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大福餅

良いことも 悪いことも
みんな大福なのです

現世と幽界と霊界と神界


現世は

物質化、固定化、造り固める


幽界は

現世と霊界の中間


霊界は

物質が無く、意識や思、志が全てを創り出す

物質的制約がない為、自由な発想と成る

広大でふわっとした発想になりがち


そこに現世の

硬化し纏まったエネルギー体を織り交ぜる


現世の

物質的、現世自然的な法則に閉じ込められる事で、発想を濃縮できる

しかし、それに捕われれば発想は縮小する


化学は自然界を人為的に解明したもの


現世的、限定的、科学的発想と

もう一つ、霊的発想を持ち続けたい


霊界的発想と現世的発想

現世的発想は自然界の限定限界が有り

霊界的発想は限界が少なく自由度が大きい為

霊界的発想の方が優位に感じるが

現世は霊界と違う性質を持つ為

どちらにも優位性は無く特異性が有るのみ


人は霊界と現世、両方に同時に存在する為

双方バランスをとるが

意識が現世や霊界に強ければ

どちらかに偏りアンバランスと成る


コレはコレであり、ソレ以外に無い

となれば発展は薄くなる

この感覚を持つ人々を見て神々の一部は

現世人は低い意識しか持たないと言うが

下に見て卑下している訳ではなく

成長を見守り助けている


人も神々も、全ては一つの地球であり宇宙

自分の成長も他人の成長も同じ様に喜ばしい


意識の固着は違いを拒み争う

争いも成長の一部であれば、それもまた良い


固着せず

全てを受け容れ変化成長する大和心も好い


世界は常々変わり 苦しくも楽しい

何か大きな事を成し遂げるのも大切だけど

ただ日々を過ごす事もとても大切な様に思う


何気なく時間を過ごし

どんどん月日が流れて

もう年末かーなんて思うけど


夏がとても暑くて

熱中症に気を付けたり

冷たくて美味しいものを食べたり

涼を探しに行ったり


秋が来てちょうど良いと思うのも束の間

ハロウィンが終わって

あっという間に寒くなり

インフルエンザが流行りだして

もう冬になった


何気なく時間を過ごし

その中で日々、何かを見聞きして

様々な事を感じ取る

似たような事は有っても

同じ事が起こったことが無い


いつもいつも違っていて

意図しなくても

いつの間にか

必要な何かを経験している


些細な良い事があったり

美味しい何か

楽しい何か

願い事が叶ったり


とても嫌な事が重なったり

嫌いな奴に出会ったり


良い事も、悪い事も

沢山の経験で自分がどう成長しただろうか

肉体レベルと御霊レベルで


自分で意図して

自分の道を切り拓く事も大切だと思う

不足が悪と成り 

充足が善と成る


不足と充足は

時と場合、状況によって細分化され 

人は善と悪両方を持つ 


不足から充足に至る過程が 

美しい場合もあり、醜い場合もある 


どちらが良い悪いでもなく 

その過程が御霊の成長に繋がる

国政は、国を運営する


都道府県を運営する

市町村を運営する


会社を運営する

学校を運営する

自治会を運営する

それぞれの集まりを運営

家庭を運営する

自分自身の運営


各種運営は

最小単位の人々の幸せの為に在るのでは?


国政を行う全ての人でなく一部の人は

民を劣った者と見ているかもしれない

民はその一部の国政者を腐っていると貶める


国政を行うものは、民の幸せの為に働き

民は、国政者を敬い協力する


そして世界が回っていく形だと良いかも

複雑な事が沢山あって

そんな単純には行かないと思うけど


でも、運営者が人々の幸せの為に働き

人々も運営者と共に在ったらと思う

お互いがお互いの為に働く


運営者が、運営者自身の為に人々を蔑み使うだけなのは良くない

人々は運営者を倒すこともあり得る


国家運営は

国を護ることと同時に

国を形造る一人一人の生活を護ること


国家の中身は国民

中身の無い国家の形だけを護っても仕方無い


世の中がおかしいと思っても 

世間のルールを決めているのは権力の有る人達で、大企業とか政治家や表に出て来ない人達とかで、自分の意見や想いは露ほども届かない 


だから世の中に対する意見や想いを持つ人が、どんどん居なくなってしまうんじゃないかな


でもそれはきっと世の中を統べる人達にとって都合の良い事だと思う 

彼等の決めた事に従順に従っていれば良い


娯楽を与え、考える力を奪い 

いつの間にか僕達の想いが世間に及ばない仕組みを作ってしまった 


チッポケな砂粒みたいな僕は 

何を想っても無駄みたいだ


でも、実際はそうでもないらしい 

自分の想いは深層心理の奥深くに潜り

沢山の人や植物や空気や水や鉱物微生物に影響する 


大海原に一滴の砂糖水を垂らすような微々たるものだけど 

必要な人や物事にその想いが届いて

インスピレーションとして伝わる 


誰に届くか分からないし 

自分は世界に影響している事に全く気付けないから、自分は生きているのも無駄なんじゃないかと思ってしまう


でも自分の想いは自分を視ていてくれる血統のご先祖様達や、自分の魂の親神様や、幽界の職員さん達など沢山の神霊が感知しているらしく、意外と影響を及ぼしているかもしれない 


