※2005年12月16日に旧ブログにて書いたものです。
【「母もまた」と思うまで。】
なんとなくわかっていたけれど
その考えがまだ自分のものになっていないとき
その情報は頭の中をただ流れていってしまう。
「母もまたそうであった」ことも、それと同じだった。
長くの間、母の過去に言い知れぬ何かを感じていた。
母の親を語る口調に、大きな違和感を感じていた。
私に、夫婦間の暴力は当たり前だと諭すその様子を
異様なモノのように見つめてきたし、
父に殴られる私の横を通り過ぎて、
「外に聞こえるから静かにやってー!」と
雨戸を閉める母の後姿は私の瞼からは一生消えないだろう。
33歳になって、性的虐待の事実を母に突きつけたとき
「私の人生何やったん!」と叫んだ母。
それを言いたいのは私だ、と心の底から憎悪がこみ上げてくるのを感じた。
いつも被害者な母。
実の娘がそれを訴えているのに、自分の人生にしか思いをはせられない。
そんな材料があった上で、いくら頭では
「母もまた愛されぬ過去を持つが故に」と思っていたところで、
そんなことで許したくない!とそれを拒む私がいる限り情報だけが繰り返し流れていく。
本当は思いたかった。
でも思えなかった。
いや、思いたくなかったのだろう。
そんなことで全てが免責されてしまうことが私はどうしても許せなかった。
一生懸命、立ってきた。
立つ前に足があることを確認して
歪であっても私は、過去を理由にして
嘆く地点にはいたくなかった。
「私はこういう過去があるから」ってことが
何の言い訳にもならないことをある時に知ったから
これからの私が笑顔になれる方法を模索してきた。
痛くて寂しかった過去すら、全部を私の養分にしてやるんだと
息巻いていたけれど、それはただのいじっぱりだったようだ。
母を憎く思う気持ちだけが、いつも置き去りだった。
そんな時
「あいのうた」のあるシーンを見た。(※玉置さんが出てたドラマ)
ストンと私の胸に今までの情報が落ちてきた。
今までずっと不思議だった。
酔って暴力を振るったり、嫌なことをする父よりも
母を憎く思うのはなぜか。
そのことも一緒にストンと落ちてくる。
「お母さんだって人間なんだから」
「そんなことは多かれ少なかれどこの家庭にもあることだよ」
「お母さんだってあなたを愛していると思います」といって
私を諭す人にたくさん出会ったけれど
あの時に感じた不快感はこういうことだった。
そんなことはずっと知っていたから。
幼い頃から何度となく、その言葉で自分を落ち着けてきたから。
育ててもらっていながら、こんな風に親を憎く思う自分は
頭がおかしいのかとずっとずっとずっと自分を責めてきたから。
そんなことを今更、フイに出会った人に言われることで、また二重に自分を責めることになる。
もう嫌だった。
母を恨むことも、そんな自分を憎く思うことも。
それを決めるのは私。
それを知った上で、そのことを乗り越えるのも私。
誰かが程度を判定したりすることのない私の記憶。
そのことから解放されたいと願う私自身が、自分で掴んでいくこと。
だからあんなにも不快だった。
そのことを口にする人もきっと、そう思うことで
他と比較して自身の経験を過小評価しているだろうし、
そうでない場合には、その本当の過酷さを知らない傲慢な発言であるということ。
世間様に彩られた意見を口にする人を見るにつけ思う。
育ててもらった恩や
今こうしてちゃんと大人になれている現実を加味しても、
私はどうしてもそこには至れなかった。
そして今やっと
母もまたそうだったと思える私がいる。
そういう伏線がある。
ここに至るまでに。
そういう私。
34歳の私。
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今、私は36歳。
間違いなく二年前の私が書いたものです。
今の母との関係を少し。
母はやっぱり母のままです。
でもそんな母との関係が信じられないほどに穏やかになっています。
関係の中に笑いがあるのです。
恐らく、私の受け取り方が変化したのだと思います。
哀れむでもなく、救おうとするでもなく
母の過剰な不調を訴える言葉や愚痴などに対して
今までとは違う反応をする自分を感じます。
そういう時の私は、サッと表情が変わり
眉間に皺を寄せていたのかもしれません。
「まただ」
という反応です。
「いつまでそんなことを言っているんだ」
