正しいと思えば、その意識は固定化され変化しなくなる、もしくは変化し辛くなり成長を著しく遅くする
さらに「正しい」が出来ると同時に、その裏側に「間違い」が出来る
新しく陽が生まれれば、その対となる陰が生まれる
正しいは秩序を保つのに役立つが
良くない事象を生む事もある
正しいの性質を知る事で
柔軟に変化すると良いかも知れない
正しいや間違いは、新たに出現したり既存のものが変化する
正義は悪を滅ぼす事が当然で
間違いは正しいによって消される
悪の中にも正義が在り
正義の中にも悪が在る
消される間違い達は、自分の存在意義をかけて戦うが、自分がどんなものか知らないまま戦う事もしばしば
間違いを頭から否定すれば抵抗される
間違いの中の正をよく訊き出す事で、相手も自分も分かり合い変化する事ができる
これを事向けや和す(ことむけやわす)
と言ったりもする
自分が正しいから
間違いのあなたを正すとなれば
ただただ戦う事になる
誰がどう見ても正しい場合でも、間違っているその人は自分を否定(殺ろ)されたくない
よく話し合う事でよく知り合い、お互いに変わり成長し合える社会であればと思う
しかし、殺して奪う事が目的の魂は、共に活かし合おうとして手を差し伸べるその人を殺して奪う事もあり、仕方なく剱を振るう事もある
競争が、殺し合いや足の引っ張りあいにならない社会であれば
勝者が全てを奪い、敗者は取り潰されるか搾取され続けるこの社会
競争が切磋琢磨に使われ、勝って敗者を称え
負けて勝者を称え、競う前には気付き得なかった所に気付き、成長し合う社会であれば
正しいにこだわらず、曖昧であれば何時でも変化成長する
慎ましさは自身を正しいとしない
人の上に立たず常に変化成長する
一つの物事や文章に、これはこうに違いないと正しいを作ればそれ以上にならない
永遠に成長する為に
一つの物事や文章や言葉に
固定化した意味を持たせない
一つの物事は何通りにもなり得る
固定化は縛りつける封印となる
そしてこの文章も
この文章は正しいと示唆していて、閉鎖的固定化されたもの
本当なら善も悪も無い
善も悪も無い世界が「正しい」
と言うこの感覚も間違いで、この感覚のさらに先へ行く、もしくは還るのか
自分は正しいと、ふんぞり返る人
反対に、常々自分はどこか足りないと頭を垂れ謙虚な人
御言(自然なる道:惟神の道)に
言挙げて間違いを指摘するのは
正しさを貫く姿勢
言挙げるのでなく
さらなる発展に寄与する姿勢
神々の御言は
自分達を従わせる為のものでなく
世界の地球の宇宙の存続発展の為
還って個人個人の自分達の為のもの
逆らうのはむしろ
自分で自分の首を絞める事だと思う
個人は目に見える、感じられるものだけを信じるけど
自分の肉体が存在する、この見えて感じる世界の外側と言うか同じ空間に、見えず感じない世界が在り、そこに自分は肉体と霊が同時に存在している
個人は一個人として存在している場合と
見えない世界を含め、全世界の小さな一部としての個人として存在しても居る
個人が独立すれば
いつも足りなくて全てを欲しがる
個人が全体と繋がっていれば
枯渇する事もしばしばあるが満たされる
常にエネルギーの源と繋がっている