せからしか! -1041ページ目

今、日本シリーズやってます、

会社のロビーで所長が見てますよ。


さてさて、今日で決まってしまうのでしょうか?


昨日の試合終了時、バレンタインに言って欲しかったなあ。


「阪神は○天より弱い。」って。そうすれば怒りに燃える阪神の逆襲が始まるかも?


およそ15年前ですか、巨人と近鉄の日本シリーズ。


加藤とかいうピッチャーだったか、無傷の三連勝して浮かれたあまり思わず勝利インタビューで言ってしまったセリフ


「巨人はロッテより弱い。」


当時はおよそ、日本人の半分は巨人ファンでなかろうかという時代。


なんと、怒った巨人軍は怒涛の四連勝で逆転日本一になり、近鉄(というか、インタビューに答えたピッチャー)はいい笑いものになってしまったのでした。


なんて言ってるまに、なんと今、イ・スンヨプがホームラン打って2対0になっちゃいました。


なんかこのまま、終わっちゃいそうな雰囲気ですね。


その当時パ・リーグ最弱の名を欲しいままにしたロッテも今年はこんなに強かったんだ。


ホークスも最後においしいところを持っていかれちゃいましたものね。

ハロウィンはお菓子もらうんですよね。

お菓子くれなきゃ、いたずらするぞ~!が、あちゃらのハロウィンですか。


じゃあ、「はいはい、来た子はお菓子持ってお帰り~!」のうちらのお祭りはいつ始まったのでしょう?


地元が少子化になり始めて、いつの頃からか、お祭りの町まわりで、子供達にお菓子を差し出してくれる家が増えてきました。これが、地元に循環します。(悪循環か、善循環かはあえて言いませんが。)


段々と各家も我も我もと出し始めたので、僕ら、まわるほうの人間も武装(?)です。だって、全部手でぶらさげていては、すぐに一杯です。


お菓子


こうやって、引く車を用意。最初の頃は嫌みみたいでイヤ(何かくれと言う感じ)でしたが、貰うのが当たり前になってしまった現在は必需品になってしまいました。


各家で、みんなが無理して(かどうかは知らないが。)持たしたお菓子を均等に分けて持って帰る・・・


omiyage


子供達だけ、幸せなひと時なんですねえ。





ハイテクな場所へご案内。

自分の住んでる所からちょいと離れた場所になんかすごい物が在ります。


huusya


山頂にプロペラが11機も並んで装備。これは、最近になって、急に猛威を振るい始めた台風に対抗するために作られた扇風機。台風に対抗して、プロペラを回して風を送り台風の威力を弱めようというのです。・・・・



なんて、誰も信じる訳なかろうがい!



今年の夏休みの宿題で生徒が作った風車(かざぐるま)です。山頂の強い風を受けてよ~く回ってますよ。



アホ言ってちゃいけない。風力発電の風車(ふうしゃ)です。ただ、この発電装置、原子力にも、石油にも水力にも頼らない国家的プロジェクトの為、テロの危険性があります。(ほんとか?)


その為に、対策がしてありました。


hibiki


風車の柱のたもとには、ちゃんと、仮面ライダー響鬼とその仲間が護衛についていたのです。


これで、日本の将来も安心というものです。







すみません、全部ウソです。(言わなくても判ってるでしょうけど。)


