陽転思考の達人 過去と現在の賢人たちに学ぶ実践的アクティブ・ブレインの生き方 -33ページ目

陽転思考の達人 過去と現在の賢人たちに学ぶ実践的アクティブ・ブレインの生き方

記憶術×陽転思考の<a href="http://www.oda-abs.com">アクティブ・ブレイン・セミナー</a>を受講した方限定のメルマガ「ウィークリーコンパス」の中から「陽転思考の達人」のみを抜粋し公開しています。

●誰もが光り輝く可能性を秘めている

明治維新の立役者たちを輩出した松下村塾には、初めからエリートたちが通っていたわけではありません。
むしろ、月謝も無料で試験もなかったため、藩士や藩医の子のほか、半数以上は下級武士や農民、商人の子でした。

家柄も経済力も学力もバラバラな塾生たちに対して、吉田松陰はみな平等に「さん」付けで呼び、分け隔てなく接しました。
「私には門人はいない。すべて志をきわめる友人である」と松陰は言っています。

塾生たちに対する松陰のまなざしは、常に「美点凝視」でした。とにかく相手の良いところを見つけて褒めることが上手で、叱るようなことは、ほとんどなかったと言われています。
松陰自身、「人の善を見ようとするあまり、悪を見ぬく能力がない」と、やや自嘲気味に語っているほどです。

現在、国指定史跡として残されている松下村塾(山口県萩市)を見ると、「なぜ、片田舎にあるこんな小さな私塾に、あれほど偉大な人物たちが集ってきたのだろうか?」と、不思議に思う人もいるでしょう。
しかし、冒頭でも述べたように、実際に塾生となったのは、特別に優秀な人というより、さまざまな階層のごく普通の人たちでした。

ただ、その「ごく普通の人たち」が松陰と出会い、その教えを受けることで、自らの可能性を信じ、志を抱き、その実現を強くイメージし続けたことで、結果として大きな潮流となったということではないでしょうか。
つまり、誰もが光り輝く可能性を秘めているということにほかなりません。

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□書籍のご紹介
 『吉田松陰 留魂録 (全訳注)
  古川薫著/講談社学術文庫
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●時代の扉を開いた吉田松陰の志とイメージ力

伊藤博文(初代内閣総理大臣)を初め、山県有朋、高杉晋作、久坂玄瑞など明治維新の立役者たちが学んだ松下村塾。
その主宰者・吉田松陰(1830~1859)は「新しい日本」を見ることなく、安政の大獄で刑死してしまいます。

しかし松陰の心の中には、きっと誰よりも強く「新しい日本の形」がイメージされていたに違いありません。
松陰のイメージ力が並はずれたものであったというエピソードとして「松下村塾日記」の中に次のような記述があります。

「松陰先生は、孝行息子とか忠臣などの物語を読む時は目に涙を浮かべ自ら感動しながら読み、逆に、卑怯な人や天に背くような話の時には、眉を吊り上げ仁王のような表情で怒りを込めて読んだ」

気持ちを込めて読むということはもちろんですが、同時にイメージ力を駆使することによって、内容を理解するだけではなく「感じる」という、記憶を定着させるための大切な要素が加わります。
松陰の場合は、自ら理解し感じるだけではなく、塾生たちにもそのイメージを伝え強く感化することができました。

松陰が松下村塾で教えた期間は、たった2年数カ月に過ぎません。その短い期間に、あれほどの人物を輩出できたのは、まさに奇跡としか言いようがありません。
それを可能にした要因の1つは、志や夢を強くイメージしてあきらめずに追い続けた松陰の情熱と行動力にあったといえるでしょう。

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 『吉田松陰 留魂録 (全訳注)
  古川薫著/講談社学術文庫
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●死を意識しつつ生きることで命が輝き出す

西洋文明を支えるキリスト教と、武士道。まったく相反する考え方のようでありながら、そこに多くの共通点があることを、自身クリスチャンであった新渡戸稲造は見出していました。

クリスチャンの信条の一つに、「自らの十字架を背負って生きる」ということがありますが、武士道に生きる者も、その魂である「刀を持つこと」を重視してきました。

元来、刀は敵を切るための武器ですが、長い歴史の中でその存在はより精神的なものへと昇華されてきました。
それは敵よりも、むしろ自らを律するための自らに向けられた剣。武士階級に限らず、日本人すべてが、その魂の核の中に受け継いできた、いわば「心の刀」です。

