(マラキ書 3:8-10, 新改訳) [8] 人は神のものを盗むことができようか。ところが、あなたがたはわたしのものを盗んでいる。しかも、あなたがたは言う。『どのようにして、私たちはあなたのものを盗んだでしょうか』と。それは、十分の一のささげ物と奉納物をもってである。[9] あなたがたは、ひどい呪いに呪われている。あなたがた、この民全体がわたしのものを盗んでいるからだ。[10] 十分の一のささげ物をすべて、倉に運び入れ、わたしの家に食物があるようにせよ。これによってわたしを試してみよ。――万軍の主は言われる――わたしがあなたがたのために天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうか。
私たちはしばしば、世の中の多くの人々が聖書をまるであたかも古い古文書のように見なしているのを目にします。彼らは聖書には良い徳談がたくさん込められているけれど、その大部分は今私たちが生きている現代には適用できないものだと考えています。
しかし、聖徒たちはすべての神様の霊的な法則は、いくら歳月が流れても変わることなく今も作動していると信じ、御言葉に従うことを通じて神様の働きを経験します。今日も神様の御言葉を信じて従うことで勝利する聖徒となられることをお祈りいたします。
Jack Hartman and his wife Judy Hartman
アメリカに Jack Hartman(1932-2023)という実業家がいました。1974年、ハートマンの会社は大きな財政的困難に陥り、再起の可能性がなくなりました。その時、彼は友人を通じてイエス様を信じるようになりましたが、それでも会社の財政状態は良くなりませんでした。
Jack Hartmanが財政に関する霊的な法則を悟り、執筆した著書
そこでハートマンは決心しました。「信じるなら、はっきりと信じよう! 聖書には間違いなく祝福の原理があるはずだ」。その時からハートマンは聖書を通じて、神様が豊かにしてくださる方法が何であるかを探しました。そのように集中的に聖書を研究してみたところ、聖書が語る富の法則は、結局「種をまくこと」であったということを知りました。
Jack Hartman(1932-2023)と彼の妻 Judy Hartman(1937-2019)
ハートマンはその時から涙ながらに種をまきました。そして聖書に出てくる財政に関連する句を小さなカードに書き、常に身につけて持ち歩きながら、聖書の御言葉通りに財政運営を行いました。時には会社の財政が苦しくても、変わることなく献金を捧げました。聖書の御言葉に従って霊的な種を植えることでした。
Jack Hartmanが財政に関する霊的な法則を悟り、執筆した著書
そのたびに秘書は言いました。「社長! こんなことをしていては、もっと早く潰れてしまいます」。ハートマンはその言葉を聞いても、当然すべき献金を諦めませんでした。もちろん、そのことは簡単なことではありませんでした。お金が急用な時は血の気が引くほどでした。
Jack Hartmanが財政に関する霊的な法則を悟り、執筆した著書
それでもハートマンが変ることなく献身すると、神様は不思議にも財政的な危機を乗り越えさせてくださり、結局会社も大きく繁栄させてくださいました。ですから、彼は今も世界各地を回りながら、聖書通りに生きれば祝福を受けるという事実を伝えています。彼が書いた本は1994年に韓国語でも翻訳されましたが、タイトルは「神様に財政問題を委ねなさい(Trust God for your finances)」で、ベダニ出版社から出版されました。
私たちが覚えるべき種まきの法則には7つがあります。
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先にまいて、後で刈り取ります。刈り取るためには、まず種をまかなければなりません。そうしてこそ、収穫することができます。
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種をまく前に畑を耕さなければなりません。種が根を下ろすためには準備ができていなければなりません。畑を耕さずに植えると、芽が出ても根を下ろすのが難しくなります。
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時間が経ってこそ刈り取ることができます。どんな種もまいた直後に刈り取ることはできません。どんな事でも始めたからといって、すぐにその結果があることを期待してはいけません。
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まいた種がすべて実を結ぶわけではありません。10個まいたからといって、10個すべてから収穫できるわけではありません。したがって、すべての事に成功だけがあることを期待してはいけません。世の中で自分を好きだという人が10人のうち7人いれば、あなたは立派な人です。
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まいたものよりは、もっと多く刈り取ります。すべての種から収穫できなくても、結局は自分がまいたものよりはるかに多く刈り取ります。あまり焦らず、一喜一憂しないでください。
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豆をまいたところには豆が生え、小豆をまいたところには小豆が生えます。したがって、どうせ植えるなら、尊く良い種を選んで植えなければなりません。そして、自分だけに良いものより、世の中に有益なものを植えなければなりません。
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種子は残しておかなければなりません。冬にいくら飢えても、来年まくための種子は残しておかなければなりません。種子を食べてしまえば、何も収穫することができません。
十分の一献金は、神様に植える財政の種です。
使徒 Paul the Apostle(5-67)はコリント人への手紙第二で、種まきの法則についてこのように語りました。 (コリント第二 9:10, 新改訳) 種をまく人に種と食べるためのパンを備えてくださる方は、あなたがたにもまく種を備え、それを増やし、あなたがたの義の実を豊かにしてくださいます。
十分の一献金は、神様に植える財政の種です。
そうです。神様はまく者である私たちに、種と食べるための糧をくださると言われました。どちらも同じ穀物ですが、そのうちあるものは食べてもよい糧ですが、あるものは食べてはならず、植えて明日を期すべき種となります。絶対に種としてくださった十分の一を、自分の糧として食べてしまわないよう願います。
十分の一献金は、神様に植える財政の種です。
今日の本文の御言葉に、十分の一は聖徒が必ず植えなければならない種であると語られています。種をよく植えて、後日豊かに収穫される聖徒となられることをお祈りいたします。










































































