それにしても、この「風車祭り」頭上で発電用の風車がビュ~ビュ~と物凄い音を出して回り続けていて、なんか、恐怖を感じましたねえ。

唐獅子を踊りました。

さて、祭り練習が始まった時から、唐獅子の連中に言われていたこと。


「○○君!子供(次男)の最後の太鼓やけん、自分のうちは踊りなはいよ!」


少しは練習してたものの、あまりに格好がつかない状態。


僕「おい、○○(次男)よ、お父さんどうも覚えきれんわ。」


すると、途中から急に自信を持ち始めてた次男坊。


「お父さん!心配することないて、自分のうちだけやけん、失敗してもかまんてや!(失敗しても構わないという意味です)誰も気にせんて。」


ま、そりゃそうだ!これで給料貰ってるわけでもないし。オリンピックに出るわけでもない。


ところが、どうでしょう、この間も書いたとおり、いきなり、自分の会社で唐獅子デビューです。


ま、それがお祭りってもんではありますが。


さて、祭り当日も若いやつらがうるさいうるさい。


「○○君、ちゃんと携帯持っときなはいよ!家が近くなったら呼ぶけん。」


僕「へへ~ん。ちゃんと、電源切っといてやらあ!」


などと、受け応えしてたのですが、午後から、神社で相撲練りの奉納をしてたところへ、なんと唐獅子一行がやってまいりました。


「○○君!ちょうどええわい、ここで練習一回しときなはい!」


神社に奉納する唐獅子の本喜利で踊りの練習とはなんという不謹慎!・・・と言いたいところですが、


酒もだいぶはいってるし、ノリ易い性格の親父。


「しょうがないのう、ほんなら一丁やってみよか?」


唐獅子の本喜利は二部にわかれていて、二つ目が町まわりの踊りとほぼ同じなのです。


それにね、神社の神様は宮出しのお神輿に乗り移って町に下りてるのです。


お神輿をかついで町内を周るというのは、一年に一度神様に町の様子を見てもらうという意味もあるのです。(人からの受け売りです。地方によっていろんな説があろうとは思いますが。)


つまり、神社はいま神様はお留守。そういうことでお許しを。


獅子が重たいのは昨日判ったので、今日は気合入れてやりますよ。


酒もはいってるし、練習もしたんで、わが家はそれなりに踊れました(つもり)。


karasisi   


しかし、トレパンにサンダル履きじゃ失礼でしたかね。僕は例年、祭りはこの格好です。(唄ってまわるだけでしたから。)


さて、勢いがついてしまったのか、祭り終了後、出演した大人だけ残り、公民館の二階で軽い酒宴の席上。


ティッシュの箱を唐獅子の頭に見立てて、二回も獅子舞を披露した親父でした。


いい年して、ただのお調子もんです。







祭りは一日忙しい。

午前7時に公民館集合(相撲練りの出演者)。さて、衣装をつけます。


衣装といっても、相撲練りだけに、まわし(いわゆるフンドシですね。)に足袋をはいて、羽織をはおるだけ。


しかし、行司役二人は裃に袴。りっぱないでたちですが、これは、着物の着付けのできる地元の人に頼みます。


sumouneeri  僕にはこんなもの着せられません。(後ろが関取ですね。)


まわしを締めるのが僕の仕事。しかし、今年はなんと、女の子が四人。まさか裸という訳にもいかないので、白い短パンに白いTシャツ(体操着か?)あ、男子もさすがにフリチンという訳にもいかないので、下は白い短パンの上にまわしを締めるのです。


さすがに女の子といえど、小学校の高学年になると、早熟な子もいるだろうし、こちらも気を使います。なにしろ、締め付けた上に下からまわしの端を引っ張り上げるんです。いっしょにやってる大人の中に自分の娘が出演する男親がいたんですが・・・


「お父さんに締めてもらうのは絶対、嫌!」などというものだから、何故か、僕が締めることに。


自分の父親は嫌で、他所のおっちゃんならいい。と言うのも今一つ理解に苦しみますが。


mawasi  


 こ~んな感じです。後ろが蝶々(リボン)みたいになるのがミソです。ただ、羽織をはおるとあまり目立たないんですけどね。子供ら一人一人体格が違うので、大きさを大体同じようにあわせるのがコツのいるところです。毎年、これをやってきましたが、来年から子供も少なくなり、(いや今年も子供がいないので引退した中学生四人使ったのでした。)相撲練りも今年が最後ではないか?という話もチラホラ。


