去年、菅田将暉の虹って歌を娘の彼氏がカラオケで歌ってた。
一生そばにいるから、一生そばにいてってやつね。
娘のことを好いてくれているんだなぁ、なんだかいい曲だなぁと思ってYouTubeで検索してみた。
家事をしながら、流れるPVを見てた。
曲が流れてすぐに胸の奥からなんとも言えない重苦しい感覚がむわっとあがってきたのだ。
それは重苦しいだけでなく、不快な感覚だった。
なんだろう。
この感覚はなんだろう。
温かい雰囲気の夫婦が赤ちゃんを挟んで育児をしている、そんなPVだった。
ただそれだけのことがなぜ不快なんだろう。
私は家事をやめて凝視した。
洗濯物干し場で夫婦が楽しそうに踊っているところで涙が止まらなくなった。
それはもはや号泣であった。
家事を中断した。
私の中から気持ちが溢れ出した。
「このような育児をしたかった」
「怒鳴られたりせず、笑いあって協力しあって育児をしたかった」
「もうこの時は戻らないのだな」
「もうこの時期を経験できないのだな」
「私が経験したことはただの17年のモラハラ」
「育児中の全てがモラハラだったなんて」
「育児をしないモラハラ加害者が私を罵倒するだけの結婚だった」
「育児の妨害しかなかった」
「私は罵倒されながら育児をしてしまった」
「あんなに可愛い赤ん坊だった子どもたちが泣くたび、うるさいうざいと物を投げつけてきたあの男と生きたせいで私はこんなに大切な時間を得られなかった!」
それは喪失の痛みであった。
得たこともないのに。
得られるはずだった幸せ。
得てもいないのに、失ったものの多さを感じる矛盾。
だってそうじゃないか。
命を宿し、痛い思いをして生む。
そのことの重さ。
子どもを生んで育てるってそういうことだ。
女にとっての出産と育児は、そういうことだ。
子どもを生んで育てるっていう、人生の全てをかける時間、大変でいて人生で1番の幸せな時間が奪われたのだ。
モラハラ加害者のせいで。
母乳を飲ませること、それだけがこれほど難しいことも知らなかった。
赤子が吸い付けば飲んでくれると思ってた。
必死で練習したよ。
なかなか飲ませられなくて。
わからないことだらけで。
何故泣いているのかもわからなかった。
お母さんは生んだ直後からお母さんを完璧にこなさないと赤ん坊は死んでしまうから、必死でお母さんになっているだけなのだ。
そんな中でのモラハラだ。
私は赤ん坊を連れて家庭に戻った途端にモラハラに遭った。
「子ども生まれたらもう逃げられへんな」と笑うモラハラ加害者が昨日のことのように浮かぶ。
たかがPV、フィクションであることなどわかっている。
されど私はこのPVでまざまざとそのことを思い知ったのだ。
私は声をあげて泣いた。
悲しかった。
こんな風に協力しあって、忙しいながらも幸せを感じながら育児をしたかった。
去年だから49歳。
もうそんな希望が得られないことも、存分にわかっているはずだったのに、それは気が狂いそうになるほどの悔しさだった。
そしてそんな場所で子どもを育ててしまった子どもたちへの罪悪感だった。
私に湧き起こった不快感の正体はこれだった。
だから私はそれ以来、そのPVを見ることができない。
ふいに流れると涙が止まらなくなるから、なるべく聞かないようにしている。
脱出を果たし、再婚をして幸せになった。
経験したことがないことばかりの生活だ。
幸せにまみれている。
けれどこうした後遺症があるんだなとわかった。
私たちモラハラ被害者は、得てもいないのに喪失に苦しむこともあるんだなって。
こんな爪痕を残してしまうモラハラが、モラハラ加害者が憎い。
私はモラハラ被害者を減らしていきたいよ。
心からそう思うよ。