大福餅 -12ページ目

大福餅

良いことも 悪いことも
みんな大福なのです

霊や神の世界には物質が無い


物質がないので、触らない

食べないので、味がない

香りはどうか

音は有る様だ

見る事はあるだろうか


ただ五感による音や視覚ではない

五感でない状態の自分


神様とお話しする場合

現世でない世界を感じる場合

自分の霊で感じる

物質の目線で話すと、話しが合わない


物質でない自分の状態を意識する

肉体の自分の目線でなく

霊の自分の目線で世界をみる


物質世界も霊の目線でみると面白い

そして物質世界を物質の目線でみる


新しい何かを生み出す


霊はエネルギーで

エネルギーが宇宙や世界の全て

全てのものを動かしている


霊は個体でもあり、全体でもある


人は自分の意思で自由に動いている様だけど

エネルギーが無ければ全く動く事ができない

体主霊従(たいしゅれいじゅう)の人


「体」が主で「霊」が体に従う形の人は

身体は死ぬので

無意識に死の恐怖を持っている


その為、自分を守り、敵を殺そうとする

仲間を作るが、その目的は自分を守る為に

憎しみと怒りで自分を守り

支配して安心する


「霊」が主で「体」が従う形の人は

霊は死なず永遠に生きるので

恐怖が無い


否定する想念が良くないので

悪を否定することも良くない

 

悪として認識するけど

悪を断定し否定すると

今ある悪の他に、新たな火種(戦争)を想起する

 

今ある悪を一掃するために

新しい悪を創らない

 

今ある悪は否定そのもの

自分以外を壊し自分だけをはぐくむ

 

自分のために生きる人

人のために生きる人

自分の利益(第一)のために人のためあ(第二)に生きる人

自分の為=人の為=世界全体の為に生きる人

 

自分だと認識している自分は

現界で想念(意志)を実現化(物質化)

するためのもの


自分だと認識している自分は

自分で考えて行動していると思っているけど

本来の意志はもっと深遠から来ている


深遠の意志は自分なのか?

今自分だと認識している自分は

自分であって自分でない


仏教の問答みたいだけど

これは本当にそうなんだ


深遠の自分に気付く事で

今の自分は自分でないと思うけど

どちらも自分だと思う

今はそう思うけど

また変わるだろうと思う

悪は悪として存在し

悪には悪の歓喜がある

(恨み、憎しみ、自己愛など)

