安藤百福は、アメリカでのチキンラーメン試食の時に閃いたアイディアを、帰国後すぐに形にするべく自ら先頭に立って開発を進めます。
カップブードルの開発は、まず容器を作ることから始まりました。
輸送や保管時には、中身を保護することのできる丈夫さが要求されます。
そのうえで、手に持って食べられるようにするためには、軽くて断熱性も高くなければなりません。
さらに、食べ終わったらそのまま捨てられるように安価である必要もあります。
「カップは即席めんの包装材料である。ところが、お湯を注いで蒸らす時は調理器具となる。フォークで食べるとき、それは食器になる。一つで三役をこなすような容器が、かつて市場に出たことがあっただろうか」(『転んでもただでは起きるな!』安藤百福発明記念館 編)
安藤が描いたカップヌードルのイメージは、単なる「新しい食品」ではありませんでした。それは保管、調理方法から、食べ方、後片付けまで、何もかも斬新な食文化そのものの提案でもありました。
「ラーメンを売るな。食文化を売れ」(『安藤百福かく語りき』安藤百福 著)
いろいろな可能性を試した結果、容器は発泡スチロールを使うということに決まりました。現在では当たり前のように使われていますが、当時は魚屋の店頭で見かけるような大型の箱ぐらいしか使いみちがない素材でした。
容器が決まった後も、完成に至るまでにはいくつもの難しい問題を解決する必要がありました。
しかし、アメリカでの試食販売の時、安藤の脳裏に強烈に焼きついた「新しい食べ方のイメージ」は、最後まで彼を妥協させずにゴールまで導き続けることになります。
そのあたりのエピソードは、書籍や関連WEBサイト等にたくさん掲載されているので、ぜひご一読いただければと思います。
開発開始からおよそ2年後の1971年5月、世界で初めてのカップヌードルが1個100円で発売されました。同じ年の7月、銀座にマクドナルドの一号店がオープンしています。
東西のファストフードが同じ時期にスタートしたというのも、不思議な巡り合わせを感じさせられます。
┌──────────┤書籍のご紹介├┐
□『転んでもただでは起きるな!』 安藤百福著
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