(列王記下 7:9、新改訳) そのとき、彼らは互いに言った。「私たちは正しくないことをしている。今日は良い知らせの日なのに、私たちは黙っている。もし明け方まで待っていれば、私たちは罰を受けることになる。さあ、今すぐ行って、王の家に知らせよう。」


 

 

イエスの血で洗った亜麻布を着せてくださること

 

 

私たちは神の恵みによって救われた罪人です。神の恵みがなかったならば、私たちは地獄の永遠の刑罰を受けるほかありませんでした。しかし、私たちは誰かによって福音を伝えられ救われた、「福音に負債のある者」です。したがって、聖徒は生涯、この感謝の念と負債があるという責任感を心に抱いて生きなければなりません。

 

 

 

アラムの陣営で莫大な食糧を見つけたらい病の人たち

 

 

かつて、アラムの軍勢がサマリアの町を包囲していましたが、神の奇跡によって密かに逃げ去りました。町の外にいた飢えたらい病の人たちは、この事実を知らないまま、夜中にアラムの陣営に向かいました。彼らは飢え死にするのも、捕らえられて殺されるのも同じだという心境でアラムの陣営に降伏し、食べ物を乞うために行ったのです。そんな彼らは、もぬけの殻となったアラムの陣営で、全く期待していなかった膨大な食糧を得て喜びました。しかしそのうちに、彼らはサマリアの人々がどれほどの飢えに苦しんでいるかを思い起こしました。

 

 

 

アラムの陣営で莫大な食糧を見つけたらい病の人たち

 

自分の子供さえ食らうほどに窮乏していたので、朝まで待てばその間にもどれほど多くの人が飢え死にするかと考え、らい病の人たちは互いに言いました。「今日は良い知らせの日なのに、私たちは黙っている。もし明け方まで待っていれば、私たちは罰を受けることになる。さあ、今すぐ行って、王の家に知らせよう。」

 

 

 

アラムの陣営で莫大な食糧を見つけたらい病の人たち

 

らい病の人たちは食糧を豊かに得て嬉しかったのですが、飢えた同胞の命に対する責任感ゆえに、サマリアの町にこの知らせを伝えることを一刻も猶予しませんでした。今日の私たち聖徒も、このような責任感を持って御国の福音を伝えなければなりません。

 

19世紀頃、海賊たちは船を駆ってアフリカへ来、黒人たちを乱暴に捕らえて船に載せ、西インド諸島へと運びました。そこには世界最大の奴隷市場があったため、奴隷たちはそこから世界各地へと売られていきました。ある時、黒人たちをいっぱいに載せた船が西インド諸島へ航海中でした。

 

 

 

アフリカのシエラレオネ

 

これを発見したイギリス海軍が海賊を捕らえましたが、その船に載せられた黒人たちの中には12歳の少年がいました。イギリス海軍はこの少年と家族を、西アフリカ南西部に位置するシエラレオネのフリータウン(Freetown、現在のシエラレオネの首都)で解放してくれました。その少年はそこで家族と共に、イギリス聖公会の宣教師を通じてイエス様を受け入れ、洗礼も受けました。そして宣教師学校で英語を学びましたが、宣教師たちは少年の実直さと信仰を見て、イギリスへ留学させてくれました。

 

 

 

ナイジェリアの奴隷出身の聖職者、サミュエル・クラウザー

 

 

彼はイギリスで大学を卒業した後、良い職の提案を受けましたが、自分を救ってくださった神の恵みに報いようと、故国へ戻ることを決心しました。「神様、私は奴隷として連れて行かれ、一生下働きをする運命でしたが、神様が私を救い出し、貴い学びまで許してくださいました。ですから、私はナイジェリアの同胞のために命を捧げます」と言いました。

 

 

 

ナイジェリアの奴隷出身の聖職者、サミュエル・クラウザー

 

こうして青年となった少年はナイジェリアに戻りました。当時アフリカはイギリスが支配していましたが、イギリスで学んだ青年はイギリスをよく知っていました。彼はイギリスとの関係を深めながら、ナイジェリアの近代化と福音化の基礎を築きました。彼は福音を伝えることとヨルバ語聖書の翻訳、教育事業に先頭立って取り組み、祖国を水準の高い国にすることに全力を尽くして努力しました。

 

 

 

ナイジェリアの奴隷出身の聖職者、サミュエル・クラウザー

 

その結果、数多くの魂が主のもとへと立ち返り、ナイジェリアはアフリカで指折りの国となりました。これに対し、ナイジェリア国民は彼に「ナイジェリアの使徒」という別名を贈りました。この人物こそが、Samuel Ajayi Crowther (1809-1891) です。彼は言語学者でありナイジェリアの聖職者であり、西アフリカ初の不朽のアフリカ人聖公会主教として奉仕しました。

 

 

 

ナイジェリアの奴隷出身の聖職者、サミュエル・クラウザー

 

神の前で失われた魂に対する責任感を痛感したクラウザー主教、一人の献身と愛によって、数百万のナイジェリアの人々が神のもとへと戻ってきました。今日、私たちもこのような救霊の熱情が心の中で燃え上がることを願い、この時代、私たちの祖国が私によって救いの道へと立ち返るよう祈り求める聖徒の歩みとなることを、主の御名によって祝福し、お祈りいたします。