TOYOTAの説明会に行ってきました。


今年、TOYOTAの新卒採用のコンセプトは、


『reson』


意味は、何のためにという事らしいです。

やっぱり、日本最高の優良企業は雰囲気が違いますね。

なにより、映像等の作りに力を入れる余裕を感じます。とっても良い演出でした。

正直な所、企業にとって人事部や新卒採用活動は短期的に見て、お金を使っても利益の出ない部門です。

だから、企業側からすれば、あまり手間とお金をかけたくないのが本音な所だと思います。

(長期的に見れば、優れた人材、すなわち会社に多くの利益をもたらす人間を得る事ができれば利益はあると思いますが。)

逆に、こういうところに力を入れる事のできる企業は凄いと感じます。


『reson』

またまた考えさせられる言葉ですね。

私は、何のために説明会に行ったんだろう、何のために就活するのだろう、迫りくる理由の連鎖に説明会そっちのけでした。笑


というか、何のために生きるんだろう。


ここは自分だけのresonは持っていたいな、と思う。

それを心に持っていれば、本当に挫折した時は、自分の生きる理由が必ず立ち直らせてくれるはず。

人は理由があると強くなれる。そんな気がします。

私は、『reson』という言葉の持つ奥深さにとらわれてしまいました。

答えの無い問題は、楽しいけれども、終わらないから辛いですね。

まぁ、終わりがないからロマンがあるんでしょうけども。


全く、TOYOTAさんは人の心を掴んで離さないのが巧いっ!

こういう所がTOYOTAを最高の優良企業に引っ張り上げたのでしょうかね。


学びたい所です。


では。

ようやく就職活動において、希望する業界の方向性が固まってきました。

テスト終了してから、本格始動します!
一つ絶対にいきたい企業があるんですよ。

11月に初めて説明会を経験したのがその企業です。

初め、その業界については勝手な先入観を持っていましたが、説明を聞いてみると全く違う。正直に話しますと、幼稚な発想ですが、
「魔法使いみたいだ…」

と思いました。

その業界とは、
『総合商社』
です。

私はこの商社で無限の可能性を感じました。

なんでもできる魔法が使える会社だ。だから、私もそんな魔法使いになりたい。心からそう思いました。

勿論、全て出来るなんて思っていません。
物語の魔法使いにも得手不得手があるはずです。能力の高い低いもあります。

しかし、何か一つをスペリャリストになる事を目標を胸に持っています。

商社は狭き門とされています。

私は心に夢と希望をもって、扉をたたく。
前々回の『白紙の切符』で、「私は今までバイトの事しか記憶に残らず、涙を流した。」と、書きました。
それからずっと考えていました。

四年になって、就職活動を終えて、卒業までの最後の学生生活。
最後に、ここで何かを自分に残したい。

何か、納得できる事を自分に見せてやりたい。

そして何をするか、決めました。



でも…

何をするかはまだこのブログにはのせません(笑)
スイマセン…

その為の準備を始めます。
その時に発表します!


なぜなら、その前にまず、私にはやるべき事があるのでそちらに全力を注ぎます!

行きたい企業に向けて頑張ります。着々と行動中ですが、常に、ライバル達は私の百メートル先を歩いている想像をしながら緊張感を持たせています。

でも、最終的にテープを切るのは自分だっ!

頑張るぞっ!
オー!
今年、早くも二回目の風邪を引いてしまいました…(泣)

しかも、今回は風邪の菌が胃や腸にいるという事で、腹痛が凄いです。痛いです。

今年は、細木数子さんの六星占術において、私の今年は『健弱』というものらしく、健康があまり良くない年なんです。

大当りですね。

と、言いたい所ですが、よくよく考えてみたんです。占いの事って、誰にでも通用すると思いません?

特に、健康や悪い事って誰にでもあります。

体の調子が悪いとか、仕事で行きづまっている、少し嬉しい事があったって言う事は気にしなくても日常茶飯時なんです。

『バーナム効果』ってご存じですか?
人はあいまいな事を言われると、無意識につい自分に当てはめてしまう。という事なんです。

つまり、何も言われなければ気にしないが、予め、あいまいな事を言われていると、
「あっ、当たってる」

と思い込んでしまうんですよね。

それに人は『生きる』と言う事に常に不安を感じています。
占いというもので未来を知っておくという事は、善い占いでも、悪い占いでもレールを敷いてあるという事で、人はとても安心するという事です。

と、少し占いについて考えてみました!

