随分とひさしぶりにバイク乗りました。
実際にまたがって走ったのは1年ぶりくらいじゃなかろうか?
たまにエンジンだけはかけてみてたんですが、今年の春頃とうとうバッテリーがオシャカになり、なんともう半年いじょうまくってました。(放っておいたという事です。)
新しいバッテリー(これが、バイク用は自分で電解液を調整して入れなければなりません。結構面倒。)を装着。チョーク(自動車にはもうなくなりましたね。)を引いて恐る恐るスタートボタンを押します。
なんとびっくり!一発でエンジン始動です。
僕のバイクはちょいとクセがありまして。しばらくアイドリングさせて水温計の針が動かないと走行ができないのです。アクセル開いただけでエンジン停止してしまう。
しかし、昔の高性能車はこのくらい当たり前でした。初代のスカイラインGT-Rなぞエンジンの機嫌をとるのが大変だったのです。ソレックスツインキャブレーター仕様の高性能エンジンを積んだセリカ、トレノ、レビン、等のトヨタのGTもいっしょ。日産のSUツインキャブのブルーバードSSSやバイオレットなんかもエンジンが暖まらないとまともに走れませんでした。
しかし、今や自動車のエンジンは全てコンピューター制御。始動時から暖気後まで常に同じ状態を保つようにコントロールされてるわけです。
ここで問題があるのです。運転する人はどの車に乗っても同じように操作すれば同じように動くと思ってます。
車に応じて、自分の操作法を勉強したりしません。多分腕に覚えのあるドライバーのうち、昔の高性能車に乗ってまともに操作できる人はそういないと思いますよ。(運転ではなく、エンジンの扱いです。)
などという事を自分のバイクを始動させていつも考えてます。
今日は珍しく、ちょいと、遠乗りしてみました。
若い頃みたいに、コーナーでステップ擦りながらそのままコケルなんて離れ業(昔のブログを参照してください。)はできないんでおとなしいツーリングでした。
全然走らせてないのに調子は上々でした。いや~ほんま。ブランクを感じさせないその走り。
速いですよ、何しろ今や人気の無くなったクウォーターバイクですが(250cc)当時としては自主規制枠一杯の55馬力です。始動時の不機嫌さもわかろうというものです。
今は若い女性でも、自動車学校で大型バイクの免許取ってハーレーとか乗るご時勢です。
しかし、実際問題として日本の道路走る時はハーレーとかの大排気量の気筒の少ないバイクよりは国産の小排気量のクウォーターバイクのほうが向いてるんですよね。
やっぱすごいですね。世の中の移り変わりというのは。
僕らが23~24歳ころは、経済的で性能もいいってんで日本中、クウォーターバイク・ブームだったんですがね。
いまや、ええ歳のおじさんたちまで大型のオートマ限定(いわゆる650ccとかのスクーターです。)の免許を取りに自動車学校通ってる時代です。しかし、2輪車の基本的な乗り方も知らない年配のおじさんがスクーターをひっくり返してるシーンを自動車学校で目撃してしまった親父は大変、複雑な気持ちです。
自分が車(特に大型車)を運転してる時は、おっちゃんの運転する大型スクーターには近づかんとこうってね。
清水の舞台から飛び降りる。
春頃から、欲しいな、欲しいなと思ってた物があります。
今、携帯用MP3プレーヤーが大人気ですが・・・・
MP3ファイルを、車の中でFMラジオで再生する機械。電源は車のシガーライターから取るので電池不要。
スバルなんかは、純正オプションのカタログに載せてます。(定価15000円)MP3ファイルはフラッシュ・メモリーを使います。USBで接続するようになってるのです。
ずーっと悩んでたのですが、とうとう買ってきました。ホームセンターで8980円のやつを。(フラッシュ・メモリーは付属してません。)
中央のシガーソケットになったのが本体です。上はMP3プレーヤー。下は前から持ってるフラッシュ・メモリー
早速、家で試してみました。
雑音だけしか聞こえません。ガ~、ガ~、ザ~、ザ~
どうなっとるんや、試しに別のフラッシュ・メモリーにMP3ファイルをコピーして接続してみました。
まったく同じです。こりゃ、清水の舞台から飛び降りて大ケガか?
