このシリーズでは、vol.2 以後、毎回必ずケージの作品をプログラミングしております。初期から最晩年まで様々な時代の作品を上演してきましたが、この《LIVING ROOM MUSIC》は、1940年の作で、このシリーズでのケージの演目中、最も初期の作品になります。(ちなみに、「法螺貝」の回で上演した《THIRD CONSTRUCTION》は翌年、1941年の作品です。)

この時期のケージには、打楽器アンサンブルの実践、素材の拡張、といった傾向があります。本作は、その両方の側面を具えたものといえます。

 

4つの楽章からなり、第2楽章(スピーチのアンサンブル)以外の楽章では、居間にある任意の物品を用いて演奏すること、という指示になっています。後に不確定性を探求するケージの、初期における不確定性(実際にどのような音が鳴るかは演奏次第)の実践例と言えます。

スコアには4つのパートの担当楽器について例が示されていますが、それはあくまでも例に過ぎないということですので、今回は、全て自作陶器を用いての演奏を行うこととしました。

「こんなにリヴィングに陶器が並んでいるか?」という声も聞こえてきそうですが、冒頭に上演した《0'00"》で、「陶芸を嗜む中年男性」の日常を切り取ったことからの流れとして、このリヴィングじたい、この男性の家庭のリヴィングである、とみなして頂ければ納得できるのではないでしょうか。

(実際に、そのようなシチュエイションを想定した上演となります。)

 

リハーサル時の配置

 


 

1)「To Begin」

 4/4拍子、8分音符のノリの良い音楽ですが、2拍3連(2分音符2拍を3分割したリズム)、3拍4連(4分音符3拍を4分割したリズム)や4拍5連(4分音符4拍を5分割したリズム)が絡み合うような場面も多いです。

 

2)「Story」

 一転してスピーチのみのアンサンブルとなります。ラップの原型を提示しているとも言えますし、ここで実践されている言葉の解体は、ずっと後の実験的な諸作品を先取りしています。

 テキストは、当時出版されたばかりだった、ガートルード・スタインによる唯一の児童文学である絵本『世界はまるい  / The World is Round』(1939)から引用されているのですが、冒頭の一文、

 "Once upon time the world was round and you could go on it around and around."

 のみが使用されています。原作は9歳の女の子、ローズの物語で、この一文の邦訳は

「むかしあるとき、てくてくとことこ歩いていくと世界をぐるっとひとまわりすることができました。」

 となっています。児童文学となればこのような翻訳になるのでしょうが、原文は実に示唆に富んだ内容で、ケージがたった一文を引用しつつ「Story」と題していることも頷けます。ここでは、その一文を分解して再構築していくような作りになっていますが、恐らくその言葉の戯れに「Story」を見出しているのでしょう。

 *この楽章、みんな思い思いの雑誌を読むていで演奏しますが、私自身は、今年のはじめに亡くなった松平頼曉さんへの追悼の意を込めた「雑誌」を選びました。

 

3)「Melody」

 ここでは、4番パートに、全曲中唯一の五線譜が使用され、メロディが書かれています。例によって楽器の選択は任意なので、様々な演奏がなされていますが、私は今回、このパートを担当し、自作の陶製リコーダーを使用して演奏します。ほぼほぼ5音のみ(一箇所だけ別の音があるので実際は6音)からなるこのパートですが、偶然にもこれを演奏できる楽器を作ることに成功したのです。

 陶器は、素焼き、本焼きの過程で大きさが変化しますので、予め想定した大きさに仕上げるのは極めて難しく、また、完成後に指穴を開けるわけにいかないので素焼きより前に開けておかねばなりません。そうすると、想定した音程通りになる保証は全くないのです。まさに「偶然性」、「不確定性」が当たり前の世界であり、全てが出たとこ勝負になります。

 運良く、ケージ指定の音が出せる楽器にはなりましたが、もちろん通常通りの運指ではなく、極めて演奏困難です。一番問題なのは、オーバーブロウのときの息がすぐに抜けてしまい、相当量の肺活量が必要となることです。このパートのせいで、思わぬ鍛錬が求められることとなりました。(では普通にリコーダーで吹けばいいじゃないか、との声が聞こえてきそうですが、陶器の楽器はやはり他と違う質感が出ます。)

 

4)「End」

 第1楽章と似た感じですが、各人の持つ楽器が二つに増えます。第1楽章と異なり連符はなく、基本的に8分のノリで、ポリリズミックながらユニゾンパートも多く含まれており、とても盛り上がる雰囲気なのですが、「sempre ppp」という指示になっています。

 


 

演奏:1st=金田望 2nd=山田奈直 3rd=ささきしおり 4th=川島素晴

 


 

<出演者略歴>

金田望 →委嘱作品解説の投稿に記載

 

山田奈直(やまだ・ななお):川崎市出身。国立音楽大学作曲専修、大学院修士作曲専攻を首席で卒業。音楽以外のなにかから得た発想をベースに、全体音響にこだわった作品を創作している。国立音楽大学主催の「聴き伝わるもの、聴き伝えるもの」において、フルクサスや図形楽譜、ホリガーやアペルギスなどの現代作曲家の特殊な楽器や発声法や実在しない言語を使用した作品などに出演している。作曲を川島素晴氏に師事。現在は同大学院博士後期課程に在籍。

 

ささきしおり:アジア音楽祭台湾大会ACL青年作曲賞日本代表(2018)等、作曲家として活動する中「ドローイング サウンド パフォーマンス/描線の音楽」を提唱。京都芸術大学大学院超域プログラム青木芳昭ラボに進学し、2023年3月修了見込み。バスドラムにユポ紙を貼った「ユポドラム」に(株)呉竹の提供する絵具を用いて、音楽の解体と再構築/作為と不作為の狭間をテーマに活動を展開。愛知県芸術劇場主催「サウンドパフォーマンス・プラットフォーム 2019」公募アーティスト。2021年12月「人工知能美学芸術展」(長野県)参加。2022年7月神奈川県立音楽堂「新しい視点 紅葉坂プロジェクトvol.1」に選出され、ステージの他、体験会、ホワイエ全体を使った大規模な展示を展開した。

 

川島素晴 →プログラム内容の投稿に記載

 


 

自作陶器3)ジェフスキー《To the Earth》(1985)の解説へ

プログラムに戻る