歯周病菌 全身に影響?
「口の中だけ」と思ったら大間違い
歯を支える組織(歯肉)に炎症を起こす歯周病は、歯周病菌が
引き起こす感染症だ。
この病原体を私たちは軽く考えがちだが、歯だけでなく、
さまざまな全身の病気と関連している可能性が最近の研究で
浮かび上がってきた。
東京都内の総合病院で昨年夏、20代のA子さんが3人目の子を
出産した。
妊娠8か月半での誕生で、上の子たちも早産だった。
念のために、本人の承諾を得て破水の際に羊水を採取。
調べてみると「フゾバクテリウム・ヌクレアチム」という細菌
が見つかった。
この細菌は通常、歯垢に住んでいる。
なぜ羊水にいるのか。
A子さんはこの間、歯周病にかかっていた。
調査した鴨井久一教授は、「羊水の菌が歯垢でも見つかった。
菌が早産の引き金になった可能性はある。」とみる。
歯周病菌と出産。
一見無関係に見える両者を結びつけるこんな仮説もある。
歯周組織で繁殖した歯周病菌は、やがて血液で運ばれて羊水の
中に入る。
免疫細胞が菌を攻撃するが、その際、さまざまな生理活性物質
が放出される。
それら物質の中には子宮内で羊水とともに胎児を包んでいる膜
(羊膜)を傷つけるものもあり、最終的に早産につながると
いう考えだ。
また、そうした活性物質の一種、プロスタグランジンE2
(PGE2)などは子宮の収縮を促進するよう働き、それが陣痛
を早めるとの説もある。
米ノースカロライナ大学チームの研究では、歯周病のない妊娠
の早産は6%だが、歯周病があって妊娠中に悪化した妊婦では
43%まで跳ね上がった。
歯周病の関与が疑われる病気はほかにもある。
心筋梗塞や動脈瘤などでは、病巣から歯周病菌の中で最も
一般的なポルフィロモナス・ジンジバリスが実際に検出された
という報告がある。
米バッファロー大学チームは、CRPという炎症に関連する
たんぱく質に着目。
重度の歯周病患者の4割近くで、このたんぱく質が大量に検出
された。
歯周病菌が体内で持統的に炎症を起こしている証明だ。
CRPは最近、心筋梗塞のマーカーとして活用され始めた。
CRPが高い値だと、心臓病の危険も高まると考えられる。
糖尿病との関連も注目される。
糖尿病が歯周病の危険を高めることは知られているが、その逆
の可能性も指摘されるようになった。
歯周病を治療すると糖尿病も改善するとの報告があるためだ。
このメカニズムにも、先述の生理活性物質が関与していると
みられる。
活性物質が血中の糖を筋肉や肝臓などの細胞に運ぶホルモン
(インスリン)の働きを弱めるという説と、活性物質が膵臓の
インスリン産生細胞を傷つけるという説が考えられている。
さらに、がんとの関連までも疑わせる事例が最近報告された。
国立がんセンターの調査で、食道がんの細胞からトレポネーマ
・デンティコーラという歯周病菌が高い割合で検出されたのだ。
食堂がんの細胞には複数の細菌がいるとみられていたが、研究
チームが患者20人
のがん細胞を採取し、菌種を特定するためDNAを増幅して約2,000検体を分析したところ、トレポネーマ・デンティコーラ
が32%を占めた。
トレポネーマと食道がんとの関連については今のところ不明
だが、同センター研究所分子腫瘍学部の佐々木博巳室長に
よれば、口腔から食道粘膜に下りてきたトレポネーマによって
炎症が起き、それが持続すると、正常細胞のDNAが傷んで、
最終的に発がんに結びつくという可能性が考えられるという。
一方、今年になって米国立衛生研究所のチームは、ポルフィロ
モナス・ジンジバリスの全遺伝情報を解析した。歯周病の予防
法の開発などに役立つと期待される。
国内でのこの分野の研究は遅れがちだ。
それだけに、一人ひとりの口腔ケアが重要になってくる。
「虫歯予防に比べて歯周病への関心は高いとはいえない」と、
国立感染症研究所の花田信弘・口腔科学部長は指摘。
「たかが歯周病という意識は捨て、国民全体の課題として
受け止めなければならない」と話した。
(2001.11.26の読売新聞の夕刊/文:佐藤 良明)