FM電波で音楽を飛ばすようになってるんで、周波数が7段階選べるようになってます。
いろいろ切り替えて試してやっと、87.7ヘルツでまともに音がでました。
ほっとした反面、おかしいじゃないか?地域のFM局と干渉しないために周波数が切り替えられるようになってるはずだ。どこの周波数でもまともに音楽が聞けるのが正常のはず。
ま、聞けるんだから細かい事は気にしないことにするのがこの親父です。
それより、携帯用MP3プレイヤーとUSBケーブルで繋ぐとMP3プレイヤーのファイルが再生できるのが収穫でした。説明書にはそういう使い方をすると、保証の対象外ですって書いてあるけれど、携帯用MP3プレイヤーはフラッシュ・メモリーとして使えますと書いてあります。
つまり、矛盾というやつですね。
これで、カーフェリーとかで遠出する時は車の中ではこの機械でMP3プレイヤーの曲を聴き、フェリーに乗るときはMP3プレイヤー本体を携帯すればいいのです。うちの車にはMDプレイヤーが付いてないので、大量のCDからいちいち、聴きたい楽曲を選ばなくてもよくなりそうです。
便利な世の中になったものです。出かける前日にパソコンで自分の聴きたい楽曲だけののファイルを作ればいいだけです。256MBで4~5時間分の音楽が入りますものね。
あとは、どっかへ出かけるだけ・・・・・これが一番の難問。
掃除機がご臨終です。合掌。
19年間使ってきた掃除機がとうとうその寿命をまっとうされました。
嫁さんといっしょに我が家にやってきた物です。
普通掃除機は数年で動かなくなりますが、殆どが電気コードの断線です。
非分解のコンセントになってるので外からはわかりませんが断線するのは、理屈からいっても一番多く曲がる所。つまりコンセントの首元あたり。
配線を切断して、ホームセンターとかで売ってる市販のコンセントを接続してやればOKです。
初期の故障はだいたいこんなもので直ります。
その他、コードリールが巻き取らなくなったり、内部の接触不良など、何度も掃除機をバラバラにしては修理してきました。
しかし、今年の春くらいから金属音がしはじめました。分解してみましたが、残念。モーター本体にガタがきてました。手の施しようがありません。そのまま組み立てました。
(手術で切開してみたけれど、手遅れでそのまま縫合したような気分・・すごい例えだね。)
19年目の結婚記念日を迎えた数日後、とうとうモーターが焼きついてご臨終。
よくぞ19年間頑張ってくれました。めったに掃除しなかったから。(おいおい、人聞きの悪い。)
早速、翌日 JAに掃除機のカタログを頼んだところ、ちょうど、掃除機のキャンペーンをやってるとの事。じゃあそれでいいや。ということで次の日、家にダンボール箱が置いてありました。
長男坊が興味を持ったのか、「お父さん、開けていい?」
僕「かまんぞ、早く組み立てて掃除でもしろ。」(?)
嬉しそうにホースやら、パイプやら組み上げてます。しかし、いろいろなノズルやらバンドやらついてるんだけど、細かいとこがよく判らないらしい。
僕「説明書を読めや。」
長男「そんなものないよ。」
僕「バカか!説明書が無い訳なかろうが。お前が箱開けた時にどっかほったんやろが!」
長男「そんなことしてないてや!」いささかベソかきかけです。
やっぱり説明書と保証書は何処にもありません。
翌日、JAの支店に電話をかけました。
「ああ、ごめん、ごめん。あれね、保証書のコピーがいったんで、説明書の袋ごと抜いといたんよ。今日持って行きます。」
よいよ人騒がせなこっちゃ。そんなもん全部揃ってから持ってきてくれたんでよかったのに。
どうせ、掃除なんかめったにしないんだから。(だから、人聞きが悪いから書いちゃ駄目だって!)
おい、おい、おかしいよ!
ブログ書いてて写真アップしようとしたら、二回連続で全部消えちゃったよ!
