どーも、おーのです。


最近いたが精力的にブログを更新していてすっかり存在感が

薄くなりました。

…いーんだか悪いんだか。



という事で、時流(?)に乗って僕も下ネタで行きます!!(あれ?間違った??)

そう、せっくす。

せっくすです。

連呼してみたかっただけです…ごめんなさい(;^_^A


これの扱い方っていうのはきっといつの時代も重要なものなんでしょう。

常に社会の注目を浴びている一つのテーマだと思います。



「せっくす」っていうのは、以下の3つに目的が分類分されると思います。


①子孫を残す(本能ってやつですね)


②愛情表現(の延長??)


③エンターテイメント(ここが人間の凄いところかな)




①・②は想像に難くないと思いますが、一応解説。



①子孫を残す(本能ってやつですね)…

これは人間に限らず、多くの生き物が古来より生物として行ってきました。

現代でも脈々と続いていますね。



②愛情表現(の延長??)…

例えば恋人がいちゃいちゃしてて、ついつい…という感じですかね。

好意のある物(人)に、触れていたい・近くにいたいなどで、

愛情を確かめあったりする事になるんでしょう。


特にえっちが好きじゃなくても、付き合っている彼女(彼氏)が

まったくえっちしなかったら不安になるんじゃないかな~と思います。

(そうじゃない人も勿論いるんだろうけどね)


それって、一つの愛情表現として捉えているからなんだと思います。



③エンターテイメント(ここが人間の凄いところかな)

そう、エンターテイメントです。

遊園地のアトラクションみたいな感じですかね(ちょっと違う??)


昔(今もそうですね。)は様々な教えから、むやみやたらと異性と交わる事は

ネガティブなイメージを持たれていました。


ところが、今は子供を作る訳でもなく、愛しているわけでもないけど、

「ついついやっちゃった」っていうのがあるでしょう?

(※実はずーっと昔からあったんじゃん?って思ったりするけど…)


わんないとらぶってやつですね~。




異性との交わりを子づくり以外に目的を持って行う動物って他には殆どない

んじゃないでしょうか?(僕は専門家ではないので明言できませんが…汗)

※お猿さんの仲間で極度の緊張状態になると交尾するのがいるとかいないとか




ここに人間の凄味が一つあると思います。

自然の摂理に従って日々を過ごすだけでは出てこないような

行動や考え方を生み出す凄さです。


そういった行動や考え方が出てくる過程や動機は賛否両論あるだろうし、

出てきたものも大いに議論の余地ありかも知れませんが。



人間っていうのは創造(想像)豊かだなって思います。



資本主義からトイレットペーパーまで、

その破天荒ぶりが人間社会を進歩させてきたんだろうと思います。



ただ、破天荒が少々自制できない点が人間の欠点なのかもしれないですね~。




…別に自分の事を話している訳ではありませんよ!

「人間」ってやつの事ですよ!!


いや、マジで!!

