クールダウンしても続くな・・・「セクシー田中さん」の原作改変問題について。
ある記事のヤフコメより抜粋。
今回の脚本家以前にセクシー田中さんの脚本を打診されながらその時はドラマ化が立ち消えになった矢島弘一氏は
「原作を最大限リスペクトした上でオリジナリティを出し原作をもっと面白くする努力をする」事が必須と悪びれずに言っています。
ちゃんと原作者に改変を言っていればの話だが、
その通り。その考えは間違っていない。
本当に悪気はないんでしょう。オリジナリティを出し原作をもっと面白くすると始めから改変する気満々なのを最大限リスペクトすると矛盾するとは思っていないようですから。
あのな、矛盾していないんだよアホ。ペラペラのヲタ頭で寝言言ってんじゃねーよクソが。
クリエイターの存在意義は、新しいものを生み出すことにある。
はっきり言うが、原作者も脚本家も、新しいものを生み出す点においては対等で上下関係はない。
脚本家が自身で考えた全く新しいものを見せるのは、「原作者のオリジナルに対する仁義・礼儀」である。
「原作を最大限リスペクトした上で」→作品のテーマや原作者が本当に言いたいことを読み取り尊重する。
「オリジナリティを出し原作をもっと面白くする努力をする」
→原作者が本当に言いたいことを尊重したうえで、自分ならこうする、という解釈を見せる。原作に追随するのではなく、原作の新しい切り口をみせる。
その解釈や切り口によっては、原作の言いたいことが歪むことがあるし、反対に強調されることがある。
また、原作者自身が気付かなかった新しい局面が見えてくることがある。
ドラマ作りにおいて原作や脚本は、きっかけであって、それがすべてではない。
原作と離れても、結果的に「いい作品」「面白い作品」になればいい。
そして評価するのは、マニアではなく、原作を知らない一般市民である。
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