2台目のクルマは、トヨタ ライトエース1200でした。
1台目のデリカのホットロッド仕様で気をよくしていた僕は、
同じようなクルマでちょとデリカよりは新しい車種を選びました。
このさい乗用車はパス!
デリカは十数万キロ走ってさすがにガタが来ました。

デリカの時と同じお店で
ライトエースの出物があったので、
改造も依頼しました。
デリカよりも
ちょっと排気量は小さくなりますが、
ハイルーフのおしゃれな白いクルマです。
1971年2月
3/6人乗りバンと9人乗りの乗用(コーチ(ワゴン))仕様が追加。3K型エンジン、T系トランスミッション、サスペンション、リアアクスルハウジングなど、基本コンポーネンツを2代目パブリカ(P30系)と2代目カローラ(E20系)から流用しており、この手法はミニエースと同様で、次のライトエースでもカローラ(E30系)をベースとしている。
今となっては、
覚えていないのですが、
多分
初代ライトエース M10系(1970年~1979年)の
1976年当たりのハイルーフ車だと思います。
できあがったよ、
と車屋さんから連絡を貰った週末、
友人を誘って
家族とともに東名を通って、
富士山は河口湖へ遊びに行きました。
正直、
失望しました。
東名のわずかな登坂で
登坂車線に入らないとまるで、
駄目だったのです。
デリカの時は、
最高速度こそ100km/h そこそこでしたが
流れに乗れないと言うことはありませんでした。
しかし、
今回のライトエース1200は……
僕の感性とは相容れませんでした。
ごめんね、ライトエース、
僕は君を愛せない。。。
がっかりしていた僕は、
ある日会社の帰りにディーラーに寄りました。
僕には、
小学生の時から欲しかったクルマがありました。
MGとジープです。
その日、
寄ったのはトヨタのディーラーです。
「見積もりをお願いします」
選んだのは、
ランドクルーザーでした。
BJ41V/KCY 色は赤。
見積金額は、
約160万円。
当時、
僕はある会社に勤めていたのですが、
たまたま高額のボーナスを貰いました。
即決でした。
ライトエースは、
たった3ヶ月で、
手放してしまいました。
ぼくは
四駆にとても興味がありました。
デリカの時も、
外国の雑誌を見て、
四駆の駆動系にデリカのボディを乗せられないかなと、
何度も車屋さんを困らせたものです。
アメリカではそんなキットが売られていたのですが……
「そんなの、まっすぐ進まないよ」
といわれたりもしました。
空前の四駆ブームが来るのは、
ほんの2-3年先のことでした。





