アルパインクラブ・モルゲンロート -13ページ目

アルパインクラブ・モルゲンロート

アルパインクラブ・モルゲンロートは、都岳連に加盟する、オールラウンドな山岳会です。
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くもり時々パラリ、一瞬晴れ。

正丸駅下車は我々だけ。7時25分出発。

沢沿いの道を一人勝手に喋りながら歩く。突然Kさんが「ちょっと待って。道はそっちなの?」顔を上げると道は沢の反対側にのびていた。地図確認して軌道修正。先輩のフォローに早速感謝。

 

あちこちから鳥の声や鹿の声が聞こえる。霧の中。幻想的でヒンヤリして気持ちいい。

 

正丸峠からの最初のピーク。

 

オリンピックイヤーに因んで、外れた板を誰かが靴紐で直していた。奥武蔵、愛されてる

 

伊豆ヶ岳への道は男坂も女坂も通行止め。中間道をいく。

 

9時15分 満開のミツバツツジと山標。

 

なぜか大黒様も。

 

伊豆ヶ岳の岩(チャート)は赤い。履いてきたえんじ色のズボンと同じ色。

 

タチツボスミレがたくさん。

 

古御岳からの下り。つやつや光る黒い岩に代わっておもしろい。

 

ピークを登って降りて、尾根沿いの道をいく。

 

10時55分 天目指(あまめさす)峠。大きな栂?の元に祠。ここで昼食。

 

子の権現に向かう登り坂。階段のように見えるスギの根。

 

霧が晴れる。「右が伊豆ヶ岳、左の円錐形が古御岳。」とKさん。

 

12時 子の権現の裏。たぶん衆生を救う仏の手。でも手首から先だけって・・・

 

いつ見ても派手でインパクト大。

 

フモトスミレ。

 

凜として尊いイワウチワ。

 

カキオドシ。

 

13時50分 前坂。ここから吾野駅に下る。

 

14時20分 下山。湧水でのどを潤す。駅まで誰にも会わなかった。

 

帰りの電車の中でKさんが歩数計を見ながら、「けっこう歩いたようでも3万歩はなかなかいかないね(2万6千くらい)」と。相づち打ちながら自分の歩数計を見る。「・・・ワタシ3万3千いってます・・・」

足長Kさん。地図読み、歩き方、コース取りなど今日一日さまざまフォローしてくださったが、さすがにこれはフォローしようもなく苦笑い。

累積標高差 上り1,370m 下り1,484m

暑くもなく寒くもなくいくつものピークを越えたプチ縦走。奥武蔵はやっぱり楽しい。

メンバー:河、山y(記)

朝8時5分に高麗駅に集合。寒の戻りで少し肌寒いが、見上げると素晴らしい青空がのぞく。

 

駅から徒歩30分くらいで、女岩に到着。いつもは、もっと混んでいるらしいが、今日はガラガラ・・・。「今日は岩登りキホンの「キ」から教えてください」というメンバーの意向に沿って、リーダーのKさんの丁寧な講習が始まる。

 

まずは、ロープの結び方&ビレーのとりかた、考え方から。インクノットが、なぜかほどける・・・。「・・・私も・・・」

 

「インクノットは任せてください♪テントなんかで使い勝手がいいから♪」一緒に山に登るメンバーも、岩登りとなると、ロープの結び方から得意不得意はいろいろ、刺激を受けますね。

手には鉛筆とメモ帳で勉強熱心な仲間も・・・刺激を受けます♪

 

ランニングビレー。おっー、岩登りの用語って、何かとカタカナが多く格好良かったりする。

 

スタンスのない場所の場合、ロープはこうやって置くらしい。

 

そういえば、以前、ガイドさんがそうやっていたのを見た記憶があるけど、あれには意味があったのだ(単にロープがロープにひっかかっているだけだと思っていたが・・・(笑))。岩場のお作法には、意味がある、少しでも安全に・・・。

支点構築の強度は、立木(腕の太さ以上ある生きた木。枯木NG)>岩>人工物(ボルトなど) の順番らしい。自然の力は、やっぱりすごいということだ、人工物(ボルトなど)>立木>岩かと思ってた。

懸垂下降の支点をとる場合は、これぐらいの立派な立木であれば、幹の根元から支点をとるより、幹の上のほうから支点をとったほうが地面との摩擦も少なく、回収時にロープが引き抜き易い、(ロープが岩かどなどに引っ掛かりにくいため)落石を起こすリスクが低くなるとのことだった。自身が置かれている状況を判断して、「より安全」につながる選択肢をたくさんもっているほうが良いんだろうと思った。覚えることがたくさん・・・。

 

プルージックを使った懸垂下降の練習。

 

プルージックでバックアップを取りながらの登りの練習。

この後、「手を離して!離して!!」・・・とリーダーのKさんの大きな声。思わず振り返ると、別の仲間がプルージックでバックアップを取りながらの登りの練習で、誤ってプルージックをつかんてしまったため、プルージックの制動がきかなくなったのだ。