という反応です。
「母親のくせに」
ということなのでしょう。
どうしてこの人はこうなのか。
そしてその表情から私の怒りを読み取らせて
母親の発言の不備を指摘しているつもりだったのでしょう。
そんな私は、母と同じことをしているってわけです。
どんなに冷静になっても
やっぱり母の発言はイケてないことに違いはないのだけど
内容がどうあれ、表現としては同じようなことだなってね。
時に私は口うるさく、母に対して意見をしてきました。
「お母さんは間違っている」
そのことを伝えようと必死でした。
そして見えてきたことは
それが正しいと信じて疑わないお節介などこかの宗教みたいに
母を正しい道へ導けるとでも思っているのか、自分。ということ。
お母さんをどないかする前に、
自分のこの母親への憎悪の正体は、強い執着やって気付かんかい、自分。と。
何様か、自分。
自分の問題も解決してへんのに、母親の問題をどないかしようとする傲慢さ。
そうしたらこう、なんていうのかガクンと。
母に対するときだけスイッチが入ったように鬼の表情になる自分は
自分の理想の母親になってほしいと駄々をこねていたのだと思います。
今、母が不適切な発言をしたらどうか。
たまに飲んでいるコーヒーを吹いてしまうこともありますが
それでも笑える自分がいます。
例えば、
世間体関係のことで私の子供に対して
「シートベルトをしてないと警察に捕まるよ!」というような発言があった場合。
今までの私なら激怒していたんでしょうね。
うまく表現できないけれど。
今は吹き出して
「全くの間違いやな」と爆笑します。
「そこは、命を守るためって言うとかなアカンやろ」と笑います。
そうすると母も
「それもそやな」と笑います。
「ようそんなんで子供3人も育てたな」と言うと
「うるさい!」と笑っています。
そんな関係性です。
そうなるまでをはしょりすぎているので、その流れがうまく伝えられませんが
それでもそんな風に、母の発言に心がかき乱されることがほとんどといっていいぐらいに
なくなりました。
母はもう私を支配できなくなったと思っていたけれど
そうじゃなくって
私が母に捉われなくなっただけのことだなって。
多分、母はそのままなんです。
母が持とうとする関係の持ち方・距離の取り方に対して
私は逆さまをやって反発していただけのこと。
全部逆さまをやるのは、全く同じということにもなりえる。
母にもいいところがあると思えてきた今の私は
少しは成長できただろうか?
そういうどちらもの面を、なんとなく眺めている。
父とも笑って話せるようになった。
殺人的な私のツッコミにいつも爆笑している父。
いつのまにかたくさんの白髪が目立つ。
毎日、畑で一生懸命に野菜を作っている。
ビートルズが好きな父に
「心配せんでも葬式んときにはれっといっとびーをかけたるから、いつ死んでもOKやで!」
なんていうことまで言えるようになった。
ビールを吹きだしそうになる父。
「おまえ~」と笑っている。
そして孫達がおるから酒がおいしいと言って笑う。
「娘も美人やしな」と言うと
「おまえ~」とまた笑う。
もう昔みたいに暴れたりしない。
穏やかな楽しい酒。
ま、年に一回ぐらいとんでもなく腹たって怒鳴るときもあるけど(私が父に)
それはもう昔の形ではないと認識している。
それはただの喧嘩。
昔の悲しみを胸に秘めた私ではない。
「おい、オッサン何言うてんねん!」という感じ。
相手の怒りに操作されるか否かは、自分次第だということにたどり着いた。
相手がどうあれ、どんなことを言ってこようが
それに対して怒りで返すかどうかは自分次第。
それは、何を言われても反応しないということとは違う。
何を言われても怒らないこととも違う。
同じ言葉でも言い方次第でどのようにも料理できるもん。
これは旦那との関係の歪みにおいて知ることが出来たから
旦那に感謝している。
不快であることを伝えるときに、
別に相手と一緒になって怒鳴らなくっていいんだって
気付くのが凄く遅かったけどね(笑)
そういう今の私なので、とてもらくちんになりました。
それよりも、7歳の娘との関係のほうがよっぽど難しいです(。´Д⊂)
これも母との関係が鍵だと思いながら
目を凝らして試行錯誤中です。ドーゾ!
※いつも長文ですみません(-_-;)
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