「自分を愛しましょう」
という言葉が、私は実は嫌いだ。
何故なら、それは「促されることじゃない感」が私の中にはあるからだ。
プラス、私の中の概念では、そのようなものではないし、「自分を愛する」という一見ポジティブな響きが、とてもイージーに感じられて仕方ないから。
「私はすごく自分を大切に思っている」
「私は私をとても愛している」
と、どれだけ認識していても、それが「自分を愛する」ことにならんと私は思うから。
自分をどれだけ大切に思っていると自認していたところで、「自分を愛していると思っている自分を愛してる」というナルシシズムであることは少なくない。
私にとっての「自分を愛する」とは、
自分が1番見たくない目を逸らし続けてきた、泥のように底に沈殿している自分の闇の部分に頭を突っ込んで、窒息死寸前まで
「私はそんな人間じゃない!」と、もがき苦しんで拒絶し続けたあとに訪れる
「あー、私、めちゃくちゃこんな自分やわ。
こんな自分じゃないって無視してきたわ。
こんな醜い感情にまみれてるのも自分なんや」
と、自分の闇に顔を突っ込んだまま平伏して、そんな自分であることを認める、それも自分だと認めることが「自分を愛する」やと思ってる。
キラキラとした、ポジティブ思考で「自分を愛そう」とするのは、賽銭を入れて願いを叶えてもらおうとするような「道具」「ツール」にしか見えへんのよね。
いくら「私は愛である」とか思おうが、言おうが、
それが単なるナルシシズムによる思い込みの、闇を「無い」ことにした恍惚感なら、私からしたら
「それ愛ちゃうやん」
となる。
光や愛やなんやかんや。
美しいものばかりの中で浸って生きるも好きにしたらいいと思うけど、「自分を愛する」の、果てしない泥臭さに私は真実を感じるんよなぁ。
ちっともキラキラしてないけれど、その泥の中からの輝きは格別やなぁ、と個人的には思っている。
すっごいしんどいけどね。
自分を「良い人間」「正しい人間」と思い込むために、他者を見下し支配し、恍惚感の「道具」にするのがモラハラ。
そんなナルシシストたちは、その深淵なんて怖くてたまらないはずだよ。
だから「そんなものはない」ことにする。
そう思えば、自分を「間違ってない」と思えるから。
ほんと弱いよねぇ。
でもモラハラ被害者たちは泥に顔を突っ込んでほしいわ。その力、あるからね。
「自分こそがモラハラを成立させていた」
という真実の深淵に顔を突っ込んで、もがき苦しんだあとに、乾杯しよう。
モラハラ&棚卸しカウンセリングメニュー
■電話相談■
60分 8000円
■メール相談■
2往復 5000円
■対面カウンセリング■
60分 13000円
(事前に2往復のメールのやりとりあり)
(一度お電話でカウンセリングの確認をさせていただきます)
(交通費別途お支払いいただきます)
(関西圏以外ではお断りさせていただくこともございます)
モラハラやDVにはめっぽう詳しいです。
不登校や親子関係などの共依存関係にも強いです。
行政や警察などへの対応なども詳しいと思います。
脱出後の1番苦しい時にも是非使ってくださいね。
私が1番辛かった時に欲した存在になるためにカウンセラーになりました。
2025年、1月から人生の棚卸しも手掛けることにしました。
※電話カウンセリングと対面カウンセリングのみ、3000円の値上げをしました。(2025年3月より)
umechobin@yahoo.co.jp
①件名に「モラハラカウンセリング希望」或いは「人生の棚卸しカウンセリング希望」のいずれかを書いてください。
②お名前、年齢、既婚の有無、いらっしゃればお子さんの人数と年齢。
③ご住所(都道府県だけでいいです)
④電話番号
(ご連絡可能な時間も書いてください)
⑤今のお悩み、出来る限り詳細に書いてください。
⑥電話相談か、メール相談か、対面か、どれをご希望か書いてください。
※対面カウンセリングの場合のみ、事前にお電話で確認させていただきます。
