エホバの証人(JW)は輸血拒否で知られている
その点で少し変更があったのはご存じの方も多いと思う
まずなぜエホバの証人が輸血を避けるようになったのか
基本的な点を書いておきたい
誤解がないように書いておくが、エホバの証人(JW)はどんな治療を受けるか受けないかは、本人の決定に任されている
輸血もしかりで、輸血をするかしないかは本人の決定に任されている
様々なリスクを考慮しそれぞれが判断している
輸血のリスクには、さまざまな感染症、合併症、拒絶反応、エホバの証人(JW)の場合、エホバの証人の組織から破門される可能性がある
ただし戻ることは可能
なぜエホバの証人(JW)が輸血をしないのか
関係する聖句はたくさんあるが、代表的なものだけを書いておく
原則
血の用い方に関する原則
古代イスラエル人は、罪の許しのために動物を犠牲として差し出しその血を注ぎだした
イエスの時代に入り、イエスが犠牲として差し出され血が注ぎだされた
人の命を救うことができるのは、イエスの流された血だけである
ペテロ第一 1:18,19に書かれているように、むなしい生き方から救い出されたのは、傷も汚れもない尊いキリストの血よって得られたことが書かれている
ほかにも聖書には、キリスト(メシア・救世主)の流された血によって救われることが書かれているのだが、基本的な原則として、人の命を救うことができるのは、キリストの流された血による
つまり血の用い方の原則は、罪の贖いとして犠牲に基づくものである
命令
ノアの時代、ノアに与えられた創世記9:4には、動物の肉を食べるときに、血を含む動物の肉を食べないようにとの命令が書かれており、理由は血は命そのものを指すからである
モーセの時代に入り律法で、レビ記17:10-14や申命記12:23.24に書かれているように血を含む肉を食べないこと、血は地面に注ぎだすようにと命じられた
指示
1世紀に入り、1世紀の統治体は(エルサレムにいる代表者、年長者たち)は、使徒 15:28.29に書かれているように血を避けるように指導を与えた
簡単な説明ではあるが、そうしたことを考慮し、血を飲むこと、食べること
輸血に関しても、血を避けることに含まれると考えた
なぜならば、血は命そのものであり、唯一正しい血の用い方は犠牲に基づくものであるからである
僕は、そうエホバの証人(JW)が解釈していることを批判するのは間違いであると思う
世界のキリスト教信者にはいろいろな派があり、いろいろな解釈がある
エホバの証人の解釈を批判することは間違いであり、特に外野がつべこべ言うことは間違っていると思う
僕も血に関した聖書の記述を読むと、輸血も血を避けること含まれると感じてはいる
ただし、今回変更された自己血の貯蔵に関して疑問を感じる部分も正直なところあった
今回の変更は個人で考えて決めることであって、今まで通り自己血預血を受け入れない人もいるだろう
それはそれ
いずれ輸血に関しては、全血輸血以外は認められる日が来るような気がする
あくまでも個人的な予想であるが