だから悲観する事はない 


自分が感知できる世界への影響を気にしなくても、自然界や神霊界、幽界、根の国、底の国に通じている


でも見えないし、感じないしなーって
なんだかそう思う 


まあ空気も、光も、微生物も見えないし

あまり感じないけど確かにそこにある訳で、全ての「もの」は世界の全てに影響して生きている

自分の為と同時に、他の全ての為にも生きて活動している

自分の意にそぐわなくても


だからまあ良いじゃないですか 

自分は今、50代半ばで老眼で若い頃に比べて見え辛くなっています 

それでも見えているので、生活に支障はありません (無いと思っているだけかな?) 


似た様な状態で 

霊眼が弱ると自分本体(自分本霊)の眼が鈍り霊的感覚が鈍るかと 


肉体が鈍ると霊的感覚も鈍る と言う事でなく、現代人は総じて鈍っているのかも知れません

僕も・・・ 


 僕は鈍っている状態に気付かず 

これが当たり前だと思って生活している訳で


しかし本来は、誰しもがもう一つの世界を感じその理(宇宙)の中で生きていると思います 


現世も霊的世界の中に在る


全ての人に、現世と神霊界を同じく感じる能力が備わっていると思います 


霊的力を発揮している人は凄いです

そして本来誰にでもそれは有ると思います


時々人間一人の欲望を叶える神霊がいらっしゃるけど、それは間違いなく悪霊で叶うと自分の御霊の質を落とす様に思います 

短期的には良いけど、長い目で観ると損なので止めた方が良いかも 


心からとか、腹の底からとか自分の霊(本体)で世界を感じてみようと思います 

それは物質でないので、実体が無く空に感じるけど 


自分の想い 

こうしたいと願う心が発生して 

実行し物質化するのだから 

それで良いのではと思います


なかなかに難しくて続かないけど 

鬼滅の刃の全集中常中の様に心がけてみたい 


善も悪も無い 

そっくりそのまま視て感じたい


2歳の子供と遊ぶ機会を得たのですが

その子がそっくりそのまま心から受け取るので 、他所の家の子ですがこの子が僕の先生です


全ての善も、全ての悪も 

きっと何かを伝えようとしている


心からこの世界を感じたい

怒りも憎しみも


自分の身

脳を含め肉体を第一に護るのを止める

ネガティブに自死を望むのでなく

プライドとかは要らない

自分を護る為に相手を傷付けたり攻撃しない


護るのは身ではなく、身の中にある本霊

その上で肉体も大切に思う

自分以外全てをそう想いたい

でもそれはとても疲れる

恐怖に抗い逃れようとすると 

「悪」になる事もある


恐怖は逃れようとしても 

絶対に逃れる事が出来ない 


恐怖は自分の中に在る自分自身 

恐怖は自分の中から湧き出る 


恐怖から逃れようと 

恐怖を与える他者を傷付ける 

恐怖を与える物事を自然を 

支配しようとする 


死の恐怖から逃れる為に 

自己の安全、安楽の為に 

攻撃する力を手に入れ 

支配し搾取する 


いつからそうなったのか? 

恐怖と共に在ればいいのでは? 

元々争う事はなかったのでは?