親父の昔の夢はね、中学時代から・・・・・
22歳で嫁さんもらって、すぐに子供が出来て・・若いお父さんになるのが夢だったんですねえ。
しかも、嫁さんになるのは同じ歳か自分より上の人。(年増フェチ?)
残念ながら理想通りにはならなかったですが、しかし、僕みたいなオタクが結婚できただけでも大変めでたいことです。
でもね、初めて嫁さんと会った料亭の人間が、僕ら二人を見て後の仲人さんにこう言ったそうです。
「あのカップルは女性が年上ですか?」
いやあ、喜んでいいのか、悲しんでいいのか微妙なコメントですが・・・(嫁さんは悲しいでしょうね。)
結局。僕が25歳の秋に結婚式をあげたのです。嫁さんは22歳でした。
嫁さんの名誉の為に付け加えておきましょう。
嫁さんは当時、その地区一番のべっぴんさんで有名だったそうです。
僕もさんざん冷やかされたものです。
今現在,家の中でいつもトドのように横たわって寝転んでいるちょいと大きめ(?)の嫁さんを見てる僕にはピンときませんが!
しかし、ありがたい事です。四人も子供がいて、大きな顔して生活してます。
ちょいと、ヤバイです。このブログ書いてて酔いつぶれて寝てました。今日も祭りの練習があったのでした。
今、子供らが帰ってきました。指導にいかなきゃならんかったのに・・・・
人間万事塞翁が馬だっていつも言ってるでしょう!
ハッスルした後は・・・
さて、中学の運動会も終わり・・・・
親父は家へ帰り、ひとりで飲んでおりました。ムカデ競争の感慨に浸りながら・・・・・
外が暗くなった頃、練習を終えたスポーツ少年団の団長がわが家へ飛び込んでまいりました。
そう、スポーツ少年団のソフトボールも実質6年生は引退なので、ほっとしてたところです。
団長「ヒ、ヒロシさん!言いにくいんですが、お願いがあるんです。明日、スポ小に参加してくれません?」
僕「なんてや?ほんとに大会があるんか?」
団長「どんなにあたっても、明日は男親が二人しか都合つかんのです。」
団長は嫁さんの弟、つまり僕の義弟です。
嫁さん「うん。かまない!明日、私は敬老会の手伝いやけど、お父さんはあいとるけん。」
ええッ?強制参加かい。
せっかくの休みなんや。運動会の(後で深酒した)疲れをゆっくり癒そうと思ってたのに。
あてがはずれた。
それどころか、二日酔いと、前日ハッスルした体の痛みに耐えながら7時起きです。
まあしかし、集まるもんです、市・内外から会場を二ヶ所使って、21チームも集まってたらしい。
うちのチームはスポーツパークの大きなグラウンドを4コートに分けてのDコート。
そこで4チーム総当たりで3ゲームづつ試合したのです。ソフトボールといっても、ミニ・ソフトというんですか、スポンジ製のボールと、プラスチック製のバットを使う小さい子向けのゲーム。子供がソフトボールに慣れ親しんでくれるようにというソフトボール協会主催の大会だったみたいです。(出場選手もなるべく4年生以下というような規定もあったらしいですが。うちは5年生三人いれてもカツカツの人数)
それにしても、当日は、日本全国
| 敬老の日や! | |
各公民館単位での「敬老会」まっさかり!
敬老会には、小学生達の歌や踊り、作文読んだりと、いろいろ出し物もあるんです。
母親達もその準備などがあり、チームの世話もままなりません。
そんな日になぜ、こんな大会をしたりするんでしょう?
少しは、昔からの行事や風習を大事にしてはどうなんでしょうね。
ほんま、最近のスポーツ少年団ソフトボールの関係者どもの横暴ぶりには目に余るものがあります。
どっかの小泉みたいなもんやな、やったもん勝ちみたい。
で、肝心のわがチームの監督も欠席(仕事だとさ。)自分が出れないなら試合も断ればいいだけの事。
そんな根性もないくせに、やたら団員に威張りくさっておられる。(前も書いたが同級生。)
しかし当然!そんな監督不在だから、子供らものびのび試合してましたねえ。
なんとまあ、三試合全勝でした。(自分の子供がチームに居なかったのだけが残念。)四年生の女の子までホームラン打っちゃいました。すごい!
