2023年10月の「笑点の大喜利」での話である。

 

記事によると・・・

 

この日の大喜利では、「未知の生物探検隊」がテーマの一つに。林家たい平からは、

「子泣きじじいを発見しました。すごい泣いてます。黄色い着物を着て“3月31日に辞めるなんて言わなければ良かった”と言ってます」と、自分を未知の生物に仕立て上げられ、いじられた。

すると木久扇は泣きまねをしながら、「辞めるなんて言わないで、ずっと稼ぎたかった」とこぼした。

 

するとたい平から子供(の視聴者)が聞いてるから、出演したかったにしなきゃとたしなめられ、

「出演したかった」と言い直した、とのこと。

 

私もリアタイで見ていたが、このシーンはカットされずに放映されていた。

たい平がどんな考えかは知らないが、視聴者への表現はそこまで配慮するのか、と正直驚いた。

 

ここんところずっと怒りまくったので、クールダウンしてきた。

 

 
 

 

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最悪の結末に・・・合掌。

 

 

日テレも小学館も追悼コメントを出した。各方面での議論が深まっている。

 

 

ネット上では、原作者>>>>>>>>>>>>>>>>>>脚本家

の「原作至上主義」の考えが、メインストリームを目指しつつある。

 

「創造とは何か」を理解していないクソな原作厨の寝言があまりにも多いので、
怒りをどう表現するのに苦労している。
 
問題の脚本家のインスタにコメントしていた方にも攻撃かけるし。
バカかお前ら。
お前らみたいなクソはふた昔前のネット界にもいたな。
掲示板荒らし」っていうけど。
怒りの合間に考えていたことを書く。
今後原作付きのテレビドラマや映画はどう作られるだろうか。
 
「日本映画・プロデューサー協会」「日本漫画家協会」「日本シナリオ作家協会」などの各種団体で、
二次著作の契約における協定やガイドラインができるだろう。
 
あと、出版社や、漫画家の個人事務所やマネジメント会社とかが、
製作出資して製作の主導権を握ったうえでドラマを作ることもあるだろう。
今の深夜ドラマはそれをやっているな。

漫画や小説の映像化で改変するのは仕方がない・・・。

 

 

人気ドラマ『セクシー田中さん』原作者が日テレの“改変”に苦言…視聴者衝撃「なぜこんな行き違いが」「気の毒すぎる」

昨年10月クールに放送され、人気を呼んだドラマ『セクシー田中さん』(日本テレビ系)。12月2..........≪続きを読む≫

ネット上での原作厨の怒りは、「原作者からの『原作に忠実に』との約束があったのなら守れ。」「勝手にテレビのオリジナルに変えるな」とのこと。

改めてこのニュースの内容をよく読んだら、確かに、テレビ版脚本担当が怒るのがもっともな内容である。

 

連載途中で未完の作品であったことから《ドラマ化するなら「必ず漫画に忠実に」。漫画に忠実でない場合はしっかりと加筆修正をさせていただく》《漫画が完結していない以上、ドラマなりの結末を設定しなければならないドラマオリジナルの終盤も、まだまだ未完の漫画のこれからに影響を及ぼさない様「原作者があらすじからセリフまで」用意する。原作者が用意したものは原則変更しないでいただきたいので、ドラマオリジナル部分については、原作者が用意したものを、そのまま脚本化していただける方を想定していただく必要や、場合によっては、原作者が脚本を執筆する可能性もある》を条件に、ドラマ化に合意したという。

 

《・漫画で敢えてセオリーを外して描いた展開を、よくある王道の展開に変えられてしまう。
・個性の強い各キャラクター、特に朱里・小西・進吾は原作から大きくかけ離れた別人のようなキャラクターに変更される。
・「性被害未遂・アフターピル・男性の生きづらさ・小西と進吾の長い対話」等、私が漫画「セクシー田中さん」という作品の核として大切に描いたシーンは、大幅にカットや削除され、まともに描かれておらず、その理由を伺っても、納得のいくお返事はいただけない。
といったところが大きなところですが、他にも細かなところは沢山ありました》

 

 

テレビ版脚本担当にしてみれば、「そんなに自分の作品が大切なら自分で脚本を書いてみれば」と言いたいだろう。

 

地上波のテレビドラマは、スポンサー・視聴率・コンプラなどの制約の中で、細心の注意を払いながら表現しなくてはならない。有料チャンネルじゃなく、チャンネルひねれば簡単にお茶の間に飛び込むものだから。

 

芦原氏及び小学館の担当者と、脚本家らドラマ制作スタッフを繋ぐ窓口はプロデューサーのみだったといい、芦原氏は度重なる改変により、脚本家や監督に当初伝えたドラマ化の条件が伝わっているのか、疑問を抱いていたと明かしている。

 

これは、日テレ側プロデューサーの不誠実ではあるが、別の見方をすれば、「テレビ版のセクシー田中さん」を作るために原作者からの圧力をシャットアウトした、と考えることができる。

 

原作厨野郎は「テレビは自分のオリジナルで作っていない」「原作クラッシャー」だとほざいているが、オリジナルによっては、原作の限界を超えることができる。テレビをナメるなと言いたい。

 

ニュースの文中で特にこの部分が気になった。

性被害未遂・アフターピル・男性の生きづらさ・小西と進吾の長い対話」等、私が漫画「セクシー田中さん」という作品の核として大切に描いたシーンは、大幅にカットや削除され、まともに描かれておらず、その理由を伺っても、納得のいくお返事はいただけない。

 

当たり前だバカ。

今の地上波テレビドラマでそういうテーマを演出したら場合によっては大炎上になってしまう。悲しいが、ガキな大人がのさばっている今の社会ではそのテーマを地上波テレビドラマで描き切るのは無理だ。やるなら映画や有料チャンネルや自主制作じゃないとダメ。


はっきり言えば、芦原氏と小学館は、テレビドラマ化についてどう考えていたのか。芦原氏はコメントなりやっているが、小学館もコメントを出すべきだろう。