2026年 統治体の話(2)から感じたこと
さて前回、エホバの証人がなぜ輸血を拒否するのか血の用い方に関するエホバの証人の聖書の理解を書いた原則として唯一正しい血の用い方は犠牲に関係したものである血は命を表すモーセの律法では、動物の血を食べたり飲んだりすることが明確に禁じられ、エホバの証人は、体内に入れるという意味において輸血も含まれると考えている代表的な聖句として、申命記12:15,16には、肉を食べてもいいが、血を食べてはならず、地面に注ぎだすように命令されているイエスの贖いの犠牲による死以降、1世紀の統治体は、血を避けるようにという明確な指導を行った過去の資料を見てみると、1世紀の統治体の述べた言葉を命令ととらえている記事を散見する現代の統治体の考えを訳すとき、日本では命令とか規則のよう絶対的に従わなければならないような印象を抱かせる訳し方をする僕は、その訳し方だと、本当は指針を与えただけ、指示や指導と言いたかったことが、日本人は絶対に逆らえない命令のようにとらえてしまうそれが規則となり、長老たちが威張る原因になっていたと思ったことがある今は、2世3世の長老たちが会衆の代表的な奉仕委員となっているので薄れては来ているそれに規則で行動するのではなく、原則を考えるように言われている最近は4世がバプテスマを受け始めているので、命令や規則で人を縛ることは無くなった3世や4世は規則や命令が何のことか理解できないようだまぁ一般の会社でも、ゆとり世代以降、規則や命令では若い人は動かないし心が折れてしまう時代の流れだろう話は元に戻るが、統治体は絶対的な権威があるわけではなく相対的な役割なので、僕はよっぽどのことがない限り、命令を出すことはできないと考えている指針を与えたり、指導したりすることはできる今までの日本人は、指針や指導を、命令や規則のように脳内変換する悪い癖があると思っているそれで、はっきり「こうしなさい」とか命令口調で言う開拓者のおばさんとか多かったこと長老の言葉は、エホバの言葉なんて言うおばさんもいたな僕が子供時代の話だけれどさて、話を輸血の問題に戻すと、2024年の1月には自己血の貯蔵が解禁されることが予想されていたあくまでも憶測だけど、パンデミック中に何か問題が生じたのだろうかわからないが、2024年1月の長老当ての手紙を読むとある程度、何かしらの輸血問題に対する変更が想定できた詳しくは書かないがあるプログラムを扱うときに、過去の輸血に関する指針が書かれている王国宣教は使わないように指示されていたその変わり使う資料には自己血に関しての記載はないこれ以上書くことはできないが、医療の進歩で人口赤血球、人口培養白血球,人口血小板,人口血漿などが出てきたら、今時行われない全血輸血のみ受け入れないということになると予想しているだって人工的に臓器を培養できる時代なんだもん今回の統治体の話の中で、どうも含みがある表現を僕は感じた僕は冷めている人間、「ふ~ん」という感じかな