監督がいると、監督の顔色ばかり伺ってるんで打てない、守れないでいつも負けてるんですがね。
ま、完全にボランティア同然で僕は三試合とも、一塁・塁審をしたんですが、勝ったのでよしとしますか。
夜は、早速、この日の反省会。(?) 結局、休息する時間はなかったのです。
反省のしすぎで、翌朝仕事に出勤してから、あまりの体のだるさに・・・・・・・
| 本当の意味で また反省したのでした。 |
今日は、運動会でした。
中学校のね。
娘が中学入学してから、毎年見にきてるんだが、娘はもう高校生。4年目ですね。
今年は、長男坊一人。二年生です。
過疎化が進むとはいえ、市内では一番の生徒数を誇る中学校です。我が子が出るプログラムも少ない。
連れてきた次男、三男は暇をもてあまし、どっか消えちゃいました。
お前らも来年から、この中学校通うんだがな?
それより、今年はPTA唯一の競技種目である「ムカデ競争」に親父は初めて選手に選ばれてました。これは、地区対抗戦なのです。(地区というのは、当然、小学校の校区が基本なのです。)
娘が中学校入学から4年間、運動会見にきてましたが、「ムカデ競争」でわが小学校・校区の親選抜が決勝戦に行ったのは観た事がありません。
いろいろ校区別にチーム分けして、10チーム。この内、5チームづつ予選をして、決勝に5チーム進むのです。
予選で、隣のレーンのチームの奴が僕に(中学の同級生ですが。)「おい!笑いを取るのも必要やぞ!」
僕「やかましい!お前とこがこけえや!」
結局、終わってみれば笑い取るどころではなく、うちのチームが一位!
笑い取れだのと言っていた、隣の校区の奴らは必死に頑張って二位。「どこが笑い取れやだ?」
しかし、2組目の「ムカデ競争」終わっての学校のマイク放送。
「とんでもないことになりました!一組から決勝に進めるのは○○チームだけです!」
そうなんです!10組で「ムカデ競争」するんですが、決勝に進む5組はタイムで決めてたのです。
忘れてた!
しかし、それで、一組で決勝に我がチームだけとな?一体どうなっとんのや?
なんと、昼弁当食べた後、また決勝かい?忙しいなあ。
しかしねえ、親父ははっきり言って、子供の頃の運動会は何をやっても常にゲッポだった。(ゲッポ>ビリの事。)
なぜか、大人になってから、頑張ったら、首位になれるようなシチュエーションが多い!
選手の奴らも知り合いというか、友達が多い。
「ええか!せっかく決勝まできたんや!今回は、素早く、左・右・左・右・左・右やぞ!」
みんなの立つ位置まで僕が指図して第一陣の到着を待つ。
女性チームのタスキを受け取ったら、我々男性チームの出番です。
女性チーム僅かに遅れ、2位、3位入り乱れてタスキをバトンタッチ!
これは、もう死闘でした。三チームが殆ど、横一線にならんでました。
しか~し!勝ったぞ~!
ざまあ見い~!はっきり言って、僕は超負けず嫌いです。
しかも!我が小学校の校区は勝った事が無い!
初めての優勝じゃあなかと~!
これ以上嬉しい事は無い。よかった。よかった。
と、言うほどの気合を、自分の息子から見せて欲しい親父でございます。
ま、無理でしょうけども・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
むかし、むかし、あるところに・・・
おじいさんとおばあさんが住んでおりました。
おじいさんは山へ芝刈りに・・・
おばあさんは川へ洗濯に・・・
毎日、せっせと出かける生活でした。
まだ、電気も水道も無い時代でしたので、洗濯は川でやっておりました。
環境問題も今程深刻ではなく、わずか数軒の家庭が生活排水を川に流してもそう問題にされるほどの事でもなかったのです。
さて、そんなある日。
裏の畑でポチが鳴いております。
ワン、ワン、ワン、
山へ芝刈りに出かけようとしてたおじいさんですが、あまりにポチの鳴声がウザイので裏の畑へと行きました。
おじいさん「これ、どうしたポチよ。」
ポチ「ワン、ワン、ワン、」
おじいさん「だから、どうしたと聞いておろうが?何かあるのか?」
ポチは畑の上で鳴き続けております。
ワン、ワン、ワン、まるで何かを訴えるかのように。
おじいさん「いったい、なんでそんなに鳴いておるんじゃ?」
ポチ「ワン、ワン、ワン」
ず~とポチの様子をうかがっておったおじいさんですが、あまりにうるさく鳴き続けるポチに・・・
とうとうキレてしまいました!
