メンデルソンという人が書いた「医者が患者をだますとき」という本がある。

手元にあるのは、草思社版 1999、2月刊である。

 

興味ある記述があるので、

要約してみる。

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「医療による大量虐殺」という言葉がある。

これはヤングという人が唱えたもので、

医者が組織的に大量の人間破壊を行っているという意味である。

(僕が言っているわけじゃないので誤解無きよう(^^ ))

 

医者の団体がストライキに入ったときにはっきりと認められるという皮肉な話がある。

 

1976年、南米コロンピアの首都ボゴタ(現サンタフェボゴタ)で、

医者が52日間のストに突入した。

この時、救急医療以外の一切の治療が行われなかった。

 

現地の新聞は、

このストの結果を報じた。

奇妙な”副作用”として。

 

ストの期間中、

死亡率が35%も低下したのである。

国営葬儀協会は「この現象は偶然なのかもしれないが、事実は事実である」

とコメントした。

 

同年、ロスアンゼルスでも医者がストを行った。

この時の死亡率の低下は18%だった。

 

UCLAのレーマー教授が17の主要病院を調査したところ、

ストの期間中、手術件数が60%減少していたことが明らかになった。

ストが終わって、医療機器が再び稼働し始めると、

死亡率はスト前と同じ水準の戻ったという。

 

1973年イスラエルでも同様なことが起こった。

ストが決行され、診察する患者数が一日当たり5万5000人から7000人に減らされた。

ストは1ヶ月続き、その結果死亡率が半分に減少したという。

イスラエルで死亡率がこれほど減少したのは、

20年前に同様のストが行われたとき以来だったという。

 

これらの死亡率減少に関して、

医者たちはこう説明した。

 

「救急患者に限って診察したので、

労力を重症患者の治療に集中することが出来たからだ」

 

この発言は、

医者が不定愁訴程度の、

さして治療の必要の無い軽症患者に対し不要な治療をしなければ、

人命救助に専念できると言うことを意味している。

 

医者が救急医療に専念し、

不必要な医療行為を慎むのは正しい選択だ。

ある意味、医者は永続的にストをし続ければいいのかもしれない。

医者が医療行為の9割を止めて、救急医療だけに取り組めば、

人々の健康状態は間違いなく改善されるはずである。

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二〇年以上前に書かれた内容は、

ある意味正しく、ある意味的外れになりつつなるかもしれない。

 

 

医療費が年々かさむ一方の日本では、

こんなことを訴えたらどういわれるのだろうか? 

 

我々は医療に頼りすぎてはいるのではないか?

自分の自然治癒力を知らなすぎるのでは無いか?

 

 

最後に病名の変更が行われるかもしてない疾病をあげておく。

 

以前は、

成人病と言われていた疾病は、

生活習慣病と呼ばれるようになった。

 

そしていま、

生活習慣病は、自己管理疾患と言われるようになりつつある。

 

自分の面倒は自分で見なさい、

あるいは、

少なくとも、自己で管理出来るようになりなさい

ということなのである。

 

自戒をこめて、

あなたは、如何でしょうか?

 

 

 

しばらく固い心理学の話が続いたので、

趣味の車の話を書きますね。

 

まず、僕は明らかに病気です。

エンジン付きの物体に対するフェチです。

地球環境を顧みない悪者です。

 

自動車とバイクをこよなく愛して止みません。

止まりません。

 

 

まずは最初のマイカーについて語ります。

 

悪友がクルマ大好き人間だったせいで、

創刊号から「カーグラフィック」などを見ていました。

目だけは肥えていたわけです。

 

小林彰太郎の名文に飾られた

かずかすの名車、スポーツカーは枚挙に暇がありません。

すべて憧れでした。

しかし、現実的では無かった。

 

スポーツカーも憧れでしたが、

僕のお好みは無骨な4輪駆動車でした。

といって、おいそれと手に入る代物ではありません。

 

いつか手に入れてやると決心してはいたものの……

 

最初のマイカーは、

何だったのでしょう?

 

 

なんと、

三菱デリカでありました。

 

何の雑誌だったか、今となっては覚えていないのですが、

カスタムカーの特集があって、

とてもおしゃれなバンが出ていたのです。

 

ある特定のショップのカスタムに一目惚れしたのです。

 

1976年初夏のことでした。

 

元が30万の中古のデリカをベースに、、

黒のつや消しでオールペン。

エンケイのディッシュのホイールに、

横浜のラリーマスターⅡというごついタイヤを履かせ、

シャックルを組み込んでリアをリフトアップ、

フロントはスプリングをカットしてローダウン。

 

モモの革巻きステアリング、カーステレオ、トラックミラー、

リアワイパー、後部荷室にオシャレなベンチレータ などなど。

 

元値の倍以上の改造費をかけて作ってもらいました。

 

それがこれ↓

フォグランプはシビエのスーパーオスカーです。

 

