私な、夫の親戚女性から嫌われてるのは初めて会った時からわかってた。
わかるねん。
嫌われプロやから。
ま、どんなこと言われたかまでは書いてもしゃーないからやめとく。
私はすぐ言われたことを夫に言った。
だいっぶうちのこと嫌いな様子や、と。
あれやな。結婚して間もない頃やな。
6年前か。
夫は、びっくり仰天するほど
「そんなわけない!」と声をあげた。
私は固まった。
「よそ者を温かく受け入れこそすれ、そんなことは絶対にない!acnの勘違いや!」
えー・・・。
結婚したばかりで、親戚の悪口みたいなのは聞くの嫌かもな、と思ってやりすごした。
ほんまやのにな、って。
でも思ったよ。
うちを信じひんのやな、って。
時は過ぎる。
去年の5月。
私は、夫のご実家に次男を連れて行った。
次男は初めてだった。
たくさんの親戚が集まっていて、私はとある親戚女性にご挨拶をしたが、華麗に無視をされた。
いや、聞こえなかったのかな?と思って、もう一度声をかけたが反応はなかった。
でも3回目を肩を叩いて試した。
が、無視だった。
あー、と理解しその場にいた。
私は夫の父親の前に、次男と座るよう促され座った。
義父は「夜叉やと思ってたけど、ええ息子生んだな」ということを言った。
え?と思ったけど聞き間違いでもなく、夜叉と計3回は言った。
次男の顔も引き攣っている。
私は次男を挟んで座っている夫の顔を横から見たら、斜め上を見ていた。
夫は何も言わなかった。
私は帰りの車中で夫に言った。
「なぜ夜叉と言われた時に助けてくれへんかったん?夜叉てええ言葉やないやん?」と言った。
「親父は昔からあんな人やからスルーして気にしなければいいよ」と言った。
なんだか色んなことが渦巻いてたけど、実は実弟から「お前と関わってたら碌なことがない」と縁を切られたばかり。(私の元夫が私の実家に現れたから)
おまけに愛猫を亡くして間もないし、原稿(くたばる喜びとっておけ)の執筆真っ最中。
親戚女性からの豪快な無視も一応伝えたけど、その親戚女性はそんなことする人じゃない、の一点張りだったから、もう何も言う気持ちにならなかったんよね。
あったことはスルーすればいい。
私が体験したことは、なかったこと。
そんなことは日常茶飯事だったから、放置した。
たとえ、踏み込んで話したところで、また否定と防御で削られるのはわかってたし。
そして2025年の7月。
私はもう限界がきて別居を申し出た。
その数ヶ月あとの12月末のこと。
夫が、大事件!大事件!みたいに、話してきた。
夫は親戚との忘年会の帰りだった。
「acnが言ってたことはほんまやった!
忘年会で飲み物が運ばれる前から、acnの悪口だらけやった!もう、ひどい内容でな、俺は呆れたわ。あんな人らやと思わんかった」
なぜか宝物を見つけた少年のように、話している夫に言った。
「で、あなたは妻の悪口大会に対してどんなアクションをしたの?」って。
「俺は呆れてな、こんな人なんやな、acnの言ったことはほんまやったんやな、とわかって、同じ土俵に立たずに黙ってた」
私は何の報告を聞いているのか、と頭がクラクラした。
「俺の親戚がacnを傷つけてごめん!」
私は耳を疑った。
「いや、ちがうやろ。自分の親族からも嫌われてるうちが、雑多な、関わりもないどーでもええ人から嫌われて傷つくわけないやん。
うちを傷つけたのは、5年もうちの言ってることを否定して信じひんかった、あなたや」と言った。
夫はフリーズした。
そしてその数時間後、また同じことを言った。
「俺の親戚がacnを傷つけてごめん」って。
私はまた同じように訂正した。
またフリーズをした。
そしてループ。
同じ内容で5回ループした。
「もう5回同じことをループしてる。
だけどこれからも同じことをループするたびに、何度でも私は、傷つけたのは親戚じゃなくてあなたや、って言う」と私が言ったらループは止まった。
しかし、結局、「俺が傷つけた」ことには一切触れず、謝罪もなく、有耶無耶のまま私の心に沈澱していく。
しかも2冊目の執筆が始まったばかりやったんよね。
あと、しつこい頭痛で脳外科を受診したら脳動脈瘤が見つかり、父は重度の認知症で、水頭症も併発してるとわかったばかりの頃だった。
私は、生活の平穏を選んだ。
だけどね、もう、限界がきた。
ダイエットしてた時より痩せちゃって、心の具合が悪くて心療内科を受診したら、ごっつ悪かったんよね。
精神の崩壊が身体症状に出る方向で。
リールと池メンテはできるけど、他がね、ダメでね。
ただこうして並べてみると、この環境にいたのも自分だからぎゃふんだよね。
まだまだあるよ。