おじいさん「え~い!うるさい!いつまで鳴いとんじゃ!」
腹を立てたおじいさんは思わずポチの尻尾に噛み付きました。
ぎゃん、ぎゃん、ポチは驚いて悲鳴をあげます。
しかし、キレてしまったおじいさんは離そうとしません!
とうとうたまらず、ポチが叫びました!
「こ、こら!は、離さんか!・・・・
| はなさんか!じじい! |
花咲じじい。(はなさかじじい)
お後がよろしいようで・・・・チャンちゃんちゃんちゃんちゃん・・・・
失礼いたしました。
ワイルド7知ってる人、この指と~まれ!
- 望月 三起也
- ワイルド7 [愛蔵版] 1
これはもう、僕らの世代ではたぶん知らない男子はいないんじゃないかというぐらい有名な漫画。
その当時では驚きの、凶悪犯人は勝手に処刑していいという資格を持った警察官(しかも全員、死刑囚だった元凶悪犯罪者。)7人の活躍を描いた物語。
僕は、小さい頃からの望月三起也ファンだったのですが、(秘密探偵JAというのが大好きでした。・・今や、JAというのは農協の別称で、ちょいと複雑な心境ですが。)
当時としては、ちょいと、過激すぎる内容に作品のコレクションするのはためらってました。
前のブログで書いた、今は亡き友人が全部購入してたので借りて全部読みましたねえ。
この漫画がなんと、実写TVドラマになってたんですねえ。たしか、小学校高学年頃だったと思うのですが、毎週毎週、モデルガンによる激しいドンパチばかりで、ほとんど、内容がなかったような気がします。主演は小野進也という人だったような?
TVはさっさと終わったけれど、原作の漫画は長く続きまして、高校生の時もまだ友達に借りて読んでましたね。
なんで、今更そんな話を取り上げるのかというと・・・・
これまた、短大生時代。なんかの拍子にワイルド7の話題が出ました。
滋賀県から来てた友人「そういや俺、ワイルド7の撮影に実際に使った銃持ってるぞ。」
僕「ウェエエええええええ・・・・・・・・・・!何でや?」
友人「TV番組終わった時にな、番組プレゼントと言う奴でな、撮影に使ったモデルガンプレゼント言うのがあったんやんけ。それに応募したら、当たったんや。」
TVほとんど見とらんきに、そんなの知らんがや!うそやろが!
僕「ほんで、どんなのが当たったんや?」
友人「なんか、よう知らんけど機関銃や。こ~んな形した奴(ジェスチャー)」
僕「機関銃~!そ、それ、今でも持っとるんか!」
友人「たぶんある思うで~。なんや、モデルガン規制っちゅうやつができたけん後で色は塗ったけど。送ってきた時は火薬バンバン撃って遊んだなあ。」
僕「そ、それオラにくれ!銭なら払う!」
友人「ええぞ、今度帰ったら持ってきたらあ~!」
めでたく商談成立。休み明けに僕は友人から機関銃(サブ・マシンガン)のモデルガンを手に入れたのでした。
友達に払ったの当時で2000円か、2500円だったかよく覚えてないんですが。たぶんMGCというメーカーの作ってた、イギリスのサブ・マシンガン「ステン・マークⅢ」というタイプ。
これが見事に、本人も言ってたが、全体真っ赤にペンキで塗られてました。今話題になってる郵政省御用達みたいだ。いや、郵便やさんは銃器持ち歩かないよね。
モデルガンの規制というやつが出来て、金属製モデルガンは派手な色でなくてはならなくなっていたのです。だから、ダイキャスト製のモデルガンなんか金色してたでしょう?