誰かが遠く遠く昔に始めたこの争いの社会 

恐怖は御霊を磨くために備わった 

大切なものだったはず 


恐怖から逃れる為に 

人智を超えた力を手に入れようとしたり

人より上で在りたいと願い努力する 

自分の本質(霊)から
自分(肉体)が離れ 

人と自分を比べて負けまいとする 


自分(肉体)が本質に還れば

他者は他者として成長し

自分は自分の生き方やペースを取り戻す 


自分で自分を惨めに感じてしまう事も多い

どんなに努力しても敵わない沢山の人達の中に居る場合、逃げ出す事も出来ない地獄の中に閉じ込められる 


産まれ持った才能の差が埋められず苦しむ

その苦しみから逃れる為に

相手を貶めて自分の能力をアピールする 


自分の能力をアピール出来ない人は

ただただ落ち込むか

他者の脚を引っ張り、貶める

アイツより自分が上だと思いたい


貶める相手は誰でもいい 

とにかく喰い散らかす 


本質に還れば
能力の差は埋まらないけど 

自分は自分のペースで成長できる 

相手もまた成長する事を知る 


この社会は能力上位者が良い待遇を受け

能力下位者が虐げられる 


それぞれが伸び伸びと成長する為に
社会が変わるのが大切なのか

一人一人の御霊が変われば良いのか

それとも両方なのか 


自身の成長や変化は自分の為だけでなく

社会や世界や地球や宇宙の為であり

還って自分の為でもある 


隣の人が自分より能力があり活躍しているのは、全世界の為の活躍であり、それは自分も幸せにしてくれると考えれば、貶めるより応援したくなるのではないのか 


能力上位者が下位者を貶めるこの社会は、改めた方が良いかもしれない 

貶める人は、能力上位者であっても本質の自分に自信が無い御霊下位者である場合が多いのかもしれない 


神霊界に還れば、その世界では同じレベルの御霊しかいない為お互い比べる事も少ない 

現世においては、上から下まで様々な御霊が居る為に比べる差も激しい 


恐怖も、怒りも、憎しみも、悲しみも 

辛い事は何もかも自分と共に在り 

ここから逃れようとすると悪と成り得る


恐怖から逃れようとする者 

恐怖と共に在ろうとする者


自分が自分らしく居られる方法

自分の恐怖と共に在る事


でも、逃げる時も有っていい


自分の恐怖を自分のものとすれば

他者の恐怖

痛みや苦しみも理解しあえると思う


恐怖は消す為に存在するけど

自分の御霊の成長をもって消える

そしてその恐怖は出てこなくなる


恐怖を感じない様に

使い切れない程のお金を持ち

誰よりも上である立場や権力を手に入れても

自分の中から湧き出る恐怖に

いつまでも怯える事になる


王様気取りは、恐怖の真実から目を逸らし

ただ誤魔化して生きているだけ


怖さを認めて、誰かと一緒に乗り越え成長したら良いと思う


自分は強いこの愚民共より上だと誤魔化して

それで良いのか

正しいと思えば、その意識は固定化され変化しなくなる、もしくは変化し辛くなり成長を著しく遅くする 


 さらに「正しい」が出来ると同時に、その裏側に「間違い」が出来る 

新しく陽が生まれれば、その対となる陰が生まれる 


 正しいは秩序を保つのに役立つが 

良くない事象を生む事もある

正しいの性質を知る事で
柔軟に変化すると良いかも知れない 


正しいや間違いは、新たに出現したり既存のものが変化する


正義は悪を滅ぼす事が当然で

間違いは正しいによって消される 


悪の中にも正義が在り 

正義の中にも悪が在る 


消される間違い達は、自分の存在意義をかけて戦うが、自分がどんなものか知らないまま戦う事もしばしば 


間違いを頭から否定すれば抵抗される 

間違いの中の正をよく訊き出す事で、相手も自分も分かり合い変化する事ができる

これを事向けや和す(ことむけやわす)
と言ったりもする


自分が正しいから
間違いのあなたを正すとなれば

ただただ戦う事になる 


誰がどう見ても正しい場合でも、間違っているその人は自分を否定(殺ろ)されたくない


よく話し合う事でよく知り合い、お互いに変わり成長し合える社会であればと思う 


しかし、殺して奪う事が目的の魂は、共に活かし合おうとして手を差し伸べるその人を殺して奪う事もあり、仕方なく剱を振るう事もある 


競争が、殺し合いや足の引っ張りあいにならない社会であれば


勝者が全てを奪い、敗者は取り潰されるか搾取され続けるこの社会 


競争が切磋琢磨に使われ、勝って敗者を称え
負けて勝者を称え、競う前には気付き得なかった所に気付き、成長し合う社会であれば 


正しいにこだわらず、曖昧であれば何時でも変化成長する 


慎ましさは自身を正しいとしない 

人の上に立たず常に変化成長する 


 一つの物事や文章に、これはこうに違いないと正しいを作ればそれ以上にならない 

永遠に成長する為に
一つの物事や文章や言葉に
固定化した意味を持たせない

一つの物事は何通りにもなり得る 


固定化は縛りつける封印となる 

そしてこの文章も
この文章は正しいと示唆していて、閉鎖的固定化されたもの 


本当なら善も悪も無い 