「武士道といふは死ぬことと見つけたり」ーーこれは新渡戸の『武士道』から200年近くも前に書かれた『葉隠』の中の一節。
生命軽視というより、むしろ「常に死を意識しつつ、死ぬ覚悟をもって命を大切に生きること」と解釈することもできます。新渡戸も、その方向で武士道をとらえていました。

武士道というと、どことなく封建的で、個人の自由や主体性、夢を抑圧する生き方であるかのようなイメージを抱く人もいるかもしれません。
しかし実際は、自らの命を輝かせ、自らの人生に全責任を負う極めて主体的な生き方であるということを、新渡戸は教えてくれています。
彼自身、「われ太平洋の架け橋とならん」という壮大な夢を、武士道精神にのっとって最後まであきらめずに成し遂げました。(完)

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□書籍のご紹介
 『武士道
  新渡戸稲造著/岩波文庫
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●奥ゆかしさを保ちながら自己を肯定する言葉を使う

「つまらない物ですが…」ーー贈り物などを渡すときに、日本人がよく使う言葉です。
そのまま英語に直訳すれば、西洋人には「どうしてつまらない物を人に贈るの?」と怪訝な顔をされそうです。

しかし本来は「どんなに価値のある贈り物でも、あなたの素晴らしさに比べたらつまらない物」というような意味であると、新渡戸稲造は『武士道』の中で、日本人の心象風景を世界に向けて紹介しています。

しかし現代の日本人の胸のうちには、「あらかじめつまらない物と言っておけば無難だから」というような、一種の逃げのような、言い訳に似た気持ちのほうが強いような気もします。

日本人は、相手の立場を過剰なまでに尊重する傾向がなきにしもあらずです。
自分の意思や感情を表現することも、できるだけ抑えようとします。
それが「心づくしの物」を「つまらない物」と表現したり、「~させて頂きます」と、ことさら受身で表現したりする言語文化を育ててきました。

日本語は、自分を引き下げることで、相対的に相手の位置を高めるという構造をもっています。
謙虚さはとても大切なことですが、それが行き過ぎて卑屈になったり、相手を高めるという意図を離れてただ自分を卑下するだけの言葉になると、せっかくの美徳も色あせてしまいます。

日本人同士お互い分かり合うなかで培われてきた日本的表現ですが、国際関係が密接になった現代では、その日本的な奥ゆかしさを生かしつつ自分や自国に対してより肯定的な言葉をも上手に使いこなしたいものです。

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□書籍のご紹介
 『武士道
  新渡戸稲造著/岩波文庫
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●周囲に流されず他と比べることなく自分の良さを見つめる

新渡戸稲造が生きた時代、日本人は激流のごとく流入する西欧文明のなか、そのアイデンティティをいかにして保つかということに腐心していました。

西欧的=進歩的/日本的=古臭いーーそんな短絡的なイメージが蔓延しがちな風潮に、日本の伝統文化を大切に思う人たちは眉をしかめていたことでしょう。
しかし新渡戸は、時代の流れや風潮に左右されることなく、武士道という日本人が受け継いできた崇高な精神性に光を当て、それを世界に紹介しました。

キリスト教文化圏以外はすべて野蛮な地域という当事の西洋人の常識からすれば、日本は、たとえ近代化が進んだように見えたとしても、対等な交渉相手としては受け入れがたかったでしょう。
しかし新渡戸は、彼自身クリスチャンでありながら、武士道に基づく日本人の倫理観や道徳観を、キリスト教精神に決してひけをとらないものであることを論理的に解説しました。

新渡戸のスタンスは、単に「日本は良くて、海外はダメ」というような国粋主義的なものではありません。
比較して優劣をつけるのではなく、それぞれの長所を認め深く掘り下げつつ、そこに共通点を見出すことで、相互理解が可能であるということを浮き彫りにしようとするものでした。

鹿鳴館などのパフォーマンスや文化戦略がなかなかうまくいかないなか、新渡戸が書いた「武士道」は、世界中の人に、日本人が国際的なルールを守れる高い倫理観を持つ国民であるということを示したのです。

他人の評価や、勝手な思い込み、自虐的な考えなどに左右されず、また他人との比較でもなく、ただじっと自分の良さを深く見つめることの大切さを、新渡戸は私たちに教えてくれています。

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□書籍のご紹介
 『武士道
  新渡戸稲造著/岩波文庫
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