[体の声を聴く:医師の言葉で苦しみ]
(読売新聞 2013年11月7日)
医師の言葉は、しばしば病気の予後を左右します。
Eさんは60歳代前半の女性。
お尻から両足の太もも内側にかけて、慢性の痛みが5年間続いている人
でした。
整形外科で腰椎ヘルニアと指摘され手術を受けても、痛みはなくなりません。
さらに大学病院を含む11か所のペインクリニックや整形外科を受診。
医師から「手遅れ」「心因性」「うつや!」などの言葉を投げかけられ、
痛みと絶望のため2度の自殺を試み、精神科に入院したこともありました。
診察室に入ってきたEさんは「座っているのが苦痛で、寝ている時以外は地獄
です。立ったまま診察をお願いします」。
この言葉だけで、私は痛みの原因が推測できました。
全身を診察した後、肛門に指を入れて調べる「直腸診」を行い、肛門を持ち
上げ支えている肛門挙筋を指で押さえると、予測した通り、Eさんが訴えて
いる部位に激痛が起こりました。
診察後、私は肛門と直腸の絵を描き、「あなたの痛みは肛門直腸障害という
機能性胃腸障害の一つですよ」と説明したところ、ようやく納得したよう
です。
1か月後、Eさんは娘さんを連れて来院しました。
表情がにこやかで別人のようでした。軽い痛みはまだ続いているようですが、
娘さんによると、「これまで寝たきりでしたが、今は買い物も家事も自分で
するようになり、見違えるように元気になりました」とのこと。
Eさんは「先生から痛みの原因の説明を受けて、安心できたのです」と話して
くれました。
「異常ない」「心因性」「うつ」といった言葉は、かえって患者を拒絶し、
苦しめてしまうことになるのです。
医師が「患者の視点」を持つことは、すべての医療の原点です。
(清仁会洛西ニュータウン病院名誉院長・心療内科部長 中井吉英)
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