「ふっ~、手が熱い・・・びっくりした。なんでも、つかめばいいってもんじゃないわね。」と手を払いながら立ち上がった。柔らかな緩斜面で練習していたので、怪我もなかった。本番前の練習で、何度も練習してみるって重要だ。

いよいよ岩場での懸垂下降。下降器にセットする際、ずり落ちるロープの重みでなかなかできなかったりする。ようやくロープを下降器にセットでき、身体の位置変えて、さあ降りようとすると・・・。あれ?・・・思った瞬間、身体が振られて上下ひっくり返ってしまった。懸垂支点の直下にトラバースしようとしたときに、ロープの弛みがあることを忘れていたのだ。訓練って重要だわ・・・ロープに振られたら、あんなことになる・・・ということも勉強できた。ドキドキした心臓に言い聞かせた。

 

緊張しながらビレー器をセットするYさん。Aさんとの身長差は倍近く。長い手足がヒョイヒョイと伸びるAさんのペースに、Yさんは全力でロープをたぐる。私は体が小さいので、「ビレーさせてください」という言葉と勇気がなかなか出てこないのだが、次回はYさんを見習って、「ビレーさせてください。」って言おうって心の中で小さくつぶやく。

 

最後に皆が注目した課題がある。女岩西面下部ハング(5.10a )だ。最初にKさんがするすると越えていくと・・・

Aさんも頑張る!!

 

・・・もちろんYさんとAさんも続く・・・「がんばっー」と皆で見守る。

 

・・・とトライしたくなるのが人情・・・私もへばりついてみて・・・Sさんも続く。

・・・でも、はじめのアンダーがなかなかつかめず、とにかく離陸できない。Kさん、長い時間ビレーさせてすみません、ありがとうございました。

気が付けば、16時は目の前・・・。予定時間を1時間超過し、そろそろ帰ろうかと、帰り支度をした。

 

メンバー:曾、青、秋、菊、北(記)、木(L)、清、山t、山y、

今回は雪山シーズン最後の計画で、権現岳~キレツト~赤岳の2泊3日の単独行になります。

 

3月25日(木)平日に休みを取り、小淵沢駅から2つ目のJR小海線甲斐大泉駅まで来ました。ここは無人駅で人影はありません。

 

10:30 スタート地点、標高1158m。とりあえず天女山を目指してだらだらと坂道を歩きます。途中、坂道をランナーが通り過ぎます。

 

天女山入口のゲートに到着。冬季閉鎖中です。

 

長い坂道を1時間以上も歩き通して、ここで小休止。平日ということで会う人は少ないです。

 

標高2000m標識地点。ここでアイゼンを付けました。これから先は、雪道に徐々に変わっていきます。

 

「ここが一番きつい」標識です。確かに、ここまでの行程はきつかった。背中のザックも重くなってきました、それでも半分ぐらいは来たかなぁ。

 

三ツ頭、雲に覆われています。明日の天候が心配です。

 

15:45 予め地図上で目星を付けていた三ツ頭の先の2600mコルに到着しました。早速、テントを張り今夜はここでビバークします。ここまで5時間以上、標高差1400mのロングトレイルでヘロヘロ状態です。
でもコースタイムで来ていることで、少しだけいい気持ちでした。

 

 

3月26日(金) 早朝から強風が吹き始め、この先続けるかどうするかを逡巡するも、風が弱まったすきを突き、7時に出発しました。それでもテントを畳むときは、強風で飛ばされそうな状態です。今日の予定は、権現岳~キレツト~赤岳~行者小屋です。

 

15分位で、すぐに権現岳が目の前に現れました。先月、阿弥陀岳から見た時よりも、だいぶ岩肌が露出してきています。

 

向こうには赤岳、反対側に南アルプスか。

 

頂上付近の岩稜地帯は左にトラバース、1時間弱で権現岳に着きました。

 

オブジェのような岩と鉾。

 

眼下には権現小屋。半分雪に埋まっています。

 

ゲンジーハシゴ61段。ながーい梯子をひとつずつ降りていきます。(感想 長いです。)

 

梯子の次はきつい斜度40°のトラバースです。ピッケルとアイゼンを効かせて慎重に歩きます。雪が締まっていなかったら危ないところです。

 

上から見た赤岳へ続くキレツト。

 

天狗尾根。

 

真教寺尾根、この辺は風がきつい。

 

お昼前に赤岳に到着しました。頂上は無人です。今日は、まだ平日でした。

振り返ると今歩いてきた権現岳とその縦走路。ここまで来た達成感と冬山最後の思いが、強風と合い混じってなんだか複雑な思いです。「なんだかなぁ」という感じです。

 

この後、地蔵尾根を下り、行者小屋付近でもう1泊して美濃戸口に向かいました。

 

メンバー:會(記)

秩父に在る、秘密の花園

浦山大日堂9:00~10:20カラ沢出合10:30~11:55福寿草自生地12:20~大ドッケ13:00~14:15浦山大日堂

眩しい みどり の中、乙女のように慎ましい きいろ花 がこっそりと開く そんな 福寿草自生地

 

