まだ続く。「セクシー田中さん」の原作改変問題について。 

 

漫画家からの追撃が続いている。

怒りの矛先は小学館である。

 

昨日一昨日の大雪でようやくクールダウンしたので、

怒りまくっていた時に見かけたものを紹介する。

講談社「現代ビジネス」の記事である。

 

韓国での話で、小説原作を漫画・webtoonにするときの問題を紹介している。

この記事は小説vs漫画での話だが、

これ、漫画vsテレビという今回の舞台にも当てはまるのではないだろうか。

 

 

 

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追い払いたいものある?

 

一部クソバカヲタの思い上がったマニア意識。

コロナウイルスの第十波と同じくらい深刻な状況だ。

正直言ってこのままだと、少子高齢化による20年後の日本市場縮小より先に、

趣味の世界が滅びる。

 

   

 

 

今出回っている、

「『日本シナリオ作家協会』の公式動画の全文文字起こし」とやらを確認した。

 脚本家側の視点だから、原作マニア野郎が怒るのは仕方がない。

 

アニメ版「鬼滅の刃」の脚本は、実制作のufotable名義である。

つまり、特定の脚本家ではなくufotableのスタッフが書いていることになる。

実際は脚本というものはなく単に絵コンテなのだろうが、

これなら、脚本家の作家性を排除し原作をダイレクトに映像化することができる。

これからの実写ドラマは、ディレクターや監督が脚本も書くことになるのだろうか。

 

文字起こしより。

 

 原作通りにやるとなると、

 それこそ事務所側の要望も聞かない、

 TV局側の都合も言えないってなって

 ほんとに純度高いものがつくれることってあるんですかね?

 

ヲタ野郎は「アニメや漫画はそれでヒットしている」とほざいている。

しかし、「絵だから」という言い訳ができるアニメや漫画でできることが、

現実の人間が演じる実写ドラマで通用する保証はない。

 

また、TV局や芸能事務所の影響を排除すれば、余計な規制やタレントのゴリ推しが無くなって、

原作優先の理想的な作品ができることがあるだろう。

しかし、マニアが満足する作品が大多数の一般市民にウケることは少ない。

面白いのを判断するのは少数のマニアでなく大多数の一般市民だからだ。

 

かつての記事で書いたように、地上波テレビの番組は、

スポンサー・視聴率・コンプラ等の問題で、できる表現に制約がある。

今のテレビは、全集中して通して見るメディアではない。

必要以上の長セリフがあったら即座にチャンネルを変えられる。

デリケートなテーマは演出によっては即座に大炎上する。

 

今回の問題であちこちの記事やブログを見て回ったが、

どいつもこいつもテレビ局や脚本家を傲慢と言っている。

確かにテレビ局が不誠実だったのはその通りである。

脚本家が不用意に不満を公言したのはマズかった。

しかし私に言わせれば、てめーらバカマニアの方が傲慢なんだよ。

幼稚な人間性でエラソーに言ってんじゃねぇぞクソが。

思い上がるのも大概にしやがれ。である。

 

やはり今のヲタマニア意識は世間に害毒をまき散らす産業廃棄物に等しい。

産業廃棄物を減らすには、個人の人間力の勉強の積み重ねしかない。

まずは、全裸でこの記事を声に出して読んで、日々の生活で何をすべきかよく考えなさい。

 

 

 

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クールダウンしても続くな・・・「セクシー田中さん」の原作改変問題について。

ある記事のヤフコメより抜粋。

 

今回の脚本家以前にセクシー田中さんの脚本を打診されながらその時はドラマ化が立ち消えになった矢島弘一氏は

原作を最大限リスペクトした上でオリジナリティを出し原作をもっと面白くする努力をする」事が必須と悪びれずに言っています。

 

ちゃんと原作者に改変を言っていればの話だが、

その通り。その考えは間違っていない。

 

本当に悪気はないんでしょう。オリジナリティを出し原作をもっと面白くすると始めから改変する気満々なのを最大限リスペクトすると矛盾するとは思っていないようですから。

 

あのな、矛盾していないんだよアホ。ペラペラのヲタ頭で寝言言ってんじゃねーよクソが。

 

クリエイターの存在意義は、新しいものを生み出すことにある。

はっきり言うが、原作者も脚本家も、新しいものを生み出す点においては対等で上下関係はない。

脚本家が自身で考えた全く新しいものを見せるのは、「原作者のオリジナルに対する仁義・礼儀」である。

「原作を最大限リスペクトした上で」→作品のテーマや原作者が本当に言いたいことを読み取り尊重する。

「オリジナリティを出し原作をもっと面白くする努力をする」

原作者が本当に言いたいことを尊重したうえで、自分ならこうする、という解釈を見せる。原作に追随するのではなく、原作の新しい切り口をみせる

その解釈や切り口によっては、原作の言いたいことが歪むことがあるし、反対に強調されることがある。

また、原作者自身が気付かなかった新しい局面が見えてくることがある。

 

ドラマ作りにおいて原作や脚本は、きっかけであって、それがすべてではない。

原作と離れても、結果的に「いい作品」「面白い作品」になればいい。

そして評価するのは、マニアではなく、原作を知らない一般市民である。

 

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