明治維新の立役者たちを輩出した松下村塾には、初めからエリートたちが通っていたわけではありません。
むしろ、月謝も無料で試験もなかったため、藩士や藩医の子のほか、半数以上は下級武士や農民、商人の子でした。
家柄も経済力も学力もバラバラな塾生たちに対して、吉田松陰はみな平等に「さん」付けで呼び、分け隔てなく接しました。
「私には門人はいない。すべて志をきわめる友人である」と松陰は言っています。
塾生たちに対する松陰のまなざしは、常に「美点凝視」でした。とにかく相手の良いところを見つけて褒めることが上手で、叱るようなことは、ほとんどなかったと言われています。
松陰自身、「人の善を見ようとするあまり、悪を見ぬく能力がない」と、やや自嘲気味に語っているほどです。
現在、国指定史跡として残されている松下村塾(山口県萩市)を見ると、「なぜ、片田舎にあるこんな小さな私塾に、あれほど偉大な人物たちが集ってきたのだろうか?」と、不思議に思う人もいるでしょう。
しかし、冒頭でも述べたように、実際に塾生となったのは、特別に優秀な人というより、さまざまな階層のごく普通の人たちでした。
ただ、その「ごく普通の人たち」が松陰と出会い、その教えを受けることで、自らの可能性を信じ、志を抱き、その実現を強くイメージし続けたことで、結果として大きな潮流となったということではないでしょうか。
つまり、誰もが光り輝く可能性を秘めているということにほかなりません。
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□書籍のご紹介
『吉田松陰 留魂録 (全訳注)』
古川薫著/講談社学術文庫
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