脱出してから1ヶ月目。
モラハラ加害者からYahooアドレスにメールがきた。
2人の問題に子どもは関係ない。
子どもがかわいそうやろなどと書いてあった。
要約すると、私が子どもをかわいそうな目に合わせているということだった。
私は髪の毛が逆立ちしそうなほどの怒りを覚えた。
モラハラに気付いた時の怒りと同じぐらい、深い深い怒りであった。
警察や行政が介入しての脱出だ。
警察は脱出日を決めてからも一刻も早く脱出を早めるようすすめてくるような脱出だった。
私の親にも脱出先を伝えないようすすめてくれたのは全ての経緯や事情を理解した警察だった。
それほどの脱出後のメール。
モラハラ加害者は「関係ない」という言葉が大好きである。
夫婦のことに子どもも弁護士も関係ないと言い続けた。
がしかし、私はもう脱出を果たしている。
もうここにモラハラ加害者はいないのだ。
恐らく人生で1番辛い時期を過ごしていたが、私は分かってしまったのだ。
帰りたくなるかもしれない可能性を潰す必要がある、と。
私はDV被害者が脱出を果たしても自ら帰ってしまう現象を知っていたから。
私は番号を非表示にして電話をして、思いつく限りの怒りをぶつけた。
話し合おうと言うモラハラ加害者に対して
「何度話し合おうとした私を無視してきたんや。ドアを顔の目前で閉めて拒絶して、どれだけ罵倒し嘲笑してきたんや。
何が話し合おうや。17年そうしてきて今更何ゆーてんねん。夫婦のことに子ども関係ないとか大丈夫か。
もう遅いってわかれ。もう警察も入ってんねん。自分が何してきたかひとりで考えろ」
このようなことを怒鳴りながら伝えた。
全てをぶっ壊す必要があったから。
そして本音だから。
やっと言えたのが家を脱出してからってのが皮肉だけどね。
その時の記事。
関西弁だけど、当時の私が目に浮かぶ。
本当によく頑張ったよ、自分。