この曲は、2020年に打楽器奏者の林美春さんの委嘱によって作曲された作品です。

本来、名古屋公演で世界初演、2020年3月23日の東京公演で東京初演、となる予定が、名古屋公演は延期となり、東京で世界初演、翌2021年3月25日に名古屋初演となりました。

初演、名古屋初演とも、すばらしい演奏でしたし、コロナの影響を受ける中でどうにか実現できたこと、東京での初演の翌日が、この私のリサイタルシリーズの初回(肉体)で、林さんにも共演頂いたことなど、色々と思い返して感慨深いです。

 

  

 

以下、初演時のプログラムノートです。

 


 

2017年、現代音楽の巨匠、ラッヘンマンによるピアノ新作《マルシュ・ファタル》が初演された。特殊奏法を探究する最前衛の作曲家による満を持しての新作、しかも日本での世界初演ということで、現代音楽業界最注目の作品であり、私自身、水戸での初演にかけつけたのだが、一聴するとロマン派スタイルのキッチュなマーチそのものである本作は、賛否両論を巻き起こした。私には、ピアノのアコースティックの可能性に関する新しい註釈を見いだせたため、やはりラッヘンマンは常に新しい表現の可能性を探求している、と理解した。しかし一方で、同じマーチをテーマにしても、更に新しい可能性があり得るのではないか、との夢想も捨て難かった。そこで、「魔性のマーチ」に対抗して「月に憑かれたマーチ」とし、ラッヘンマンとは異なる視点でマーチに新しい光をあてたいと考えた。

 

そのような考えに基づいて2019年に書かれた先行する同名のピアノ作品があり、本作はそのアイデアを踏襲した打楽器作品となる。七つの異なる音高、素材による任意の打楽器のみによる本作の場合、純粋にリズム構造のみで「マーチ」の骨格が示され、多層性や異化、脱臼、崩壊などが展開していく。チープで簡易なセットによるため、一見キッチュで可愛らしい雰囲気になるであろうこちらの版の方が、ピアノの全音域(88音)を駆使した前作以上に「Lunaire(月に憑かれた=狂った)」な世界観を体現している。

 



「七つの異なる音高、素材による任意の打楽器」という条件は、今回のリサイタルで後半に上演するファーニホウ 《Bone Alphabet》を踏襲するものですが、それでいて全く異なる音楽を作るという挑戦でもありました。

 

各楽器の条件は、

・全てスネアスティックで演奏可能

・片手でクローズドのトレモロが可能なバウンド状況

・残響はあまり無いもの

・7種類の異なる楽器で且つあまり音色がかぶらないもの

・7種類を高いものから順に配列、つまりある程度の音程感は必要

 

となります。

ファーニホウ作品と楽器を揃えられれば良いようにも思うわけですが、「スネアスティックで演奏可能」であり且つ「片手でクローズドのトレモロが可能なバウンド状況」という点は、ファーニホウ作品のセットでは成立しません。

 

今回、この条件を観たしつつ、さらに100均グッズ縛りで選ぶ必要がありましたが、なかなか苦戦しました。

本当は打面の高さを揃えたり、マトの広いものを選んだりしたいのですが、そういう要望を叶えてくれるような品揃えは期待できず・・・。

 

まさか自作の楽器選定が一番大変になろうとは!

 

・・・というわけで、本作の、初演者林美春さん以外による初の演奏を自ら行うことになりましたが、なかなか過酷な条件でした。

おまけに、自分は中学高校時代に打楽器をやっていたのですが、いわゆるトラディショナルグリップ(左手を上向で構える)でのロールしか習得していなかったので、今回も全体的にトラディショナルグリップで演奏しますが、その制約も過酷さを増す要因に・・・。

 

演奏してみて、自分が書いた内容(様々なポリリズムの仕掛け、足踏みしながらの演奏、その他もろもろ)が無茶苦茶難しいことに気付くというオチ。

ちょっと、この曲の作曲家にはあんまり聴きに来てほしくないですね・・・(あ、自分か。苦笑)

 

100均グッズ4)J. ケージ《アルプが「皺くちゃの紙」や「破れた紙」のシリーズを制作するために行った、紙をくしゃくしゃにする音や破る音はどうでしょうか。彼は水(海、湖、川などの流水)や森から刺激を受けていたのです。》の解説へ

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