デリカ 1971年10月
トラックの最大積載量を750kg積に変更し、デリカ75シリーズとなる。エンジンはギャランFTO1400ccモデルと共通の1.4L・OHVガソリンエンジン(4G41・ネプチューン86エンジン、最高出力86ps)に変更。ベンチレーター周辺にガーニッシュが設けられたデザインとなり、フロントウインカー・サイドマーカーの形状を変更。
バンはテールゲートのデザインが一新され、テールランプをテールゲート窓下から車体側に移設。これによりテールランプの形状が横型から縦型コーナーランプに変更される。

出典 http://ja.wikipedia.org

 

 

ベース車は商用車ですので、

こんなモンです。

 

 

丸目の可愛いクルマでした。
今見ても、
良いクルマですね。

後部シートをたたむと、
収納付きの床になるように、
内装も自分で作りました。

窓にカーテンも付けて、
キャンピングカーとしても使えるようにしました。

その頃の生きがいはスキーだったので、

「Snow Love」 号と名付けていました。

ギャランFTOと共用のエンジンはよく回りました。

購入時38000kmだったオドメーターは、
数年で6万キロを越えました。

このクルマでは、
本当に色々なところへ行きました。

一日に800km走ったこともあります。
スキー場でスタックしたこともあります。

 

東名高速 鈴鹿付近で雪に降りこめられストップ。
弟とともに一晩を車中で過ごしたこともありました。
キャンプ用品を常時積んだままでしたし、

その時は、
たまたまスキー帰りで、
寝袋、食料、燃料もたっぷりとあったので、
ランタンをともして、
コーヒーをわかし、

寝袋にくるまって快適な夜を過ごしました。

周りの人たちに、
羨望の眼差しをむけられ、
コーヒーをお裾分けしたのも、
懐かしい想い出です。

長女も生まれ、
僕の人生の最初に本当に尽くしてくれた
愛車でした。


次第に、 
改造車の車検を取るのが難しくなり、
最後は、作って貰ったお店に買い取って貰いました。

12万kmを走った
大好きな車でした。

今でもよく夢に出てくる
僕にとっても、
家内にとっても、
娘にとっても、
多くの友達にとっても、
想い出いっぱいのクルマです。

 

写真もいっぱいあったはずなのに、
探すと見つかりません。

発見したら、
アップしておきます。

 

 

 

 

 

先回は、

カウンセリングを行うに当たって、

カウンセラーの基本的態度に絡めて、

いくつかの3つの原則を述べました。

 

今回は、

同じく御大 カール・ロジャースの意外と知られていない、

心構え 9箇条をあげて、

僕の解釈を添付します。

 

 

 

 

 

 もちろん、

先に挙げた3つの態度が基本となっていますので、

対応もつけて書いてみますね。

 

元のキーワードをあげておきます。

 

一致(congruence)

関心(regard)

理解(understanding)

 

1.己への気づき(自己一致)

カウンセラーはクライアントの気持ちに動揺したり、巻き込まれたりしてはなりません。

万一そのようなことがある場合は、自分が本来の自分を見失っていることに気づかなくてはなりません。冷静に落ち着いて、自分を取り戻し、自身の気持ちに気づくことです。

 

2.価値判断の保留(無条件の肯定的関心)

後の方の5,7とも関連します。

自分の価値基準でクライアントの価値を判断しないことです。

偏見を持たない、白紙の状態で受け入れると言うこと。

 

3.結論を急がない(無条件の肯定的関心)

急ぐ必要があるのでしょうか? 

焦りは禁物。クライアントの場に引き込まれないことも大事です。

 

4.クライエントの肯定的要素と否定的要素(無条件の肯定的関心)

クライアントは、プラス面とマイナス面を語ります。

カウンセラーはそのいずれにも属すること無く、公平で中立な立場を取ります。

 

5.「無知の姿勢」で聴く(無条件の肯定的関心)

上記 2の遵守です。早わかりしようとしないこと。

 

6.クライエントが言わんとすることを聴き、応える。(共感的理解)

聞いて答えることで、カウンセラーの理解が本当にクライアントの言わんとしていることと一致しているかどうかを随時確認することが大切です。

 

7.カウンセラーの準拠枠で聴かない(共感的理解)

カウンセラーの価値観、先入観はすてて謙虚にクライアントと向き合って傾聴すること。

 

8.クライエントの全体に気を配る(共感的理解)

言語のみで無く、クライアントのジェスチャー、視線、体動など細かいbubuにも気を配ることが大事です。

 

9.正しく理解しているかどうかを確認する。(共感的理解)

クライアントの言葉を返し、クライアントが本当に納得しているかを確認すること。

 

 

カウンセリングは、セラピストとクライアントが時間と空間を共有することです。

治療とか解決以前に、お互いの在り方なのです。

 

時空間の共有とは、

非常に量子力学的ですが、

たがいのこころも身体も、

渾然として自他一致の境地で、

本当の理解が生じるのかもしれませんね。