さて、両方準備が整ったところで、午前8時過ぎから、町内のマイク放送で人を集め、公民館前にて、相撲練りと唐獅子の演技を披露しました。


その後、5隻の漁船にお神輿二体、神社総代の役員さん、相撲練りの子供と大人、唐獅子の子供と大人、それぞれ便乗して、「海上渡御(かいじょうとぎょう)」を行いました。


海上渡御というのは、我が県でも珍しい行事で、一宮神社から宮出ししたお神輿を船に乗せて海上を宮島神社まで渡すというもの。


昔、道路が整備されてなかった頃の名残りらしいですが、詳しくは知りません。


何度か民放のニュースで放送されたこともあります。


今では、お神輿は陸には下ろさず、神社前で相撲練りと唐獅子の奉納だけ行い港に帰ってきます。船から、重いお神輿を降ろすのはなかなか大変ですから。


しかし、昔は足場の悪い宮島神社前の浜でお神輿を苦労して降ろしてたような記憶が・・・


僕はいつも、宮島神社の前で相撲練りの口説き(唄を唄うんです。子供らがそれに合わせて踊るわけです。)をしてたんで、お神輿に関してはちょいと、記憶がないんですね。


海上渡御


港からお神輿を陸揚げして、お神輿と、祭りに出る子供や大人で町内を一周したら、やっと、祭りの町内披露の始まりです。もう午前11時になろうとしてました。


この地区の面白い風習は、先にご祝儀を集めておくという事です。


朝早くから、公民館でご祝儀受付をして、ご祝儀をもらった家だけ、唐獅子と相撲練りの披露に行くというもの。(町内を毎年半分づつの分担です。)


つまり、祭りのプリペイド方式。


町内住民の名簿に印がつけられ、印のはいった家だけを訪れて、祭りの踊りを披露すればいいのです。


計算が立ちやすいです。よその人から見れば、異論も多々あろうかとも思いますが、実際に踊りを披露してまわる立場の人間としては、これほど合理的な方法は他にないでしょう。


ただ、問題もあります。天候により、祭りが途中で打ち切りになったりしても、もらったご祝儀を返す事はありません。ヤラズボッタクリというやつですね。去年は天気が悪く、町民の半分以上がこうなってしまいました。


しかし、出演してた僕らは楽やったわ~!(おいおい、不謹慎な。)


今年はそんな心配もご無用の上天気でした。


よかったよかった。


で・・・、サケハラ親父の唐獅子の話はまた、次回という事で。






ハイエースんがあああ~!

さて、祭り当日。10月19日


大太鼓(唐獅子)の次男と嫁さん(準備や子供の化粧)は午前6時に公民館集合。


相撲練りの僕と、三男は午前7時に同じく公民館集合。(太鼓の衣装着せと化粧のほうが準備が大変なのです。)


長男と長女は・・・・え~い、知ったことか!自分らで机の上の嫁さんの作ったおにぎりでも食べて出かけろ。娘は高校が休みじゃないんです。長男は中学校の牛鬼で各地元を練り歩くのです。(これがバカになりません。毎年、100万円を超えるご祝儀が中学校に転がり込むとか。子供らは缶ジュース1本もらって帰るのです。この不景気にボロイ儲け話でんな。)


さて、僕も出かける前に嫁さんが昨晩、家の前に押し込んで停めていたハイエースを倉庫前の駐車場へ移動しとかなきゃ。


うちは、両方の行事に出演するんで、唐獅子も相撲練りも両方やってきます。家の前を空けときゃなきゃね。


そう言えば、昨日うちの嫁さんがハイエースをぶつけたとか言ってました。(低いブロック塀に後部を引っ掛けたとか)どれどれ・・・


ひょえ~  な、なんじゃこりゃ!!(Gパンこと、松田優作調で。)


破損


スライドドアの後部から後ろのバンパーまでこすってる~!


アルミホイルまでゆがんでるよ~!


古くはなったけど、まだ事故った事はなかったのに。


嫁さんは嫁さんで朝、公民館行くとみんなに、


「○○ちゃん、旦那に怒られなんだ?」


「大丈夫やった~?」


と心配してもらってたらしいです。


僕が公民館へはいると、若いやつらがまたその件で話かけてきます。


「○○君!あんたまだうだうだ言うとるんかな?」(別にそんな事言っとらんし。大体、今現状を見てきたばかりやし。)


僕「ばかやろう!俺はな100年は言うぞ!」(ノリツッコミです。)


友人「あんた、昔、○○ちゃん(嫁さん)のタンス叩き割っといて、○○ちゃんを責める資格はないやろ!」



ゲゲッ!グサッときちゃった。


こ、こいつら!余計な事を思い出させるぜ。それにしても、よく覚えていたなあ。


はるか昔、ちょいとした事でもめた時に腹を立てた僕は嘗底(手のひら)で嫁入り道具のタンスの扉を割ってしまった事があったのです。そんなつもりではなかったので、逆に僕がびっくりしてしまいました。