善も悪も無い世界が「正しい」
と言うこの感覚も間違いで、この感覚のさらに先へ行く、もしくは還るのか 


自分は正しいと、ふんぞり返る人 

反対に、常々自分はどこか足りないと頭を垂れ謙虚な人 


御言(自然なる道:惟神の道)に 

言挙げて間違いを指摘するのは

正しさを貫く姿勢 

言挙げるのでなく

さらなる発展に寄与する姿勢 


 神々の御言は 

自分達を従わせる為のものでなく 

世界の地球の宇宙の存続発展の為 

還って個人個人の自分達の為のもの 


 逆らうのはむしろ

自分で自分の首を絞める事だと思う 


個人は目に見える、感じられるものだけを信じるけど

自分の肉体が存在する、この見えて感じる世界の外側と言うか同じ空間に、見えず感じない世界が在り、そこに自分は肉体と霊が同時に存在している


個人は一個人として存在している場合と

見えない世界を含め、全世界の小さな一部としての個人として存在しても居る


個人が独立すれば

いつも足りなくて全てを欲しがる


個人が全体と繋がっていれば

枯渇する事もしばしばあるが満たされる

常にエネルギーの源と繋がっている

日常生活のいかなる場面でも

戦いを挑んで来る人


その自分の意見より、こっちの意見の方が良いとその人自身も分かっていたとしても

自分の意見を護る為に戦う


自分の意見以外

感じなくなっている事もある


意見や考えは、魂から発する意志で肉体は魂を護ろうとしているのかもしれないけど


この人は、周りが敵だらけの戦いの世界で生きて来たのかも

今世だけでなく前世や、魂の世界でも

何百年も何千年も


負けたら奪われ蹂躙される

だから必死に護り戦って来たのかな


騙される事も多かったのかも

良い人だと思っていた

信頼できる人にも騙されて来たのかも


騙される負け犬にならない

勝つまで終わらない戦いの世界の住人

永遠に終わらない戦い


産まれたての時は綺麗な魂だったかも

根の国へ行って、穢れを落とせば綺麗になるかもしれないけど


でも、戦って勝つ事でしか幸せを得られないと信じて疑わないその魂は平和を嫌い戦い続ける


平和は、幸せは、嘘の世界だと信じている

信じれば騙される

戦って勝ち取ったモノだけが

「確かな、本物」

ソレ以外は偽物でふわふわして実感が無い

そう硬く硬く信じている


戦って奪う世界以外に

足りないものを補い合い

成長し合う世界があると思うけど


この人達が気付くまで

何年も何十年も何百年もかかるかもしれない


でも気付く前に、その修羅の世界は

そこに住む全ての魂と一緒に消えてしまうのかもしれない

生きる事は、肉体が生きる事か

霊(ひ)肉体(み)共に生きる事か


現在、肉体を生かす事に重点が置かれている

それは自分の本体が肉体だと思うからなのか

死ねば全て終わりだろうか


肉体を動かす原動力は

心や精神(スピリット)であろうと思う


日々自分周囲の現象に何を想い実現するのか

家族、友人の自分に対する影響

敵もいる

自然環境は敵になったり味方したり


生きたいと願う、基本的な想いは

肉体に宿る「霊」を護る為かと

肉体は生きている限り霊を護る

傷ついた身体を修復したり

成長したり、衰退していく

細菌や空気や水や食べ物が味方してくれる


光や力のベクトル

物が物として集結していられる力も

神々の力による


自分の安全を確保する為に

必要以上の財を成し

敵対する者達を殺し支配する

生存の為に常々競争し蹴落とし

上下関係を作り、他者を下に視て安心する

生きようとする事が行き過ぎると醜くなる


生きる事は清廉で在りたい


肉体と霊は共に在り

精神が肉体を動かす


いざとなれば死を厭わぬ

普段においても生き過ぎる事なく

身の丈に合った生き様で良い


人を下に視始めたら

自分は自分に自信を無くし

自分を信じるに値する軸を無くしたと思う

貶める相手を物差しに自分を測っている

アイツより俺は上なのだと

そうして、自分の位置を確認する


他者を頼りに自分の位置を確認するなら

下に視ているその他者に感謝すべきでは?


しかし軸を見失しなう事も、しばしば有る


自分の本当を見つめ直す為に

生きようとしすぎない


本来、死んではいけないし

生きる事は大切なこと

しかし過ぎてはいけない


生きようとし過ぎれば欲が前面に出て

事を仕損じる

死を覚悟するとよく動けるのでは




20歳ぐらいの頃「葉隠」を読んだ時に

「武士は、君主に命を捧げる」

といったくだりで

自分の欲望で國を獲りたいだけの君主に

命を捧げるなど下らんと思った

日ノ本(霊ノ元)の為に働く君主も居たのに


仕(支)えるべき君主を見つけたなら

肉体と霊を賭して仕える


君主をスメラミコトとして視た場合

スメラミコトとその御意志は

「自分を含めた」全ての世界そのもの

「私」で動くことが無い 全てが「公」

自分が世界の一部であれば、自分の身が無くなる事になんの躊躇いが有るだろうか


そもそも肉体は本体でなく

その精神たる霊が本体

その霊さえも粉々に消し去っても良い

宇宙の元素に戻る事も、なかなかに心地良い