脱出後、壮絶な共依存の綱引きが始まる。
脱出を果たしたのに、自分のしたことが果たして正しかったのか、まだやれることがあったのではないか、子どもを巻き込んで名前や学校まで変えて振り回して良かったのか。
これは私の我儘ではないのか。
自分の選択が間違っていたら。
モラハラ加害者はいつも不機嫌で怒鳴りちらしているだけだ。
それは昨日今日始まったことではない。
あれさえ我慢すれば、いつもと変わりない日々を送れたのではないか。
私は大袈裟に騒いで、めちゃくちゃにしているだけなのではないか。
脱出直前の明け方。
一睡も出来ずに横たわりながら眺めていた17年。
娘が同じ目に遭ったら、娘の夫を殺す、そんな世界にいるのだと理解した。
だからこそ自分で家を出ると決めたのに。
自分を責める回路しか持っていないから、こうして延々と自分を責める。
責めるは休憩がないんだよ。
切れ目なく延々と自分を罵倒し続ける。
ご飯を作っていても、歯磨きをしていてもずっとずっと、まだやれることがあったのではないかと考えていた。それは底なしの辛い時間だった。
今ならまだ、と浮かんだ。
ここまでの大事にしてから帰宅したら、もしかしたらモラハラ加害者もさすがに懲りて変わるのではないか。
そう考えたとき、全身の毛が総毛立った。
今、私は何を考えた?
今ならまだやり直せると考えた?
まだ私は希望を握りしめていたのだ。
さすがとしか言い様がない。
さすが17年も地獄にいただけある。
脱出を手伝ってくれた友人たち。
自宅に何度も来てくれて助けてくれた警察の方々。
引越した先の市役所と連携してくれた行政の方々。
脱出してからの家の台所でひとり。
助けてくれた人の顔を次々と浮かべた。
延々とひとりひとりの名前を呟いた。
してもらったことを呟いた。
そして深く納得した。
DV被害者が、DV加害者の元に自ら戻るのはこれだ、と。
こうしてDV被害者は自ら猛獣の檻へと戻るのだ。