やっべ~!離婚される。


ビビッたのは僕のほうでしたが、心優しいうちの嫁さんは離婚話はださず、なおかつ、数日後遊びに来てタンスのヒビを目ざとく見つけて驚く、嫁さんの両親には長男がひょろひょろとつばえていて、(ふざけていて、)頭をぶつけて割れた事にしてくれたのでした。しかし、割れた場所は身長170センチちょいの僕の顔の高さなんですけどねえ。高いタンスが割れてショックを受けるよりも可愛い孫(初めての男の孫でした)の頭を心配してその場は丸く収めてもらったという、嫁さんには頭の上がらない事件があったのでした。


嫁さんも忘れかけてた、この話。もう完全に立場が逆転です。


僕「それにしてもなあ、お前、アルミホイールまでゆがんどるぞ・・」


嫁「そうよ!パンクしたかと思ってアセッタけど、大丈夫やったけん、無事に町廻りもできたわ。私の当て方が上手やったんよ。」


ええッ?そういう問題だったの~?


しかし、金のかかるお祭りになったものです。


祭りの行事の話は改めてという事にしましょう。



祭りも終わっちゃいましたねえ。

あまりの忙しさに悲鳴を上げる余裕も無いほど、忙しい毎日が続いておりました。


シュミは?って聞かれたら、


「サービス残業です!」って答えちゃうぞ!!と言っても、7時から8時くらいまでですけどね。


あとは、約一ヶ月にわたったお祭りの練習。毎晩7時半から9時まで。(あっと、太鼓の方は毎晩9時半までびっちり。)


6年生の双子の出演が相撲練りと唐獅子(太鼓)に分かれてるので片方は9時には終了(僕が教えていたのはコチラ)。もう片方は9時半過ぎてヨレヨレになって帰ってきてました。運動量が全然違いますから。


僕も今年は自分の家くらいは唐獅子に入って踊れ(自分の息子が大太鼓を叩くから、という言いがかりみたいな理由です)ということで、最後の一週間くらいは居残りで、唐獅子の踊り(前足です。)を見よう見まねで覚えようとしてみました。


足運びも、腕の振り(つまり唐獅子の頭の動きですね。)も初めて見るわけではないけれど、自分がするなどと考えた事は一度も無かったので、じぇんじぇん理解できましぇ~ン。


それでも、恥ずかしいのをこらえ、わかいし(若い奴)の斜め後ろから踊りを真似て、足を出す練習から始めました。


トントン・チッチー・トンチキチー・トンチキトンチキ・トンチキ・トッテー・トコトン の トーン!


なんてね。それでも、これは初級編。獅子頭の動きと合わせるなんてレベルではありません。


しかし、仮にもなんとか一通りの流れを覚えかけたのは、祭り本番三日前(全然間にあわないですじゃ。)


この日、相撲練り練習休みの三男坊と娘が連れ立って、次男坊の太鼓練習を見に来てました。


そこで、僕も太鼓を叩く子供らの後ろで唐獅子の踊りの練習を何度かしてたのです。


練習が終わって三人の子供らと家路につく親父に娘が一言。


娘「お父さんの踊りはなんか変。」


僕「なにが変なんや?何処がどがいにおかしいんぞ?」(自分でも下手なのは承知の介だよ!)


娘「なんというか・・・他の人に比べて、踊りにキレがないというか。」


キレが無い?おいおい、俺はまずい発泡酒か(ここでビールと書かない所ですでに負けを認めてるよな。)!!


そこで、大太鼓叩いてる次男坊が一言。


次男「バカ!お父さんはな、四十何年生きてきて初めて唐獅子を踊ろうとしよるがで、はじめからうまく踊れる訳なかろうが!」


かっこえ~!いつからこんなオセ(大人)になったんや?今日ばかりは、四人の子供で次男が一番可愛いぜ!


