あれやこれやと考えこみ、気がつくと明るくなっていました。
間違ってたらまた軌道修正したらええやんね。
生まれたばかりの娘を抱く嬉しそうな私の写真を引っ張り出して、しこたま眺める。
何を感傷に耽ってんねん自分!という思いと
なんとなく込み上げる涙と。
頑張るっていう方向にしかなかなか向かなくてね、力入れて生きるやり方で解決してきたという経験則がまた拍車をかけるんだよ。
だからうまく、ここぞって時に自然に力を抜けたりする人て、本気ですげえ!と尊敬したりする。
今朝は朝から
娘に、意識できる範囲でのんびりと接しているの。
まだ実験初日やから模索しながらやけど。
もしかしたら、娘もせわしない私のやり方の中で、気の抜き方を知らないのかもしれないしね。
そんなわざわざ苦しめるために接していたわけじゃないのにね。
私は娘とよく抱きしめ合うの。
これはオリジナル。私にはその記憶が無いから。
だけどどこか厳しすぎるのよ。
放っておきすぎる。それも私の愛の形のつもりだった。
でもやめた。
やめてみる。
私が尊敬する人の判断を丸ごと試してみたい。
全ては実験。
わからない私は、何でも試してみるのだ。
わからないからこそ。