しかし、そんなモデルガンに飽き足らないファンの為に、メーカーは悪い薬品売ってました。僕もね、当時名古屋のMGCショップへ行って買ってきた、モデルガン黒染め液。ダイキャストのメッキを削り、この液に漬けると、実銃のような鈍い黒色になる薬品。
友達から買ったステン・サブマシンガン。一生懸命赤いペンキを全部削り、サンドペーパーをかけ、先ほどの黒染め液を塗り込みます。夜中中この作業をやりました。
夜中3時頃、一通り完成。まるで、実銃みたいに、鈍く黒いステンマークⅢの完成。外国の戦争映画でてくる実銃そのもの。
かっちょえ~!嬉しさのあまり、触りまくりながらも、眠気には勝てず、寝ちゃいました。
数時間後。起きて早速ステンマークⅢをさぐります、
ぎょえ~!!手にザラッとした嫌な感覚。
うそ~!なんかの間違い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
睡眠不足で目もおかしくなったのか?
目の前にあったのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
真っ赤(茶)に錆びた、ステンマークⅢ!!
昔のモデルガンだったステンマークⅢはなんと、鉄製。(いや、知ってましたけど。)
買ってきた黒染め液はダイキャスト(亜鉛合金)用だったわけです。化学反応(酸化)させる成分が違ってたんですね。
なんと、ほんの数時間でダイキャスト用の黒染め液は鉄を真っ赤に錆びさせてしまったのでした。
これじゃあ、海底から引き上げられた昔の鉄砲。
でも・・・・もう、二度と、手間暇かけたくなくなった親父は・・・・・・
自動車用のシャーシ・ブラック(車用の黒いラッカースプレーです。)をざ~と赤錆を落とした(この作業もけっこうしんどかったけど。)ステン・マークⅢに吹きつけ今に至ってます。磁石がカチンとくっつきますよ。
このMGC製のステン・マークⅢには後日談がありまして・・・・・・・・・・
サイズ的に実銃と同じに出来てるってんで、アメリカのユーザーが、自分が買ったモデルガンに実銃の銃身を組み付け、実弾を装填して引き金を引いてみたら撃てた(いや、当然だと思うけどね僕は。)というので、販売中止になったといういわくつきのものらしいです。なんで、実銃売ってる(現在はフルオートで撃てる銃は販売も所持も禁止の州がほとんどだそうですが。)アメリカにわざわざモデルガン輸出してたのかもようわからんけど。
やっぱ、金色か白色にそめときゃなきゃいけんのかな?
ただの黒い色してるんで、オモチャにしか見えません。現在売られてる精巧なエアソフトガンのほうがよっぽど実銃みたいです。しかし外側が鉄なんで振り回すと威力がありそうですが(?)
25~26年前ひょんな事から手にはいったレアなモデルガン。(今から34年くらい前の製品でしょう)ただ、欲を言えば、シュマイザーのほうが欲しかったですね。同じメーカー製なんで弾倉(マガジン)はシュマイザー用をそのまま流用してるみたいです。シュマイザーは戦争映画ではドイツ兵が必ず持っているサブ・マシンガン。かたや、ステン・サブ・マシンガンは大戦中に連合軍がレジスタンスを支援するために大量生産した間に合わせみたいな銃。鉄パイプにストック付けて、ただ弾が撃てればいいという道具。銃としての値打ちが全然違いますよねえ。しかし、そんな単純な構造の銃だから、モデルガンに実銃用の銃身つければ実弾発射可能になってもなんの不思議もないのです。(これは、あくまで可能というだけで、実用になるかといえば、否です。オモチャにそんな耐久性はありません。現実にこの銃、友達が正規に遊んでただけでかなりガタがきてました。)
ま、贅沢言える身分ではないですが。
なぜ、これらの銃をサブ・マシンガンというのか?