去年も大太鼓を経験してるのに、今年はなぜか少しのミスですぐに支離滅裂になってしまい、指導者の大人を心配させてたわが息子でしたが、なんか、急に自信がついてきたようです。そのキッカケは僕の唐獅子修行だと自分では思ってるのです。


僕より年の若い連中に教えてもらいながらもうまく踊れない、しかし何度も練習してる親父を見ていて何かを感じたのではないかな?と僕は思ってます。


それにしても、僕の唐獅子デビューはひどいものでした。


18日は、地元の祭り当日ではなかったのですが、市内の唐獅子競演会があるというので、地元唐獅子チーム(?)は参加がてら、市内でのご祝儀目当て興行に出てたのです。うちの嫁さんは仕事休んで、我が家のハイエースで移送係をかってでてたのでした。


そして唐獅子一行は、ご祝儀稼ぎに僕の会社にもやってまいりました。所長には了解貰ってたものの、ご祝儀をケチろうとする所長になんとか三千円だけはお願いしますと交渉して会社からだしてもらい、二千円自分の財布から足して五千円を会社名で包みなんとか格好つけます。(貧乏サラリーマンにはツライが子供の為やしょうがない。)


ここまでは、美談みたいだが、祭りで来たわかいしは、鬼とつい。(鬼といっしょ。)


「○○君、踊りなはいよ!」


僕「ウソやろうが!オラはシラフやぞ!なんで酒ものんでないのに踊らにゃならん?」


結局、初めて唐獅子の中に(前足)入ったのでした。


それにしても、重い!布を被った唐獅子は初めてだし、なおかつ獅子頭も練習用のより重い。


途中で、頭が真っ白になり踊りの順番を忘れて固まって(フリーズ)しまった場面があったのでした。


踊り終わると、もうゼエゼエ。おいおい、仕事で疲れてるってのに、これはキツイ。


所長が後でご祝儀を渡しながら・・


「うちの職員が踊ったから、祝儀は半分にしとこうわい。」(所長は僕が水増ししてる事など知らない)


などと冗談のつもりで言ってたが、それは、そのまま僕の言葉だよ。水増し分返しちくり。


それより、その日もサービス残業を終えて、公民館で打ち上げ(酒を飲んでた)をしてた唐獅子の連中に合流して飲み始めた僕に、その場に残ってた嫁さんが・・・・・・おそるおそる・・


嫁「お父さん、聞いた?」


僕「何を、なんの事なら?俺の唐獅子がブサイクやったゆことか?」


嫁「本当に聞いとらんが?」


僕「ほんやけん、何のことなら?」


嫁「ハイエース、ぶつけたがよ。」


僕「ウェェェェェェェェェェェェェェェェェ~!ウソやろが?」


友達「○○君!○○チャン(嫁)を怒られんで!俺がぶつけたがよ!俺が悪いんや!」(こいつ一体何をいうとるんや?)


といいいつつ、疲れきってた僕は、翌日の祭り本番の事もあり・・・・


深く追求することなく、この日は早めに帰宅して、エッチもせずに(?)寝たのでした。




















今日は珍しい物でもアップしてみましょうか。

たぶん30歳以上の人でなけりゃ覚えていないだろうという大事件が昔ありました。


まだ、NHK紅白歌合戦の権威が強かった頃の物語。


といっても、ピンク・レディが全盛期の頃に紅白歌合戦の出場を辞退してから段々と衰退してき始めたのでしたが・・・


当時、ひょうきん族とかで注目され始めたお笑い芸人達が、おおみそかにわざと、「紅白をぶっ飛ばせ!○○○・・・」とかいう裏番組をぶつけ始めたりしてたころです。


NHKも対抗策として、永遠の若大将「加山雄三」を白組司会に抜擢したのでした。・・なぜかめったに紅白を見なかった僕も不思議とこの年の紅白は見てました。そして目撃しました。伝説の事件を!


加山雄三「では、歌っていただきましょう!少年隊!曲は・仮面ライダー!!」


軽快な前奏とともに現れた「少年隊」が踊りながら歌ったのは・・・


少年隊


「仮面舞踏会」でございました。


加山大先生の後日談。「いやあ、少年隊の衣装を見てたら、つい仮面ライダーっていっちゃたんだよね。」


でも、やっぱり、さすがです。こんなポカをしても笑って済まされたのは加山雄三だったからに他なりません。いまや、伝説と化した(知ってる人はかなり多いですが。)瞬間に立ち会えて光栄でした。


しかも、その時の少年隊のレコードが出てまいりました。20年も前の物です。


いまや「中年隊」の三人。体型から、髪の毛までえらい違いですね。僕も年取った訳だ。(?)


