陽転思考の達人 過去と現在の賢人たちに学ぶ実践的アクティブ・ブレインの生き方 -11ページ目

陽転思考の達人 過去と現在の賢人たちに学ぶ実践的アクティブ・ブレインの生き方

記憶術×陽転思考の<a href="http://www.oda-abs.com">アクティブ・ブレイン・セミナー</a>を受講した方限定のメルマガ「ウィークリーコンパス」の中から「陽転思考の達人」のみを抜粋し公開しています。

●領民を救った「真のサムライ」

ケネディ第35代アメリカ大統領は、なぜ尊敬する日本人としてその名を挙げるほど上杉鷹山のことを知っていたのでしょう。
それは彼が『Representative Men of Japan』(『代表的日本人』内村鑑三著)を読んでいたからであると考えられます。

本メルマガ「西郷隆盛編1」でも述べたように、内村は英文で書いた同著で、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮の5人を世界に誇れる「代表的日本人」として取り上げています。

クリスチャンとして、神の国の到来を真剣に待ち臨んでいた内村は、それをもたらす救世主を「真のサムライ」になぞらえているような表現があります。

「真のサムライが、「敗者をいたわり、おごるものを砕き」、「平和の律法を築く」ために、復権する日を心から望むものであります。」(『代表的日本人』内村鑑三 著)

さらにその「真のサムライ」に鷹山のイメージを重ねつつ、彼が瀕死の状況から復活へと導いた米沢藩を、聖書に予言された神の王国に「よく似た所」として紹介しています。
上記の引用文は、次のように続きます。

「ところで、そのような王国の到来を待つ間は、それとよく似た王国が、この水陸からなる地球上の、しかも異教国の日本に、かつて実現した話をして、気持ちを明るくもとうではありませんか。
「学問」のいまだ西洋から伝わる前、すでにこの国には、平和の道を知り、独自の「人の道」が実践され、そのために「死を覚悟した勇士」がいたのであります。」(同)

一時は、藩籍を返上しようとさえ願い出るほど財政が逼迫した状況にあった米沢藩を、鷹山はどのようにして建て直したのでしょうか。
鷹山がもたらした藩財政の健全化は、日本史に残る偉大な業績ではありますが、彼が本当に目指していたものは、もっと別のところにありました。

「改革の真の目的は、藩の帳簿に出ている赤字を克服することではなく、人々の心に生じている赤字を克服することだ。」(『「人望力」の条件』童門冬二 著)

鷹山がどのように陽転思考を駆使して難関を乗り越えたのか、次回以降、具体的に紹介していきましょう。

┌──────────┤書籍のご紹介├┐
□『代表的日本人』 内村鑑三著

□『「人望力」の条件
 歴史人物に学ぶ「なぜ人がついていくか」
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●為せば成る 為さねば成らぬ何事も

今年(2014年)の9月、キャロライン・ケネディ駐日米大使が、山形県の一地方都市である米沢市を訪れました。大使は、開催中の「なせばなる秋まつり」に参加し、そこで次のようにスピーチしています。

「父J・F・ケネディ元大統領は、江戸時代の米沢藩の名君とされる上杉鷹山を尊敬していました。
鷹山公は『国家があなたに何をしてくれるかを問うより、あなたが国家に対して何ができるかを自問してほしい』という就任演説で語られた考え方に影響を与えました」

ケネディが、尊敬する日本人として鷹山を挙げたということが、はたして事実なのか、あるいは単なる伝説なのか、議論になったことがありました。
当時、日本人でさえあまり知る人のなかった鷹山を、来日経験など全くなかったケネディが知っていたとは、考えにくいというのもその理由だったでしょう。
今、それがたしかな事実であったということが、実娘である大使によって証明されたということになります。

米沢市で毎年開催される「なせばなる秋まつり」は、鷹山の有名な言葉「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」に因んだお祭りです。
この「為せば成る」という鷹山の言葉は、一見「やればできる」という単純な精神論や根性論であるかのように誤解されがちです。

しかしその真意は、「やろうとすれば実現の可能性(希望)はあるけれど、そもそも、やろうとしなければ何もできない(始まらない)」ということで、ある意味当たり前のことでもあります。