まぁ不思議な力で人の行く末が本当にわかるのなら、話は別ですけどね(笑)

自分の中の良い指標として考えるには良いかもですね。

では。
先日、ある本を読みました。

『やりたいことは全部やれ』
という本で、著者は大前研一という方です。

テレビ等にもよく出ているので、知っている方も多くいらっしゃると思います。

まぁ、私は全く知りませんでしたが…古本屋で、たまたま手に取って買いました。

この方は、過去に外資系経営コンサルティング会社の『マッキンゼー』という会社に勤めていて、その中でも最も有名な方々の一人です。

マッキンゼー…なんか、かぁっこいいですね。響きが。

ちなみに、iモードの生みの親と言われている松永 真理さんですが、実はこの企画をDoCoMoに提案したのは、何を隠そうこのマッキンゼーです。


って、ゼミの先生に教えて頂きました。

いやぁ、面白いものもあるものですね。
この本を読み終えたその日に、ゼミでちょうどマッキンゼーの話やら、大前さんのお名前が出てくるんですよ!

こういう場面、異常に親近感が湧きますよね。
まぁこの場合、「誰に?」という感じですが、「おおい、知ってる知ってる!今、本あるよ!」と、心の中で出しゃばってました。

…こういう現象が、本当によくあるのか、印象が強いのでそう思っているだけなのかはわかりませんが、前日にお話した『ガラス容器の中の脳のパラドックス』という考え方をしてしまうんですよね。
偶然なのか、意図されたものなのか…んー、不思議。

話を戻しますが、ゼミで大前さんの話が少し出て来た時に先生が、
「講演の報酬は凄いが、あんまり評判は良くないと、よく聞きます。」
と、おっしゃっていました。
正直、「えっ?」と思いましたね。

読み始めて数ページ、
「我の強い人だなぁ。」
と思いました。素直に。

しかし、読んでる内に、
「この人、良い事いうな。ぁ」
と、次第に思っていくんです。

内容としては、賛否両論別れる雰囲気を感じましたけども、
やはり、
『マッキンゼー』
『有名』
『沢山、本出してる』
というプラスのイメージを持っていて、それは必ず良いイメージに繋がっていきますよね?


そう、私はこの方を
「きっと、とてもいい人で、素晴らしい講演をしているに違いない!」
と思っていたから、驚いたんです。

すぐに、ゼミの先生に「何故?」と聞きにいきました。

聞いてみると、凄いですよ~。
先生の知人が、大前さんの出演している番組の関係者という事なのですが、
大前さんの名刺を壁に貼って、ダーツをしているくらい、よく思っていない人が多いらしいです…

ここで、
「またやってしまった」
と、がっくりです。

近頃、自分自身で気をつけている事があるんです。
それは、

『疑う力をつける』

という事。
人を疑心暗鬼に疑い続ける、というわけではありません。

一つの物事を、ただ聞いたり、目で資料をみただけで決め付けたり、勝手に想像し過ぎない。
といった感じです。

先入観にとらわれたり、不可能だと思わない、と考える事も同じです。

私、これが全く出来ないんですよ。
だから、大前研一という人を本を読んで、
『とても素晴らしい人物』だと、決め付けていたんです。
また、この話を聞いて、マイナスイメージを持つのもしかりですが。