それにしても、話は変わりますが。


少し、腹の立つ事があります。当時、いや、もっと昔か?○○○・オールスターズとか、その他売れないバンドとかたくさんありました。そういうバンドとか、ミュージシャンは当時、紅白に出ることを第一の目標に掲げていたのです。


○○○・オールスターズとかは、応援で出場したのさえ喜んでいた筈でした。


それが、どうですか、今や、紅白の権威も地に落ちてしまい、逆に自分達が売れに売れはじめると、今度は紅白の出場辞退です。(なんか、ある時を境に、紅白を辞退する事がステータスみたいな風潮になりましたね。)


だから、数年前の中島みゆきの出場は嬉しかったし、(すみません、実は寝てて見てないのですが。)特に演歌歌手とかで紅白出場で人気が出た人達の義理堅さは日本人として、それが普通だと思ってるこの親父にすると、なんか、ここ最近、変な言い訳作って辞退する人達の気持ちが嫌なのです。


あ!決して、僕は紅白歌合戦の肩を持ってる訳ではないのですが。(今でもそんなに見ないし。)


少しくらい無理して時間作ってやれよ!地区の役やら、PTAの活動やらで、やる人間は無理してでもやる。やらない人間は余裕があっても、理由をつけてサボる。


なんか、ミソもクソもいっしょの理屈ですが、結局、いっしょです。(おいおい)


話がつまらなくなったので、もう一つ昔のレコード・ジャケットを・・・


タレントの勝俣州和が、事あるごとに言ってる、「自分はアイドルだった。」・・


なぜか、妹が買ってたんですねえ。彼らのレコードを!


ちゃちゃ


どう見ても、アイドルには見えないんですけどね。いつ、活躍してたのかも僕は知りません。


しかし、これが証拠になるんですかね。


それよりは、こっちのほうが・・・・


あぶデカ


「まだまだあぶない刑事」の柴田恭兵。これはその「もっとあぶない刑事」の挿入歌のレコードですね。


このレコード発売1988年だそうです。この人と、舘ひろしは今でも全然変わんないですねえ。やっぱり、鉄砲持って走らなくっちゃいけないですね。この「あぶ刑事」の大ヒットで鷹山刑事の持ってたリボルバーがガンマニアの間で流行ったらしいです。そんな事も知らない僕は同じリボルバーのエアソフトガン持ってたのですが、性能が今一だったので友人にタダで譲ってたのでした。(そんな事はもっと大きく取り上げてくれなきゃねえ。)もう付き合いもなくなっちゃった人に返せなどと言えないしねえ。








運動会参加は強制的。

今を去る、先月9月23日はうちの双子ちゃんの最後の参加となる、小学校の・・・・


大運動会(?)おいおい、全校生徒集めても60人ですよ。


何年か昔、公民館と小学校で真面目に議論された議題。小学校の生徒だけで午前中運動会を行い、午後からは地区の町民運動会にしてはどうか?実際に実行している地区もあるのです。


結局、実現しないままですが、その代わり運動会種目の中に公民館や保育所の競技種目がいくつか組み込まれているのです。毎年、これで時間を稼いでいるのが実状。


しかし、なぜか、今年は少し演目を減らしたいという学校側の意向があったらしく(校長も教頭もやる気ないんかいな?)公民館出場の競技が一つ減りました。おまけに、「親子ふれあいリレー」というやつも、最初のメニューでは長すぎるってんで、中身を少しはしょったとか?「親子ふれあいリレー」は生徒とその親が二人一組になってリレーするってんで、結構評判のいい種目です。しかし、今や当たり前になったバツ一お父さんやお母さん、うちみたいに、全盛期4人の子供が同じ小学校に在籍してたりしたら、もう大変!一つの種目で数回子供を替えてでなければなりません。(ま、これはこれで結構楽しいもんだ。と僕は思うのですが。)