他者と戦い下洛させ

他者が下で自分が上だと感じられる歓喜


宇宙(神)には悪もある

宇宙は終わりなく在り続けるので

様々な事が起こる


善の者が悪に会うと 悪を恨み憎む 

不快過ぎて悪を排除しよう(殺そう)とする

戦いは気持ち悪い 

悪の行為や、その存在が気持悪い 


善の者が、そんな気持ちになる事自体が悪なのだが、悪からそのエネルギー(感情や感覚)を受けて感化されてしまう

直接受けると避けようもなく忌々しい


悪と会った時は

悪を憎んだり排除しようとせず

悪は悪として存在すると認め 

善の者は、感化される悪の歓喜とは別の

自分自身の歓喜を想念し行えばいい 


悪に感化されその場を去っても 

憎しみや怒りに囚われ

消せないでいるのは不幸すぎる


悪の感情や感覚は直ぐに祓い 

楽しく幸せな感覚を持つ 

弥栄を心に導く 


悪は悪として弥栄し 

善は善として弥栄す 


今の自分には悪がある 

慣れたら、もう少し成長できたら 

善と悪を体験しもっとよく知って 

受け入れ統合し

新しい世界を創れるかもしれない


善も悪も無いと言うけど

存在しないと言う事でなく

区別が無いと云う事だと思うけど

同じではないらしい


肉体的(脳)考えでは一個一個

個別にならないとイケないと思うけど

霊的視点で捉えると両者に区別無く

同じ様に育つ光と陰の様なものかと思う


悪は人間らしいと言えばそうでもある

悪にしてみたら自分達を殺そうとする

善こそ悪になるのかな


善も悪も無いか・・・

上下関係


上の者に媚びへつらう

下の者に貶みの目を向ける


生きている価値が高い

生きている価値が低い


お金を生み出す力の大きさ

魅力の高さ


この感覚は「まぼろし」

今回の現世を創った時のルール


ウガヤフキアエズの時代(神武天皇以前)は

神格の上下は有れど全ては平等に平らだった

平けく安らけくあった


「自分を下に見て来る人にどう対すれば?」

「そもそも上も下も無いから、対応の仕方も無い」

「しかし現世では確かに有って困ります」

「肉体の現世の目線で見るから困るのではないか?自分の心や振舞いを相手の目線に合わせるから苦しむのかも知れない」

「難しいかもしれません」

「本来のこの世界の姿は、相手も自分も敬う。本当はお前も分かっているだろう。現在の現世のルールにできるだけ従いながら、本来の世界の姿を示せ。皆に知らせて欲しい。本当は身魂では皆分かっている筈だ。しかし肉体で脳ではこの世界のルールを重んじている。本当は皆どうしたいのだ?思い出せ」