サブ・マシンガンというのはピストル用の弾をフルオートで撃てる機関銃。専用の高速弾を使う自動小銃とは威力が全然違うわけです。そのかわり、共通の弾丸を使うんで何種類も弾を用意しなくてよいという利点があるし、近距離戦では小さい分取り回しが利くというので重宝されてるんですね。
映画「ダイ・ハード」でブルース・ウィリスが最後に自分の92F(ピストル)の弾撃ち尽くしちゃって、MP5サブ・マシンガンの弾倉から残った弾2発を取り出して92Fに装填。背中にガムテープで貼り付けてラストの一発(正確には2発)逆転のシーンはなかなか考えてましたが。同じ9ミリパラベラム弾というのを使用する銃同士だからできたんですねえ。あれが、カール(役名)の持ってたステアーを奪ってたら弾丸が違ってますからね。
今日はちょいと、マニアックな話になってしまい、・・引いた人がだいぶいそうですね。
失礼いたしました。
なぜか、日付と時間が違ってるよ。
9月13日の夜に書いたブログが、9月12日の昼にアップされたことになってます。
こ、これって・・なんかのアリバイに使えるかも~!
って、いったいなに想像してっだよ?名探偵コナンじゃあるまいし。
しかし、「9月13日。今日は結婚記念日」なんて、大見得きって12日のアップじゃん!親父ってば、酒の呑みすぎで日付も判らなくなったのか?と思う人もいるかもしれない。(たぶん、いないだろう。)
なんか、書きかけの「轟天号のブログ」を、下書き保存したのが12日の昼。嫁さんが
「お父さん、御飯よ~!」ってね。
そのまま、酒飲んでて・・・って、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おい!記憶がグチャグチャになってる。
12日と言えば、仕事してた日。なんで嫁さんが昼ごはんを呼びにきたりするんだ?
| 違う!違う! |
嫁さんが昼ごはんを呼びに来たのは、10日の土曜日!
御飯食べてから、一人で美容室へカットに行ったんだ。それから、ミニSDカード買いに行った。
11日は昼から酒飲んでて、2時過ぎに子供を連れての映画鑑賞から帰ってきた嫁さんと、二人で手をつないで(ない!)選挙に行った。
12日は仕事で会社のパソコンで「リサイクル券」の預託・発行をしてたんだった。
そうや、この時「リサイクル券」の発行が終わった時にちょいと、ブログを何行か書き出してすぐに下書き保存してたのでした。夜、家で続きを書こうと思ってね。
そして、疲れ果てて帰った親父は夕飯食べてそのままパソコンに触らず、風呂はいって寝たのでした。
いや、正確には、夕飯食べて寝てて、深夜に起きて風呂はいってしばらくゴゾゴゾして、(中身はナイショ。)
そして、明け方の4時過ぎからまた眠りについたのでした。
13日は、仕事関係の講習を受けに一日中松山市へ行ってたので昼中は会社のパソコンにも触らず。
という訳で、なんと、三日分の記憶がゴチャ混ぜになってるんではないんかい?
| これは、 大変に危ない! |
危ない、と言えば僕の頭髪も危ないかも?自分で言うのもなんですが、僕はかなりの童顔で体格も普通(ちょいとやせ気味ってとこかな)ところが、最近頭髪のほうが地肌がチラチラ目立ち始めたような気が・・
嫁さん「お父さん、ハゲよるよ~!」
僕「ほっとけ!嫁も子もおるんや、今更ハゲてもいっこうに構わん!」
なんて、普段の会話。
10日に美容室行った時。
「短くするん?」
僕「おう!最近ハゲよるけん目立たんように短くしてくれ。」
「ほんと!凄いことになりよるよな~!」
| ちょっと待てこら! 今なんて言うた! |
こっちは、半分ギャグのつもりで言うたんや!素直に肯定してどうする!
「そんな事ないよ~。」よか、「まだ、大丈夫よ~。」とか言えんのか?
ほんま、お前が僕ら夫婦の仲人の娘じゃなかったら・・・・・・・・・
| こんな店、二度と来んぞ! |
大体、仕事のストレスで危なくなっとるんや!(自分ではそう信じてる。)これ以上ストレス増やしてどうする!