それでも、今年も公民館種目の「ムカデ競争」はしっかり選手。


一週間前に電話をかけてきた運動会の係の友達「○○君はムカデな、あ、それから嫁さんにも出るように言うとってや!」


僕「ああ、多分大丈夫や思うけど、言うとこわい。」


友達「いや、これはもう決まっとる事やけん、断る事はできんがで。強制のがやけん。」


こんな調子であります。


他にも毎年恒例となってしまった「消防対決」


出し物が少なかった時に6年ほど前に当時の公民館主事が考えついた競技。


地元消防団の団員を集めて、消火器やら、ホースの背負い機やとび口やら持って走り、はては担架に人を乗せて運び、リレー形式で速さを競う競技。


これが、地元二つの団だけでは面白みに欠けるってんで、消防団OBも加えて3チーム対抗ってことになりまして、当時退団してた親父も毎年出場です。


今年は、担架に教頭先生を乗せてアンカーでした。トップでヘルメット(たすき代わり)を受け取ったものの、途中でへばりかけました。教頭先生は男。あとの2チームは軽い女の先生を乗せてたのです。これは、現役チームの策略だったのです。かろうじて逃げ切り、今年はOBチームの優勝。


昔、一度選手が足りないからと現役チームに加わった事がありました。ウンチの僕でしたが、そこは昔とった杵柄。現役時代散々しぼられた消防ホース巻き。この技術の差を見せ付けて、圧倒的なリードを奪い我がチーム(退団した団)を初めての優勝に導いたのでした。これは今でも痛快な思い出ですねえ。

その後、翌日から足も腰も立たなくなり苦しい目をしたのは言うまでもありません。


さて、前述の通り、今年はなぜか時間短縮に努力した小学校。


その甲斐あって、なんと1時半には運動会終了。後片付け終わったのも2時過ぎ。(何をそう急ぐかねえ。)


6時半からの反省会(飲み会です。)までの時間の長かったこと。


翌日は休みだったので心おきなくはじけちゃいました。



ちっとも便利じゃない。

さて、この間購入した新しいシャープの掃除機。コンパクトでパワフル。ごみパックを使わないので経済的・・・・・・


掃除機


経済的?カップに溜まったゴミをワンタッチで捨てられるかららしいのですが・・・


本棚の古いコレクションを掃除しながらあさっていると、早くも、クリーニング・ランプが点滅です。点滅と同時に自動的に出力が低下しました。


なんじゃ~!こりゃ?・・カップのゴミが溜まり過ぎてんのか?説明書なんか読んでないけど、とりあえずボタンを押してカップを出してみます。


そんなにびっくりするほどは溜まっていません。(後で聞くと、嫁さんや娘もその都度カップのゴミは捨ててたという事。)


結局、フタの裏の説明を読むと、カップのゴミ捨てるだけではなく、フィルターケースも分解して、フィルターの掃除をしろと書いてあります。


掃除機  フィルターというのは、自動車のエアクリーナーのフィルターと全く同じ物。外してみると、まあ。


ビッシリと、細かい埃が詰まってます。水洗いする訳にいかないのでトントンと叩いて埃を落とすのが正解のようですが・・・・


いや~ん!詰まってた埃の量が半端じゃなかったです。


ゴミ箱の周り中細かい埃ぬりです。外へ持って行ってはたくのが正解でした。この埃を掃除機で吸えばまたフィルターに溜まっちゃうというわけです。フィルターだけじゃなくゴミをカップに落とすようになってる羽にも筒じょうの網が付いててこれの掃除も大変。


考えてみれば、おおきなゴミはカップに溜まるけども小さな軽い埃は風といっしょに最後までいっちゃうのは当たり前。小麦粉みたいな物を吸い込めばすぐに性能ダウンです。


便利なのは、コインとか、必要な物を誤って吸い込んだ時の取り出しが簡単である事くらいでしょうか?


紙パック付の掃除機のほうが遥かに手間要らずで経済的のように思えるのですが・・・


なぜなら、度々クリーニング・ランプが点滅したら、その都度分解して掃除するのは・・


間違いなく、この親父の仕事であろう事は明白だからです。