花園までもう少し、自然と足も速まる

 

 

廻りは枯れた茶の単色の、その先を見上げるとスポット的に全面の緑がある。緑だけが目立ち、今年はもうダメかなと思いながら近づくにつれ、きいろ花は段々と濃く点々と浮かび上がってくる。

“陽が差して気温が上がってくると花びらが開きはじめ” 陽が当たらないと閉じると云う福寿草。今日は曇りでガスも出て来た、花びらの開きもいまいちだし、盛りは1~2週間前だったかも知れない。それでも40~50m四方に広がる群生はそうお目に掛かれない。

 

 

40~50m四方くらいに広がっているお花畑(標高1230m辺り)

 

 

目指す福寿草自生地は、大ドッケ~大平山の中腹のカラ沢上部。川俣橋からすぐ右の登り口を行き61号鉄塔案内の黄色いポールを右に見やり真っすぐ進んで行く。そして、細久保集落の廃屋左をズンズン進んで行き、林道を終えた辺りからトラバースの細い踏み跡を辿る。小石混じりの乾いた土砂のトラバースは所々踏むたびにザザーっと土砂が落ちて行くような処。土砂と一緒に落ちて行かないように、ゆっくりと一歩一歩足場を確認して行く。

 

 

9時前に着いた浦山大日堂バス停横の駐車場スペースは5台、最後の1台分空いていてラッキー

 

十数年前までは一人住んでいた人が居たと云う集落の廃屋、この左を行く

 

ここ間違って左へ下ってしまって数分のロス、でもまだスタートして1時間

 

ザレ気味のトラバース道、沢底まで数十mあるので滑り落ちたらヤバい。ピンクのメンバーは右手でロープをしっかりと握っている

 

危険箇所に挟まれたトラバース上のポイントにある可憐なハナネコメ

 

靴幅もない斜めの足場、ここも滑り落ちたらヤバい箇所

 

 

気の抜けない危険ポイント(2ヶ所)を終えたらカラ沢出合、ここまで来たらもう安心。あとは体力勝負。沢は一昨年の台風19号の爪痕も残り、倒木や大小の岩や石で登り辛く、しかも急だ。それでも、枯れた落葉や葉の落ちた木立のなか見上げる斜面にはみどりの絨毯を確認すると、つい足が速くなる。

 

 

一昨年の台風19号で浮石などが更に増して歩き辛くしている

 

そして、狭まった沢の中央を登って行く

 

まだまだこんな登りが続く

 

上方にみどりの中、少し黄色いものが見えてきた

 

福寿草の自生地だ

 

陽が出ていない曇り空、花も閉じかけていて半分しか開いてくれない

 

枯れた落葉のなかだと、濃いみどりに黄色が浮き立つ

 

 

花園の(向かって)右を枝尾根に出て、急登を行くと大平山から大ドッケに続く稜線上に出る。大ドッケからは間違ってバラモ尾根に踏み込まず、あとはもう峠ノ尾根を下るだけ。

 

 

自生地(標高1230m)から稜線上(標高1350m)に出て、ぐるっと廻って来た、大ドッケ手前の下り

 

一登りで大ドッケ(標高1262m)。ここからは登りもなくもう下るだけ

 

 

谷奥の登山道もなく地図読みも必要で、かなりハードな登りの後の お花畑。ここはそんなキツイ思いをして来た人にしか見ることのできない、貴重な  “秘密の花園”  だった。

 

メンバー:川、河(L、記)、田、山t、青、小r、森、他1名

天気は曇り。暑かった前日とは一転、肌寒いくらい。

7:10飯能駅から湯ノ沢行きバスに乗り、小沢バス停下車。

 

バス停の向かいには立派なヤブツバキ。

 

コケや地衣類に彩られた太い幹。

今回のコース、地図読み山行ということでKさんが地図とコンパスを用意してくださった。

 

小沢トンネル横から入る。トンネル右にはコンクリの階段。しかし登山道は左。

 

その左の登山道はいきなり崩れてた。

 

標識やピーク毎にコンパスと地図で位置を確認。

 

10:30 今回の目的地、大仁田山に到着。

山頂から見えたスカイツリー(ズーム)。

 

地図読みの上で目印になってくれる鉄塔&電線。手前の竹林の青さも目にしみる。

 



鉄塔の真下から見上げる。微妙に違うがどれも美しいシンメトリー。

 

数カ所あった、大きな落とし穴?防空壕の跡?

 

地域の人に大切にされているのがよくわかる。いぼとりじぞう。

 

杉林を行くMさん、Kさん。

 

標識の文字がかわいい。

 

13:20 ゴールの石原橋バス停。最後まで確認を怠らないKさん。

 

「講師(?)二人に生徒一人」という贅沢な今回の地図読み山行。

里山ならではの難しさもあったけれど、自分の現在地を正確に把握するための手がかりを探すことで、新たな気づきや発見もたくさんありました。学びの多い、短いけれど充実した山行でした。

メンバー:河(L)、宮、山幸(記)