしく、この神経が働くと他人の痛みが理解るそうだ


今のこの世界では

自分を地球として捉えられない


自分も他人も他の全てが自分と同じ地球だと考えてしまうと、地球から切り離された利己的な自分さえ良ければ良いと思う人に全てを奪われてしまう


自分を地球だと思う純粋な人は

この利己的な人にさえ与えてしまう


一つの地球に成るために

今だけ金だけ自分だけの人は

地球に掃除されてしまうかも知れない

誰一人同じ人は居なくて

似たモノは有ってもやっぱり違う


だから敵対している


けど、それぞれの違いを受け容れて

一つのグループに成れば

大袈裟になるかもしれないけど

全ての人や植物や水や空気や鉱物などが

霊的に一つの地球に成れば


一つになんて成りたくないかもしれない

自分の自由意志が阻害されるかもだし


3000年ほど前、全ての生物や無生物は

一つの地球で構成され、その中で一つ一つの個性を持って生活していたらしい


現在は、地球や宇宙の全体の霊性から

各個人、一つ一つの生命として切り離されて存在し生活する事になったらしい

そのため、常に神的霊的エネルギー欠乏状態になりエネルギーの奪い合いが始まった


約3000年も前の話だから、本来一つに纏まった状態を知らない神々も出現している

人間は50年や100年ほどの寿命を繰り返し営んで来た為、今の状態こそが当たり前でこの状態を守ろうとしている



でも本当は誰しも

自分の心の奥深くの神性(声)が

平和で安心した暮らしをしたいと

そう言っていると思う


誰かと自分は、貶め合わなくていい

誰かと自分は、高め合い尊重し合う

そんな世界だと好いのに

それが本来の世界だと思う


でも、奪われる恐さに耐えられない

バカ正直で、疑わなければ全て奪われる


この恐怖を

なるべく早く克服できたら良いのに


地球が一つに成れば、次元が変わって

この宇宙の他の星の人達ともコミュニケーションできて、今までとは全く違う世界を体験する事になるんじゃないかな


成ってしまえば、それはごく当たり前の事で

特別な事ではないと感じると思う