こんにちは、いたです。

「結婚と恋愛」を「理性と本能」で対比して考えてみました。

冷静に、結婚について明確化すると、こんなことがわかります。




「本能」の逆は「理性」。




「恋愛と結婚は別」って言う人がいますね。 それはきっと、以下のようになります。




恋愛は本能。  
結婚は理性。




こうも置き換えられますね。




恋人は本能。
家族は理性。




「家族」って言葉は、本能から最も遠くの、「理性」に存在する言葉だと思います。
僕が中学生の頃、男の仲間内で、こんな話が出たことがあります。

授業中になぜか勃起してしまったとき(年頃の少年時代にはよくある生理現象。笑)
勃起をおさめるにはどうしたらいいのだ?と。 そしたら、友人がこう言ったわけです。


「親戚のおばさん、おじさんの顔を思い出せ!」と。笑


これって、たぶん、自分の本能から一番遠い存在の人を思い出せばいいってことなんです。
そうすると、勃起はおさまる。




そうなると、以下のようになります。




「親戚のおばさん・親戚のおじさん」は理性 。
「綺麗な子・グラビアのかわいい子」は本能 。




この例の通り、家族や親戚って、やっぱり、本能から最も遠いところ…理性の範疇にあると思います。
子孫は本能のセックスから生まれてくるのにね。不思議。


家族や親戚の中で、親や兄弟姉妹との間で、日常的に勃起やセックスの話をする人たちなんて、

なかなかいないでしょう。いるとしても、珍しいと思う。
それは、やっぱり家族が、本能から遠い、理性の範疇にあるから。




ここで、さっきの言葉を思い出してみる。




恋愛・恋人=本能。
結婚・家族=理性。




するとこのような図の流れになる。




恋をして(本能) → 恋人になって(本能) →結婚して(理性) →家族になる(理性)




好きな人と結婚するなんて、周りを見れば誰だって当たり前のことなのに、
結婚すると、本能から理性へ移行する流れが必ず隠れています。




この移行があることを自覚しないで結婚する人は、浮気をする確率がかなり高くなる。と僕は思う。




結婚は、「本能→理性」という移行に対して、覚悟が必要なわけです。



その覚悟がないと、本能の赴くままに恋愛して、家庭は安定しない。笑
※ 結婚してても恋愛はしたい!という人は、この覚悟がなかった典型かもしれませんね。




結婚した後、とる道は以下の3つのうちどれか1つ。




1 本能に突き進む。(浮気の横行で家庭荒廃)
2 理性に突き進む。(セックスレスで無味乾燥)
3 本能と理性のバランスをとる。 (難しいけど素敵な家庭)




ベストであり、理想であり、あるべき姿は奥さん(旦那さん)に対して、本能と理性を持つこと。

奥さん=本能+理性


本能だけで結婚すると、 以下のうような式になってしまいます。


奥様=理性
愛人=本能


ちなみに、こういうジレンマもあると思います。


本能的な人=恋愛に向いているけど、結婚に向いていない。
理性的な人=結婚に向いているけど、恋愛に向いていない。




どれをとっても人それぞれですが…。やっぱり目指すなら素敵な家庭。
バランスをとる必要があります。偏ってもいけません。




結婚ってシーソーの真ん中に立ってるようなものだと思う。




奥さん(旦那さん)を時には本能的に。
奥さん(旦那さん)を時には理性的に。




このシーソーを上手に操ることができたなら…きっと素敵な家庭になるでしょう。




久々にイイこと言った俺v(・∀・)v…オチがないよぅ。

どーも、おーのです。


今日も一つ勉強をしてみようと思い、
『希望と欲望』についてちょっと考えてみました。


ときどき、この言葉の意味はどう違うんだろう?ってものあるでしょ?
僕も幾つかあってその中の一つが『希望と欲望』です。

先ずは、簡単に辞書的な意味を下記に記します。



『欲望』

大辞泉
不足を感じてこれを満たそうと強く望むこと。また、その心。「―にかられる」

大辞林
ほしいと思う心。不足を満たそうと強く求める気持ち。


『希望』

大辞泉
1 あることの実現をのぞみ願うこと。また、その願い。「みんなの―を入れる」「入社を―する」
2 将来に対する期待。また、明るい見通し。「―に燃える」「―を見失う」


大辞林
[1] ある事の実現を願いのぞむこと。また、その願い。のぞみ。
[2] 将来によせる期待。見通し。

※googleで検索したらyahoo辞書で出てきました(汗)


う~ん…。

大枠としては、より望ましいものを望む事のようです。

『欲望』は足りない部分を補うという意味合いが強いようです。
マイナス<0以上


『希望』はプラスに行っていればいいみたい。
現状(プラスかマイナスかは関係ない)<よりプラス



『欲望』は俗っぽく、
『希望』は高貴


な印象がありますが、
少なくても上記の中にはそういった部分は無さそうです。


まー引用の信憑性は置いておくとして、
どちらも実は大差ないものかもしれませんね。



だから、


希望を持って大事を成さん!と思うのも、

欲望を満たしてやる!って思うのも


どっちも同じことになる訳ですね~。
やっぱり印象だいぶ違うけど…。