大福餅

大福餅

良いことも 悪いことも
みんな大福なのです

祝は自分以外の何かの幸せを

呪は自分以外の何かの不幸を


今、自分の心が発しようとする言葉が

祝なのか 呪なのか


誰かが自分に

呪の心や言葉を向けると

自分の心が呪となり

呪言葉を吐いてしまう


自分の御霊の霊線が

穢い世界に繋がれば呪心となる

穢い世界に住まう御霊であれば呪は日常

発するほとんどの言葉は

不満、愚痴、悪口、貶め

有りもしない罪悪感を与えて

子や周りの人達をコントロールする


直霊(なおい)の人が曲霊(まがい)に

呪言葉や呪い思念を向けられたら

直ぐに負ける


直霊は呪の心に成らないし成れない

呪言葉も気持ち悪くて使えない

たちまちやられてしまう


そのために武の道、武の心を創った

武は討ち滅ぼす事でなく

正しく遮るり防ぐ方法

その心の在り方


やってみると非常に難しい

呪言葉をかけられると

つい、つられて怒り

呪心に染まり

怒りで討ち滅ぼそうとしてしまう


権力や暴力を持ってはダメだと思う

呪に祝をかえすことをしてみたい

始めは薄く 

何度も心を殺されると思うけど


負けていい

負ければいい

負けて本道に在れば良い

勝って本道を外れない様に


勝って自分が正しいと思えば

本道(惟神の道)を外す


正義ではないやり方を

正義は呪に対して呪で返しているように思う

正義の呪は呪者に限定して発せられる


事向け和すは正義ではないと思う

勝って そして 負けて

お互いに称賛し合い

御霊を高め合い

更に研鑽を積み合う


勝って全てを奪い蔑すむ

負けて全て失い殺してやりたいほど憎む

お互いに御霊を落とし合う

奪われない為に更に研鑽を積む


奪い合う勝負で得られる

ドロドロした異様な心地良さを求める

失うリスクが有るからこその

人のものを奪う心地良さは甘美


何も無いからこそ奪う勝負に挑む


甘美が自分と他者を壊して行く

酒や麻薬の取り過ぎの様なものか

適量ならば良いのか


誰かや何かの幸せを祈る 祝い

誰かや何かの不幸を祈る 呪い

自分の意思が何処から来ているのか

自分の意思は自分のものか?

自分が発しているのか?


自分の意思に

深く潜ってみるとたどり着く


たどり着くまでに壁が有って

その先に届くのは困難


自分の意思はその先から来ている

全ての人も動物も植物も鉱物も水も空気も


自分の発想じゃない

だから自分の功績なんて無い


自分だと思っているものは

その先から来る発想を実現している


自分は受信した発想を

どうするか決めて実行してる


自分の肉体の脳は現世で

自分の御霊は、神霊界や根の国、底の国で


その発想は根源神のもの

この宇宙もこの世界も

あの世もこの世も

根源神から出来ている


同じもの同士

争うのを止めたらどうか


競い合って成長し

お互い称え合う

貶め合うのは醜い

自分の手柄なんて無い


自分は独立した存在ではない

神懸かりが無ければ生きていられない


キリスト教では

神から離れた子らよ

と問いかける


全てと根源神は一つ

みんなで世界を創っている

18歳くらいの時に

悪とは否定だと思った


他者の命の否定で 生命を奪う

他者の意思の否定 考えの違い

意思否定が争いを産む

家庭内や学校や職場、果ては戦争まで


18歳の時、否定を止めてみたけど

どうしても出来なかった


他者を否定をすると

自分が強くなった気になれるので

この人より上だと思えてしまう


自分にハッキリした形が無くても

形を成した人を否定出来てしまう

インスタントに強くなれるので

自分を創る努力をせず

他者を否定する方法ばかり考えてしまう


否定してばかりの人を許せない

これは否定の否定

結局自分は否定ばかりしている

否定から逃れられない


苦しくて苦しくて仕方無い


否定を無くす為に藻掻きに藻掻いて

否定を否定して、それをまた否定した

否定のスパイラルにハマって狂いそうになる

否定が消えない 悪から逃れられない


もう止めよう

自然に生きたら良いと思って

そして忘れた


そして家族が出来て

生活の為に生きて

金を稼ぎ

自分自身が悪にも染まり

少しばかり色々な事を経験した


そしてまた

否定を無くしてみる


今まで敵だと感じていた物事を

受け入れられそう

自分に薄いながらもクッションが出来た


そう

その否定

有るよね


否定は否定すると

どんどん大きくなるけど

理解されると消えていく


否定は否定されると悪化する

でも他者の否定は止められない

自分が否定されたら悲しいし辛い

だから怒るし憎む


他者は止められないけど

自分は止められそう


悪を倒す正義は否定(悪)の否定

しかし正義が無ければ悪は止めどなく増える


否定は憎しみや怒りを産む


悪が否定で他者を壊し

原初の憎しみと怒りを産み


正義が悪を否定し

悪の意思やその命を奪って殺して

悪の側の憎しみと怒りを増幅させる


否定の否定は

更に否定を産み

憎しみを雪だるま式に増幅させる


憎しみ増産システムの発動


この仕組みを作った神様は天才だと思う

こんな言い方は不敬だけど


憎しみ増産システムを発動させない様に

否定は否定せずに受け入れる

否定の意味をよく味わい受ける

そうすると根本の否定が消える


それにしても

受け入れ難い否定ばっかりでウンザリするし

無理だわぁと思う

根気よく頑張ればいつか


否定を、言向け和(ことむけやわ)したい

否定する事を

言挙げる(ことあげる)とも言えるかな?

