こんにちは、いたです。
土曜日の昼間。ビールを飲みながら、ちょっと僕が知っているプレミアムなことを書きます。
僕の人生ひとつの転機となったお話です。
それは、「過去は変えられる」というお話です。では、どうぞ。
過去の「事実」は変えられない。
でも、
過去の「意味」は変えられる。
俺の父親は58歳で死にました。僕が19歳の時です。
当時の僕は馬鹿で、浪人中のくせに何もしていませんでした。
高校時代の成績は400人中397位。(僕より下の3人は試験期間に欠席)
俺はビリでした。偏差値20.3。
父親が倒れ、余命3ヶ月と宣告されて、あっという間に死ぬまで、
僕はただただ動揺することしかできませんでした。
父親が死んだとき、僕はあっさり受験に失敗しました。
僕は心底自分が情けなかった。
僕はただ、父親の死にかこつけて勉強から逃げていただけでした。 甘えまくりだったのです。
そんなとき、ある日、父親の死の「意味」を考えました。
父親が死んだ「事実」は変えられない。
でも
父親が死んだ「意味」なら変えられる。
父親の死を「ただの死」にしたくなかった。
父親の死を「特別な死」にしたかった。
そう思った時、僕はバカみたいに勉強した。
友達とも当時付き合っていた彼女とも連絡を断ち、逃げ続けてきた大嫌いな勉強をしまくった。
自分の弱さに勝ちたかった。
自分の弱さに勝つことで父親の死を意味あるものにしようとした。
よくわかんないけど、早稲田に受かったら、自分の弱さに勝ったことにしよう…。
一年後…。当時付き合っていた彼女とは別れるはめになってしまいました。
その代償に、僕は大学に受かりました。
大学入学後、一番最初の講義で、ある教授が言いました。
「過去の事実は変えられない。でも、過去の意味は変えられる」
彼は俺と同じことを言いました。 偶然の言葉だったけど、嬉しかった。
失敗も、恥も、苦しみも、挫折も、悲しみも、別れも…全て、あったことは事実。
でも、意味は変えられる。全てに意味はある。そして、
意味を見出すのは、自分次第。
過去を後悔したって、後悔の意味を見出して生きていけばいい。
僕はそうやって生きてきた。これからもそうやって生きていく。
「あのときがあったから、今の自分がいる」って言えれば、人生にハクがつく。
僕たちは過去に向かって生きてるんじゃない。 未来に向かって生きてるんだから。
挫折上等。
…じゃないとやってらんねー(・∀・)ねぇ?