立ちはだかる壁が高く厚く感じられたり、行くべき道が険しく見えるとき、多くの人は「どうせ無理」と諦めてしまいがちです。
しかし鷹山は、「それでもまず一歩踏み出して見たほうがいい。やってみもしないうちから無理だと決めつけてはいけない」と教えてくれています。

実際、鷹山は、当時の常識からは到底無理だと思われていた藩の財政再建を、「とにかくやって見ること」で成し遂げています。彼の言葉は、単なる観念論ではなく、その実体験から出たものなのです。

アクティブ・ブレイン・セミナーを修了された方であれば、やはり同じように「為せば成る」体験を共有しておられるのではないでしょうか。

┌──────────┤書籍のご紹介├┐
□『上杉鷹山の経営学』童門冬二 著
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●逆境や試練の時に味方になってくれるもの

本メルマガ「西郷隆盛編・第1回」でも取り上げたように、内村鑑三はその著書『代表的日本人』の中で西郷のことを「新日本の創設者」と称えています。
明治の日本において無教会主義という独自のキリスト教信仰を打ち立てた内村が最も共感したのは、常に天命に沿って行動しようとする西郷の生きざまでした。

「西郷は、好んで山歩きをしているときなど、輝く天上から、あるいは杉林の静寂の中で、自分は使命を負ってこの世に遣わされたのであり、その使命を果たすことはこの国と世界にとって非常に重要なのだという「静かにささやく声」が聞こえていたのではなかろうか」(『代表的日本人』内村鑑三 著)

内村もまた同じように「静かにささやく声」を聞いていたのでしょう。
夢実現に向かって進もうとする時、その目標が大きければ大きいほど、道は遠く、険しく、越えるべき壁も高く、分厚く感じられるものです。
その時、その夢が自分のためだけではなく、愛する人や、社会のため、国ためというように、より広い公益的な方向と調和するようになると、そのモチベーションも高まります。

西郷をはじめ幕末の志士たちの多くは、自分や藩の利益を越えて、日本の将来のためにその人生を捧げようとしました。
だからこそ、人類史に残るような大きな力を発揮することができたのかもしれません。

もちろん何のために生きるかは、それぞれの価値観によるでしょう。
しかし大きな夢や志に向かい、その道を歩み続けるためには、それを可能にする強力な使命感やモチベーションが不可欠であるということを、そのごとく歩んだ人たちは教えてくれています。
とくに逆境や試練の時、あるいは孤独にさいなまれている時には、そうした使命感は、最大の味方になってくれるでしょう。

内村は『代表的日本人』の中で「世のすべての人からけなされても落ち込まず、 すべての人から褒められてもうぬぼれるな」という西郷の言葉を紹介し、自らもそれを指針としていました。
離島に囚われの身にあった西郷も、世に見放されたような孤独の中、静かに自分を見つめようとしています。

「私はいま獄中にあって氷のような清浄な気持ちを持って、辛苦に甘んじて耐えている。すると辛酸が骨にまで染み透り、自分の本当の姿が見えてくる」(遠島中の西郷の詩 『西郷隆盛人間学』神渡良平 著より)
(終わり)

今回をもちまして、「西郷隆盛」は最終回となり、次号からは「上杉鷹山」をお届けいたします。
ご期待ください。

┌──────────┤書籍のご紹介├┐
□『代表的日本人』内村鑑三著
□『西郷隆盛人間学』神渡良平著
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●チャンスは待つのではなく作り出すもの

偉業を成し遂げた人の多くは、その大成功に至る過程において多くの失敗や挫折を経験してきています。
第6回で述べたように、西郷隆盛もまた、前途を悲観して自殺さえ試みたこともあります。

手痛い失敗をしたとき私たちは、そこで諦めないまでも、くよくよと後悔の念に囚われ、その後遺症を長く引きずってしまいがちです。
しかし夢や志を高くもつ人は、その失敗をむしろ糧として前に進もうとします。

