プラス、そういった人たちと話していてよく思うのは
感受性の強い敏感で気遣いできる自分に対して、自分以外の人間は自分の「領域侵犯」をしてくるといったような、強い思い込み(妄想)を持っているような気がする。
これは妄想の中では
「被害妄想」に分類される。
それでいながら、本心では親密さに飢えていて、常にそれを求めてはいる。
でもその親密さを共有するためには、信頼できる人間で無ければいけないわけで。
言葉の裏を察してくれて、優しくしてくれて、共感してくれて、自分のことを否定しなくて、常に相手のことを考えてくれるような人、
という「人が怖い」という人側から見た条件をクリアする人でなければ
いけない。らしい。
なんだかえらく都合いい話だよなぁと私は思うのよ。
私は人と人の関わりは、そもそもがある種の相互領域侵犯だと思っている。
関わるためには相手の思考に踏み込む必要があるから。
(といっても悪い意味ではなく。)
人が怖いという人は、ここも怖いのではないだろか。
怖いのは嫌だけど
そういう存在だけは欲しいというような。
あの服が欲しいけれど、金は払いたくない
みたいな(笑)
あの庭には入るけど、自分の庭には入らせない
みたいな(笑)
私にはこんな風に映る。
関わりたいなら、踏み込まれることを覚悟することとセットだと思うんだけど、
自分だけを安全圏において踏み込まれるのを恐怖している。
関わるか関わらないかのどちらかしかないのに、自分にとっての楽園みたいな関係を夢見ながら関係を構築する。
そして、期待する。
親密さに飢え続けているので(自分が拒否し続けるから得られないんだけども)、求め過ぎてしまうアンバランスがあるから、「この人なら」と思った人への熱の入れ方が半端じゃない。
自分の不安を相手に丸投げして
「信じているから」と繰り返したりする。
それは「信じているから裏切るな」という脅しに似たメッセージ。
言った本人が悪意を持って意識しての言葉ではない。
信じてもらう為には、やはり相手にとって自分が信頼できる人物になろうとする気持ちとセットなんだけど
そもそも自己像の受取りかたが誇大しているために、
「こんなに想っているんだから、想ってね♪」という
見返りがあるはずだと思っている。
相手がまだ思うように在ればいいが、もし相手が自分の思うような返事をしなかったら
勝手な妄想が始まりやすい傾向がある。
もう嫌いになったんじゃないか、とか。
つまり距離感の取り方がまずい。
つづく。
(あと、もう少しです)
※注意:ほとんど、ただの三人の子持ち主婦の持論ですので、くれぐれも「自分のことかも…」と思わないようにお願い致します。特定の人物に向けてのことではありませんので!!