皆さんはどう思いますか?
…良い事ば~っかり並べて満足している私の事を(笑)でも、並べ続けます…

遠くのものって見えにくいですよね。
でも、近くにいる方からはよく見えている。

そんな私の目は、近視です。

では。

最近、『遊ぶ』という事は何なのだろうかと考えさせられます。

私が今までの人生を振り返ってみた正直な感想は、

『全く遊んでいない』と、思います。

それは、ただそう思っているだけで実際は遊んでいるのかもしれません。

しかし、淋しいながら、
「趣味は?」
と聞かれ、自信を持ってコレだっ!と言えるものが無いのです…

高校生の頃から、大学生活を経て半ば、本当にやってきた事と言えば、

『アルバイト。』

高校二年から二年間程、時給650円という、今の時給とは数百円も違う給料で、ほぼ毎日汗を流して来ました。

大阪の友人達に聞いてみると、「安すぎる」と笑われてしまいました(笑)
田舎なので、機会費用が他に無いという事は悲しい事です…

まぁ、時給を本気で上げて欲しいと言った事は無かったし、本当にとても忙しくて、辛いと思いながらも、忙しい事が楽しく、やり甲斐のある事だと思えたので満足はしていました。
その甲斐もあり、高校生ながらに、大学生以上の方々に指示を出すという立場を任せていただいた事もあります。

今のアルバイトも、今月で二年と八ヵ月になります。
恐らくですが、私をバイト先で知る人達は、
「アルバイトに明け暮れてきた」
と言うと、少なからず数人の方々は頷くと思います…(自分だけの目線なので、そうでもないと思われる方はスイマセン!汗)

勿論全てが、自分にとってかえる事なんて何一つない、大切な、大切な経験です。

何故このような事を思ったかといいますと、就職活動において、履歴書というものが存在します。
この欄の一つに、
『学生中、勉強以外に力を注いだこと。』
というものがあります。

ある日、この欄の文章を考えようと机に向かい、ルーズリーフを一枚置いて、シャーペンを右手にもちました。そして、

………
……


…出てこない。


…頭の中で出てくる事は、全てアルバイトの事だけなんです。
そう、どんな些細な事を選ぼうとしてもアルバイトなんです。


悲しくなりました。
自分の今までは、これだけなのか?
アルバイト以外の事はしてこなかったのか?
真剣に考えました。

「俺が生きてきた事はこんだけなのか…」
と思った瞬間は本当に涙が流れました。

そして心に穴の空いたような、脱力感。

そこから、数日は悩みましたね。

けれど、
私の出した結論。

『何も頭に浮かばなかったのは、自分が一瞬一瞬を大切にしていなかったからだと思う。だから、本気で遊ぶという事を考えた事が無かった。』
ならば、今から仕切直します。
「今からは、おおいに遊ぶ。」

まだまだ人生は長い、今という一瞬を必ず愉しんでやるぞ。

『今っていう瞬間を生きる自分は、同時に、常に新しい自分』

いつでも、仕切直せるハズ。

この人生、必ず素晴らしい。


そう信じる。


『雑学の本』というものを読みました。

トリビアのような雑学が詰まってるのかなとワクワクして手にしましたが、内容は微妙
全く答えになっていない雑学ばかりでした。
まぁいくつかは確かに為になったものもございますが。

皆さんは、
『ガラス容器の中の脳のパラドックス』
というものをご存知ですか?

私も正しい名称をこの本で知ったのですが、
私は昔から、このような疑問を考えていました。

「今見えている全てのモノは、自分の考えているものであり、この世は自分の頭の中の世界なのでは?」
と、考えたりもしました。
きっと、皆さんも同じ事を考えた事があるのではないでしょうか?

でなければ、『ガラス容器のなんたらかんたら』なんて名称が付いているハズがない。
口にはせずとも人間ならば、一度は考える事だと思います。

ガラス容器に浮く自分の脳が夢を見続けている。

恐ぇぇ…

ならば何の為にそんな事をしているか?の仮説を立ててみました。

マトリックスの世界の様に、実際の体は生まれた時から眠り、夢の世界にいる。

何の為か?

実世界で生まれてすぐにの危険に晒される為。

赤ん坊のままでは直ぐにを落としてしまう。

その為に、人は眠りの中で一度人生を送り、生きる術を全て睡眠学習する。
仮世界の人生を生を全うすると、実世界の目覚めである。

一度死を体験し、生きる事を知っているのである。
生まれながらに、兵としての価値がある。

そう、この眠りとは最初から強化された兵隊を生む為にあったのである!