肉体や幽体を自分本体だと考えていると

自分が何者か分からなくなる


しかし産まれると魂は肉体に覆われて

守られる(肉宮)かわりに自らの魂は

天界との交流が一時遮断される

小さな天の岩戸閉めが起こる


そのため、肉体が自分の本体だと錯覚する

そしてそのまま人生の経験と共に魂も成長するが、死んでからもその事に気付けない


肉体が無くなったと気付いても

神霊としての自分に気付けず

神霊界に行けない人達は彷徨う事になった


そのため現界と霊界と神界しか無かった世界だったが、現界と霊界の間に幽界を創った

創ったのは人間達の想念


人間達の想念は

元々無かった地獄も創ってしまった

地獄を信じる人が多くなってしまった為

本当に出来てしまったらしい


仏教自体は素晴らしいけど

仏教を使って悪さをする仏魔の仕業でもある


幽界人に肉体はないが、肉体と同じ形の身体を持ち、現界と同じ様な社会に住み、仕事もしている


神々は幽界人達がその事に気付くのを緩やかに待っている

地獄なんて創ってしまって、困った人達だと思っている


神様なら一気にその人達を目覚めさせられるのでは?と思うけど

自分の力で気付かないと、その人の本当の成長にならないらしく

人任せでなく一人一人の地力を付ける事が大切みたいで

神界に時間は関係なく魂は永遠に生き続けるし、幽界人達の成長を見守るのも仕事の内


幽界人が本当の事に辿り着くまで、色々と経験する事が大切の様です


自分は宇宙から見れば

見えないぐらいの小さな点でしかないけど

自分は宇宙の小さな小さな一部であり

大きな宇宙そのものでもある

人や動物や物や空気や水など全てが


偉そうにしたり、自分が正しいと思ったら

その時点で間違っている

理屈が通っていて如何に正しく思えても


本当の自分は肉体や幽体でなく

本体の自分でありその想念や心ではない

心が自分ではなく

心や想念を作り出しているのが自分


気付かずそのままでは

怒りや悲しみや愉しさに振り回され

自分が分からないまま彷徨う


「人より」強い

「人より」偉い

「他人より」と思いたい人は自分が無いから

下になる人を見つけて安心したがる

それに気付かず下の人を虐げ安心し歓喜する

自分を見付けられない迷子になる

天の岩戸が閉じて

人間と神界の交通が閉ざされ

自分の立ち位置がわからなくなった


自分を確認する為に

相手と自分を比べて

強いとか、弱とか

優れているとか、劣っているとか

見て取れてしまう

自分を惨めに感じたくなくて戦いを始める

あいつより弱いなんて自分を許せない

あいつより強くなければならない

でなければ

物理的にか、もしくは精神的に支配される


岩戸が閉じる前は

みんな自分が分かっていた

自分探しをする人はいない

比べるまでもない

神格は決まっているが

優劣で支配されない

大きな力の神も、小さな力の神も

一緒に世界を創っている


相手と自分の力の差は確実にあるけど

争うのでなく

お互いに教え合って育ち合うと良いのでは

心理学は心を科学的に解明しようとしている

外界の刺激に対して現れる感情パターンの統計を取ったり


心の通りに身体は動く

心と身体は繋がっている

目に見えない心


「心」は、肉体と霊と神を結び創る媒介

心の半分は科学的に理解るが

それ以外は物質(肉体)と接触していない為

霊や神でなければ感知できない


自分を無くす「無」になると

感知できるかも

無は物質的観念は無であるが

霊や神で満ちている

言い直すと

無になる時

脳(物質)の意識は無であるが

霊的、神的要素で満ちる


脳(物質)が無になると

霊的、神的要素が自分に流れ込みやすくなる

この際に「自分にスーパーパワーが入る」と考えるとすぐにその流れは止まる

霊的、神的要素は自分個人のものにならない

全世界要素として働く

世界要素は大きなものにも

日常的な小さなものにも働く


我が有る時は「本当」の力は手に入らない

悪神の破壊的力は手に入るが

他を破壊し自分が上に立つ時自分も破壊する

破壊的、支配的力は得れば得るほど憎まれる

他も自分も壊れる事が悪神には分らない

眼の前の物事しか見えず

今さえ自分さえ良ければそれで良い

限りある命であればそれで良いかも知れない

しかし我々は、肉体が死んでも

身魂は永遠に生るのに

何故それがわからないのか


人より上で在りたいと願うと

この力の要素は来ない

自分で自分の意識が理解できていないと

この罠にはまる

人より上で在りたいと願う時に

悪神の要素が流れ込み

自分の願いが一時的に叶う

お金持ちになれたり、権力を持てたり


人の意識を殺して

自分が上になるのは良くない

自分もその他も良くなる思考と行為を


人のためにと意識が考えていても

同時に裏側の意識で人より強い力を得たい

と思っている事が多い

国常立大神に反抗された神々は

絶対的神格がある事に異議を唱えた

多くの神々が反抗運動に加わり

混乱があまりにも大きくなり

混乱を納める為

天津神々は一時、反抗勢力に政権を委託する


反抗勢力がこの世を創るにあたり

神格上位下位関係無く、自分の努力次第で上に行ける世を創りたかった


この世を創る想念の基(元、源)は

反抗心、怒り、闘争であった為

この世は競争で上位が決まる様になった


神格上位の神々は、みんなに力を使う為

広く力を使う為に力が拡散し薄く優しくなる


下剋上を狙う神々は神格上位を駆逐する為

力を自分に集中させ鋭く強くなる


優しい神々と戦闘的な神々の決着は

あっという間につく


日月神示で言われている様に

現世はで上の神々は下にいる


昭和五年

この世を創った反抗された祖神様たちは

この世は間違いであったとご改心なされ

元の世に戻す事を

天照大御神様にご同意された


しかし反抗する臣下の神々は

自分が努力して手に入れた地位を捨てられず

未だ反抗されている


人間において

争いで地位を得ようとする人は

この神々に利用される


小さな争いでは

日常のこの人の上で在りたいと言った心

マウントを取りたがる人など

他の心を倒そうとする人

大きな争いでは

権力や利権、戦争になるだろうか


もう時節が来た様で

この世界の今までのルールが一掃され

元々の神の法則である一列一平に戻る


現在の世界をリセットする為に

大きな破壊が必要で、今後何かが起こる

と言うか、もう起き始めている


反抗勢力に感化された人間はどうなるだろう

日月神示の「今の内に身魂を磨きなされ」

とは、きっとそう言う意味かと思う