■なんのこれしき■モラハラ専門カウンセラーacnです。モラハラ加害者との17年、脱出し離婚してからのこと、全て余すところなく。 -174ページ目

■なんのこれしき■モラハラ専門カウンセラーacnです。モラハラ加害者との17年、脱出し離婚してからのこと、全て余すところなく。

モラハラ専門カウンセラーacnです。
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モラハラ被害者は、幼少期に親のDVモラハラに晒されている率がとても高い。全てではないが、そのほとんどを占めていると思われる。


つまり。

モラハラ被害者のほとんどが

「子どものために」

と、歯を食い縛る母親を見て育ってきた。

それがまず第一の悲劇の材料である。


そのような家庭では、家族としての機能がうまく働いていない。

2人の大人が存在するけれど、本来なら家族を請け負い背負って立つはずの父親は幼児以下の憤怒を撒き散らし母親を攻撃する。

モラハラだ。


母親は父親の憤怒の感情のサンドバッグとなる。

毎日のように、父親自身が本来は請け負うべき感情のゴミ箱として罵倒され嘲笑という暴力を受け続ける。

もちろん中には身体的暴力もあるだろう。


モラハラ被害者である妻は、モラハラ加害者にどれだけ罵倒されていようが子どもの平穏を慮る。

子どもに穏やかな生活をさせてやりたくて、子どもの目の前で延々とサンドバッグになり、モラハラ加害者の攻撃が子どもに向かわぬように矢面に立つ。

それが子どもを守る行動であると信じているから。


「子どものために」


モラハラ被害者は、モラハラ加害者をいかに怒らせないかだけを追い求めるようになる。

よってモラハラは成立する。

モラハラが機能してしまうのだ。

これが第二の悲劇である。


モラハラ加害者は昼夜問わず考え続ける。

「子どものため」と本心からそう思っている。

それは疑うことすらないレベルで強く思っているが、実は表面上の理由である。

そのようにしか考えられない、とも言える。


つまり実際は、モラハラ加害者の機嫌をどうにかしなければという考えに頭の中を支配されている。


そう。

子どものことが抜け落ちてしまっているのだ。


そんなことはないとお叱りを受けそうだが、受け取るかどうかは別として、れっきとした事実である。


子どもは生きている。

身体的な危機があるかどうかに目を光らせてはいる。

だがそこ止まりであることは否めない。


そして子どもたちは生きているから、モラハラをただ延々と見ている。

私はこれを虐待だと言っている。


中にはモラハラ被害者である母親を庇う子どももいるだろう。

虐げられる母親を善とし、虐げる父親を悪として。

まだまだ未熟な脳で、小さな身体で小さな心を駆使して母親を守ろうとするだろう。


その時、子どもは子どもでいられなくなる。


子どもが子どもであれないことは第三の悲劇だ。


そして子どもは吸収していく。


男女モデルとして、親の在り方を取り込む。

これは自動的に行われる。

取り込みはモラハラがあるかないかの話とは全く無関係で、穏やかな家庭で育った子どもも同じように親の在り方を取り込む。

「取り込み」を行うことは人類共通。


虐げられていた母親を庇ってくれていたはずの優しい息子。

その息子が家庭を持った途端にDVを始めてしまうのはよくある話だ。

そして母親の感情のケアに明け暮れた優しい娘もまた、結婚した途端にモラハラ被害者になったりする。

まるで磁石の極が引き合うように、モラハラ加害者であった父親と似た男性を選ぶとも言われている。


モラハラ家庭で子どもを育てることこそが次世代のモラハラを作り出す要因なのだ。


これが第四の悲劇である。


そしてモラハラ被害者になった人は口を揃えて言うのだ。


「モラハラを撲滅したい」と。


モラハラを受け続ける姿を今まさに子どもに見せながら、その辛い胸の内を語るその様子に私の心はざわつく。


「モラハラ被害者を救いたい」と願う彼女たちの思いは本心だ。


だが私は思う。


あなたが先に救われてくれ、と。


あなたがあなたを救ってからだと。


私のブログは、モラハラ被害者にとってみれば見たくない事実ばかりの羅列であろうと思う。

それは時に、モラハラ加害者の暴言よりもあなたの心に深く刺さり痛みで身動きがとれないほどかもしれない。


だけどこの事実から目を逸らして、あなたがあなたを救わないまま、「子どものために」とモラハラ加害者からの攻撃を受ける姿を子どもに見せ続けて、あなたは誰かを救えると思う?


あなたがあなたの気持ちをないがしろにしたまま、自分を大切にしようなんて言葉面だけ整えたって、誰の心も震わせることなどできないのだ。


「私はどうなったっていい。子どもや他のモラハラ被害者の方が被害を受けない世界になってほしい」

多くのモラハラ被害者はそのように表現する。

そのためにできることを探そうとするし、モラハラ被害者と関わって励ましたりもする。

モラハラ加害者と生活しながら。


だけどもうわかるよね。

本当に救われないといけないのは、あなた自身なんだよ。


あなたがあなたを救うことでようやく子どもは救われる。

子どもを守りたくて救いたいなら、あなたを救うべきなのだ。


あなたが虐げられて苦痛に顔を歪める世界で子どもは幸せになどなれるはずがない。


これが真実だ。


悲劇ばかりの材料からあなたは何を生み出す?


あなたはあなたにかかりきりで、あなた本位の幸せをこれでもかと探求する、それはモラハラ加害者から言わせればワガママと言われるだろうね。

罪悪感を植え付けるのが大好きだからね、モラハラ加害者は。


ワガママでけっこう。


自分が自分を幸せにしようとすることを悪しきことのように言う人間の言葉に耳を貸さなくていい。

母親が母親自身を大切に扱う姿を見せる、これ以上の正しい育児が他にあるだろうか?


母親が母親自身を誰にも虐げさせず、母親なりの法律の中で生き生きと楽しそうに生きる姿を子どもに見せることがこの世の最上の育児なのだ。

大きな声で楽しそうに笑う母親。

理不尽なことを一切許さず、自分を大切にすることを行動で見せる母親。

それこそが母親の仕事ではないかと私は思う。


だから私は毎日言葉を紡いでいる。

何よりもまず、あなたがあなたを救ってほしいから。



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