「過失を改めるというのは、自分で過失を知りさえすればそれでいいのである。その過失を捨てて、新しい一歩を踏み出せばいいのだ。過失について後悔し、その始末をつけようと心配することが多いのだが、それはまるで割れた茶碗のかけらを集めて継ぎ合わせるようなものであり、何の意味もない。(南洲翁遺訓27 『西郷隆盛語録』奈良本辰也・高野清澄 著より)

もちろん「後悔」は何の意味もないとはいえ、「反省」は、同じ失敗を繰り返さないためにも、また次の成功につなげるためにも、とても重要です。
先々回で取り上げた本田宗一郎も反省の重要性を指摘して、「並みはずれた好奇心と、努力と、反省のサイクルをフル回転させて、へとへとになりながらアイデアを見つけ出す」と述べています。

夢や志を成し遂げるためには、反省と同じようにチャンスをどう掴むかということも大切なことです。
そのためにはチャンスが来た時に見逃すことのないよう、注意深く待つことを心がけるべきだというのが普通の人の考えるところではないでしょうか。
しかし西郷は、本当のチャンス(機会)は自分が作り出すものだと教えています。

「世間の人がよくいう「機会」の多くは、自分でも思いがけなく幸運のやってくることを指しているようだ。しかしほんとうの「機会」とは、理を尽くし勢を審(つまび)らかにしていく行為の末にあるものだ」(南洲翁遺訓38 『西郷隆盛語録』奈良本辰也・高野清澄 著より)

「事にかかわる機会には二つのかたちがある。僥倖の機会と、自分が引き起こす機会の二つだ。大丈夫は決して僥倖の機会を頼りにしてはならない。大事にとりかかるとき、機会は自分で引き起こしてゆくのでなければならない。(南洲翁遺訓 問答篇6 『西郷隆盛語録』奈良本辰也・高野清澄 著より)

┌──────────┤書籍のご紹介├┐
□『西郷隆盛語録』奈良本辰也・高野澄 著
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●逆境は楽しみながら乗り越える

陽転思考の達人といわれる人たちの生涯を見ると、成功の秘訣はチャンスをどう生かすかということと共に、いかに逆境を乗り越え、それを陽転させるかというところにポイントがあるように感じられます。

大きな夢を実現しようとすると、たいていそこにはとても越えられないような大きな壁が立ちはだかっていることが感じられるでしょう。
もし障害があまりないようなら、そもそもそれほどたいした夢ではないとも考えられます。
西郷隆盛は、自らに訪れる困難の数々を天の試練と受け止め、むしろ肯定的にさえ捉えていました。

「道を実践しようとする者が困苦に出合うのははじめからきまっている。だから、どんな艱難に出合っても、ことの成否やわが身の生死などは問題にならないのである。(中略)
たとえ艱難にぶつかっても、それを乗り越えようと、ますます真剣に道を行い道を楽しむようでなければならない」(南洲翁遺訓29 『西郷隆盛語録』奈良本辰也・高野清澄 著より)

楽しむことで逆境を乗り越えようという西郷の姿勢は、先回述べた佐藤一斉の陽明学思想や、また禅や武士道の「粋」や「風流」に通じる考え方です。
同様に陽転思考でも、立ちはだかる壁や、さまざまな障害、困難、失敗、挫折などの事実をありのままに受け止めたうえで、発想(解釈)を転換(陽転)することで、希望的に前進しようと考えます。

神渡良平氏は、その著書『西郷隆盛人間学』の中で、西郷の生き方を次のように評しています。

「聖賢の道を踏み行おうとする者は必ず災厄に遭うものであると自覚しており、しかもその災厄を避けるのではなく、それを真正面から受け止め、乗り越えようとしていた」(『西郷隆盛人間学』神渡良平 著)

神渡氏はさらに、老子の言葉にも同じような思想があることを紹介しています。

「天がある人に大任を授けようとするときは、まずその人の身心を苦しめ、窮乏の境遇に置き、何を行ってもうまくいかず、その人のなそうとしていることに逆行するような不如意をわざわざ与えて試練する」(同)

┌──────────┤書籍のご紹介├┐
□『西郷隆盛語録』奈良本辰也・高野澄 著
□『西郷隆盛人間学』神渡良平著
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