…なんて物語とかあったら恐ぇぇ…

でも、実際にそうだったりするとどうします?


何となくの妄想でした。

皆さんはカレーを作る際、カレーのルーはいつ入れますか?

恐らく、大多数の方が
「最後に入れる」
と答えるハズです。


先日、本屋で物色していると、
『ミリオネアマインド』
という本を発見しました。少し読んでみると、

「お金持ちななりたいなぁ。」と考えているだけではダメで「お金持ちになれる」と考えないといけない。
といった感じの内容が書いてありました。

別にこの本は買わなかったのですが、帰り道で
この、
「~なりたい」、「~したい」

「~なれる」、「~できる」
の考える事の違いとはなんなのだろう?と引っ掛かったのでしばらく考えていました。そして、閃きました。
なんか凄いです。

前者は、
願望の言葉であり、語尾が『い』で終わるのですが、後者は、
可能の言葉であり、語尾が『る』という言葉で終わります。
当然です。ハイ。

もし、あなたがカレーを作ると仮定してください。

…肉を切り、野菜を切って、グツグツと湯気をたてている鍋へとほうり込みます。
火が通るまでじっくりと煮込みます。

これは私達が、夢へと向かう為、もとい、カレーを作る為の地道な努力です。

そして、必ず最後にルーを入れて下さい。そうする事でカレーになります。

なりたいの『い』のままでは、野菜や肉を煮込んでいるだけでは、カレーにはなりません。

だから、必ず最後にルーを入れて下さい。

必ずや、おいしいおいしい夢が現実へと出来上がります。


…なんか凄くないですか?
まぁ、ただ『る』ルーで掛け合わせただけなんですけど、なんか言ってみたかったんです…

そう考えるだけで、そうなるわけが無い。
と、思われる方もいらっしゃると思います。

確かに、考えるだけでいつの間にか、なっている様な不思議な力が起こるとは思っていません。

でも、私は確信しています。
そう常に考える事は、私達の無意識を呼び覚ます為の声であると信じています。
夢の為に、積み重ねていく。
血の滲むような努力を乗り越える為、やり遂げる為の無意識は知らない内に私達の背中を押してくれるはずです。

こんな経験はありませんか?
火事場のクソ力の様に、本当に追い込まれた時に、いつも以上の結果を出したりする事を。

彼らは眠りが深い。
毎日呼び掛けてあげて下さい。
必ず、目をさましてくれますよ。




いやぁ、なんか良い事言ったなぁ…(´—`)
今日から学校です。

今年はアルバイトで朝から晩まで、おまけに風邪ひきで年末年始はほとんど自分の時間が取れなかった…
まぁ逆に時間があったら、無駄に持て余してしまう性分なので拘束されていた方が良いのかもですけどね。
新年にかわったという感覚をあまり感じなかった為に、体は去年の疲れを引きずったままといった感覚がします。
昔、お正月に感じた清々しさが全く感じられていません。

しかし、
『今日から学校が始まる』という事を、また新たなる転機とし、昨日でで去年を清算したいと思います。

これは気持ちの問題ですよね。

今日から2006年の新しい朝を。
今日の目標は、一日を新鮮に感じる事で。

2005年、リセット
今年は鼻から風邪にやられました。
まぁ風邪と言っても、微々たるものですが。

風邪などの感染症にかかるとよく考えるのですが、
この病原菌達は一体何がしたいんですかね?

感染者を弱らせたり、時には死に至らせる事だってある。

人の体内にいては、白血球などの働きで死滅していく。

この「風邪をひいた」という期間は、一体どういう意味があるのかを考えてみました。

私の考えとしては、やはり
「繁殖の為」
だろうな。と、思いました。
何の目的も持たずに、ただ自分達が殖え続ける為の、最も生物としての根源の行動を繰り返す。

感染者がどうなろうが関係なく次から次へと飛び回る。
そんな気がしました。

彼等の存在する意味とは何なのでしょうね。
ホントしんどい思いばっかりさせよってね。

まぁ、最もそれを言ってしまえば、人間、この地球上の全ての存在の意味を考えなければなりませんけどね。

皆さんも風邪には気をつけてください。

では。