しかし、一説では、深酒もハゲる原因というのも。
リーブ21とか、発毛関係の会社もたくさんあるけど、そんなものに金払うより、本当に危なくなったら、短く切っちゃえばいい事。童顔だからハクがついて丁度いい。
なんて、接客のフロントマンがスキンヘッドで出て行くとちょいと問題ですかね?
ま、どっちにしても、散髪したら、さっぱりしました。しばらくは大丈夫でしょう。
今日は結婚記念日です。。
今を去る6年前。
1999年、人類は月面にムーンベース・アルファを建設し、ここを基地として宇宙探検に乗り出していた。同時に地球に生ずる不要核物質の廃棄地区を月の裏側におき、人類は放射能の脅威から逃れていた。
しかし、1999年9月13日、廃棄物質が核融合爆発。
月は軌道を外れムーンベース・アルファの311人を乗せたまま宇宙の放浪の旅へと旅立ったのです。
そう、月が地球の軌道を離れ、旅立ってから今日で6年目。
| 違うよ! |
そりゃ、「スペース1999」の話。
- ジェネオン エンタテインメント
- スペース1999 1st season 「スパイ大作戦」で共演してた夫婦がまた共演したSF・TVドラマ
「スパイ大作戦」では変装の名人をしてた男スパイ(マーチン・ランドー)が基地の司令官。美人女スパイ(バーバラ・ペイン)が女性博士(医者)の役。
「スペース1999」は1977年春から日本で放映された番組。昔の「スパイ大作戦」では、めちゃ美人だったバーバラさんが、この番組ではすっかりおばさんになっていて、最初気が付かなかった程です。
ま、夫婦つながりと言うことで・・・
今日は僕ら夫婦の19回目の結婚記念日。(SFファンだったので、結構なんかの縁かな?)
しかし、最初に僕がお見合いした女性の誕生日でもあるのです。(たまたま偶然。)
中森明菜の誕生日じゃなかったけな?(俺は林やペーか?)西暦までは覚えてない。
僕自身、誕生日が12月13日ということで、13日というのは結構好きです。13日の金曜日という誕生日も何度もありました。
あ、みなさん知ってると思うけど、TVドラマだった「スパイ大作戦」をトム・クルーズ主演で映画化したのが、「ミッション・インポッシブル」と「MI2」です。DVD両方持ってますよ。(勿論、コピーじゃなく、オリジナルを。)
「13日の金曜日」(第一作。ジェイソンが出て来ない奴)を観たのは、この数年後。
岐阜の映画館。これが、なんと深夜12時から、映画館の舞台がいきなりストリップ劇場になるという、田舎出身の少年には想像もつかないようなシチュエーション!
なんのことは無い。悪友にストリップ・ショーなるものに連れていかれたものの、時間が早かったので、館内の時間待ちで映画「13日の金曜日」を観たというわけです。ホラー大嫌いな僕がなぜか、「13日の金曜日」記念すべき第一作だけは観た。という不思議なめぐり合わせ。確か、ストリップ・ショーの入場料でおまけで映画が観れてラッキーだったかも。(いや、ホラー映画なぞ観たくもないのですが。)
とにかく、岐阜の短大の2年間はカルチャー・ショックの連続で・・気が小さく、人前で話す事もできなかった田舎の少年の人格が変わり始めたのはこの頃からだったのではないでしょうか?
いや、冷静に考えてみると、負けず嫌いの性格は昔からあったのだけど、あまりに自分がひ弱すぎて、表に出せなかった。これが、ヤンチャな友達と付き合い、乱暴な言葉や態度も覚え、仕事し始めて体力もそれなりについて、だんだん外に向かって出るようになったのかもしれません。
中学生までの僕しか知らない人間は、みんな、僕の変貌ぶりに驚くようですもの。
それより、なにより、若いときに嫁さんもらえてラッキーでした。結婚できたのもたまたま運がよかったようなものでしたから。
しかし、はや19年かあ。歳とる訳だ。
轟天号についてはどうなったのでしゅか?
また今度にしましょう。