誰かや何かを否定する事が

争いの種になっている気がする


イジメも、戦争も

学校や会社や家庭内の問題とか


否定を止めたりもしくは控えたりすると

否定している状況がよく見えてくる


ここが悪いとかダメとか

無意識に自分もしていた


否定するのは、多分きっと

もっと良くしたいからだと思う


未来を良くする為に否定する

でも否定は意志を殺す

相手は殺される

「否定は意志を殺す」と言う言葉も否定で

否定を否定している


だから否定を止める場合

否定を受け入れ肯定したら良いかも


否定している人の否定対象も肯定するので

外から見たら

「お前どっちの味方なん?」ってなるけど


でも否定が世界の混乱を産んでいるなら

ちょっと試しにやってみたい


どうなるか分からないけど

暫く否定を止めてみたい

色々な物事に出会えそう

これが自分の御霊の成長に繋がるかも


せっかく現世に産まれて来たし

心の、精神の 冒険をしてみたい


否定している意味や

否定される意味を知りたい

否定しないとはどういう事かを知りたい


否定しないを

無関心や上から目線でいては何も得られない


否定される事と否定する事の両方を

良く知る事で世界が一つ前に進むかも

否定し否定され「否定し合う」ことは

円環し永遠にそこに留まる気がする


自分の中で否定を止める事と

否定を否定しない事をやってみる


きっと苦しくなると思う

その時に、乗り越えられるのか、諦めるのか

間違いだったと気付くかも知れないけど

兎にも角にもやってみようかな

自分の御霊は自分からしか学べない


自分の人生が勝利したら勝利を学ぶ

敗北したら敗北の意味を学ぶ


自分の人生をただ生きればいい


平凡でも

波乱でも

そこから学ぶ


自分は生きればいい

もう大丈夫

10歳の春

窓から見える庭の雑草が

風に揺れ、陽の光を浴びて

キラキラ光っているのを見て

「この世界はなんで在るんだろう」と思った


その時、自分の手を見て

「これは自分の手だ」と思って

自分の意思のまま

自由自在に動くのが面白かった


この時まで、何も考えず無意識に

この世界をこの身体を使って生きてきた

10歳の時はそこまでの語彙が無かったから

そこまで考えず

ただただ不思議な感じがしていただけだけど


となりに居た父親に

「この世界はなんであるの?」

「みんな何で生きてるの?」

と訊いてみたけど

何も応えてくれなかったので


四つ年上の兄に訊いた

「この世界ってなんであるの?何でいきてるの?手とか自由に動かせるし、自分の目で見てるから自分で自分が見えないんだよ、この身体ってなんなの?生きてるってなんなの?」


兄「バカなの?」


こんな事考えてる自分はバカなのかと納得して、そのまま庭に出て露混じりの伸びた雑草と小さい花を触ったり見たりしていた


「この世界が何故在るのか」

「自分が何故生きているのか」

10歳の頃から今もまだ探求中ですが

未だに理解らず


兄の言う通り

バカなので仕方無いらしい

ずっと探している

全ての人や自然界が調和する条件が

全て同じ方向を向く事でないかもしれない


全ての人が最深部最低限の所で

同じ思想を持てば

争いが起こらないのでは?

そうして政治活動や布教活動をして

世界を統一しようとするけど


もう一つの方法として

根本的に全てが違った状態で

違う思想でそれぞれが

それぞれの成長を為せば


違った状態で繋がって協力し合う事で

完全調和が生まれるかも知れないなーと思う


でも完全になるとそれで終了しちゃうので

不完全調和である事で成長できるかも


同じは一つも無く

差が在るからコミュニケーションで成長できる

争うのも自然だが殺し合う程では


違いを認め合えば良いけど

違いを否定してしまうのは

お互いの場を認めず

その場を奪おうとしているのでは?


領土であり

職場や学校や社会的集まりや、家庭内

その場、自分以外の家族など一人一人に

自分のやり方を強要してしまうけど

でもそれが最良だと思うからそうするし

自分が引けば、相手の思想に支配される


それならば自分の軸を持って

自分を生きたらいいかも


今この時より軸を作り始めたらいい

間違ったら直せばいいし

生きたいと思う事で

邪悪な欲望が産まれるなら


生きる事に執着しなくて良いのでは?

死ぬ事も悪くない


肉体が本体でなく

意志を醸し出す

肉体に宿る霊体が本体であれば

肉体は死しても問題無い


でも肉体を大切にしないのは良くないし

死ぬ恐怖が有るからこそ

活き活きと生きられる


悪を消せば

それと一体化している

善も消える


肉体に宿り

より良く生きる事をしたい


個体それぞれのバランス


生きるけど

邪悪にならない生き方を

勝ち組と負け組が有って

人生に勝てないと

奪われ続ける人生になるらしい


今現在、自分の働きは

見も知らない誰かに搾取されている

搾取されている事に

気が付けないくらい自然に


支配者は生産能力を持っていない

彼等の仕事は支配する事


始めは恐怖をもって支配していたが

表立った恐怖による支配は

幾度となく反乱されたため

気付かれない様に支配する力を高めて行った


支配者が欲しいものは

第一に苦しみの無い生活

そして安楽、快楽、優越感

支配する事で神に成った様な気になれる


この世界はマネーが無いと生きて行けない

そこをコントロールされている


被支配者が支配者を一掃する為に

被支配者は一斉自決する


支配者は生産能力が無いため

滅びるしかない


支配者が滅びた頃に

また新しい肉体にその命を宿し新世界を創る


肉体は滅ぶけど、その中の御霊は永遠


体主霊従の人は

死を恐れるあまり支配者になりたがる


霊主体従の人は

肉体死は一時的なものと捉える


実際は死ぬのは恐ろしいし

子を育てるために

生きなければならなかったり


一斉自決は有り得ない

でも次の世は案外

直ぐそこまで来ているかもしれない