一柳慧、松平頼暁と、昨年から今年にかけ、日本の前衛音楽を牽引したトップランナーの訃報が続きました。そうなってしまった今となっては、湯浅譲二(1929- )の存在は、その世代にして現役で今なお最先端の立場を貫いて作曲を継続する、国際的にも稀有な存在です。

今年8月25日、94歳の誕生月に、サントリーホール委嘱作品の完結版初演を控えております。

 

湯浅譲二には様々な作品の系譜がありますが、「発話」を作品の主軸に据えた作品の系譜も多く、そういった系譜の原点であるテープ音楽作品《ヴォイセス・カミング》(1969)以来、1971年に合唱曲である《アタランス》と《問い》を作曲という具合に、この方面での開拓が極めて充実します。(とりわけ《問い》は、後述するように《呼びかわし》に直結する要素を持ちます。)

こうした系譜の瞠目すべき充実の一方で、オーケストラや室内楽でも超のつく名曲が多数生み出された時期でもあり、40代の湯浅譲二がものした充実した仕事ぶりには唖然とします。

 

1973年に書かれた《呼びかわし》は、合唱曲というフォーマットを超え、9名以上のパフォーマーによって発話の問題を直接的に投げかける問題作であり、今なお、アクチュアルな問題提起を示し続ける作品となっています。

 

むしろ、「ソーシャル・ディスタンス」という言葉が完全に市民権を得たコロナ禍以後の昨今こそ、この作品の意味を問い直す好機と言えるかもしれません。

 

床面に描かれた五芒星(星形と五角形を併せた図形)を歩く5名のパフォーマーは、各頂点で、それぞれ

 

「密接距離」(Intimate Distance)

「対話する距離」(Personal Distance)

「数人との関係における距離」(Social Distance)

「演説する距離」(Piblic Distance)

「例えば彼岸、未知または神への呼びかけなどの距離」(Infinite)

 

という、5種類の「距離」を想定した発話を行います。

 

床に五芒星を描いた状態

 

(カーゲルによる1965年の作品、《Pas de cinq》は、五芒星の上を5名の演者が歩く作品であり、そうした点では共通しますが、恐らく《呼びかわし》を作曲した時点での湯浅譲二は当該作品を知らなかったと思われますので、同時多発的にこのような着想が生まれたのだと思います。)

 

中央の5名とは別に、4名のパフォーマーが、「星座名と星名称」「人名朗誦」「母音演奏」「子音演奏」を外側で行なっています。「星座」と「子音」はカードをめくって出たものから計算した時間、「人名」と「母音」は2個のサイコロを振って出た目から計算した時間、発話と休止を行なっていきます。

 

私はかつて、この作品を2008年に自分自身が主催して開催した湯浅譲二の個展において実演しています。

そのときは、私自身、中の5名の一人として演奏しました。

しかし今回は、外側の「人名」パートを担当します。

それはなぜかというと、2008年に湯浅譲二にリハーサルに参加して頂いた際、サイコロを振る器について、陶器の鉢を指定して、その音響にこだわりを持たれていたのです。

スコアに明記はされていませんが、作曲者によって「陶器の音響」を望まれているということがはっきりしている既成作品である以上、今回、これを取り上げ、私自身がそのパートを担当しないわけにはいきません。

 

今回のために、サイコロも陶器で作りました。

(サイコロも陶器で演奏するというのは、今回が初なのではないかと思います。)

 

名作の割に、音響セッティングの大変さからなかなか実演が難しい作品で、東京では恐らく2014年に(これも私が企画を担当した)国立音楽大学での上演以来の上演なのではないかと思います。

これまでに聴いたことがある方も、今回は陶器の音響にも耳を向けてみてください。

 


 

演奏:「五芒星の中」=金田望、豊谷紗帆、灰街令、山田奈直、アクブルット・デニズ

   「星座」=見澤ゆかり 「人名」=川島素晴

   「母音」=ささきしおり 「子音」=城谷伶

音響:磯部英彬

 


 

<出演者略歴>

 

金田望 →委嘱作品解説の投稿に記載

 

豊谷紗帆(とよたに・さほ):富山県立呉羽高等学校普通科音楽コース卒業、国立音楽大学音楽学部演奏学科声楽専修卒業。第23回JILA音楽コンクール第2位(1位無し)及び現代音楽特別賞。門脇郁子、佐藤ひさら、串田淑子各氏に師事。Kintsugi Music Project主催。

 

灰街令 →委嘱作品解説の投稿に記載

 

山田奈直 →「LIVING ROOM MUSIC」の投稿に記載

 

アクブルット・デニズ(Deniz Akbulut):ドイツ出身。4年前に来日し、現在、国立音楽大学演奏・創作学科作曲専修2年に在籍、川島素晴に師事。勉強のかたわら、フリーランスでゲームBGMの作曲家として仕事をしており、Radical Fish Gamesのゲーム「クロスコード」のBGM制作を担当。現在は同社の次回作の制作に携わっている。

 

見澤ゆかり →委嘱作品解説の投稿に記載

 

川島素晴 →プログラム内容の投稿に記載

 

ささきしおり →「LIVING ROOM MUSIC」の投稿に記載

 

城谷伶(じょうや・れい):千葉県出身。国立音楽大学作曲専修を首席で卒業。卒業と同時に有馬賞を受賞。2021年、細川俊夫招聘教授の作曲特別レッスンを受講。2022年、ティーダ出版より自作品を収録したCD(井手詩朗指揮)と楽譜が発売される。現在、同大学院修士課程作曲専攻在学中。これまでに作曲を川島素晴、ピアノを井上郷子、杉浦奈々子の各氏に師事。

 


 

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