約束事や原則は3縛りが多い。

 

カウンセイリング時の3つの原則を3つ書いてみよう。

 

 

その1

カウンセラーの基本的態度として、

カール・ロジャーズ(Rogers)の理論に基づいて

次の3つが上げられることが多い。

 

① 無条件の肯定的関心:

肯定的関心とは、

相手を受け入れることであり

クライアントが何を言っても真面目に丁寧に聞こうとする態度をさす。

 

② 共感的理解:

クライアントの感情を受け取って理解し、相手にはっきりと示すことである。

 

③ 自己一致:

カウンセラー自身が自分の気持ちを偽らないでクライアントと対峙することをいう。

 

別にロジャース派であろうと、そうでなかろうと、

これらはカウンセラーとしての在り方である。

 

 

その2

クライアントの言うことは、

 

①事実に基づいているか

 クライアントの訴えは本当かということ。

 「みんなが……」 とか「いつもこう思われるんです」といった過度の一般化がされていないか。

うわさやデマをまともに受け取ってはいないか。

 

②「ねばならぬ」にとらわれていないか

 人はねばならないという must 思考に縛られて苦しむことが多い。

 「ねばならぬ」は「した方がいいよ」と言い換えよう。

 

③「もし」からの解放

 まだ起こらない未来におびえるのは、人間だけだ。

 もし、うまく行かなかったらどうしよう。

 もし、誘っても断わられたらどうしよう、と誘う前から諦める人もいるという。

 誘わなければ断られないけれども、誘わないとぜったに受諾もされない。

 

 

その3

相手にも自分にも、言えることだが、

 

①ゆっくりしゃべる

   →ゆっくりしゃべらせる 

 クライアントは結構高ぶって早口で喋るものである。

 カウンセラーがゆっくり喋るとクライアントもゆっくり落ち着いて喋るようにあるものである。

 

②単文でしゃべる

   →単文でしゃべらせる

 整理が付いていないことは、だらだらと長く語りがち。

 カウンセラーは努めて、短い文法構造が易しい文章を喋った方が良い。

 関係代名詞が入り組んでいたり、凝った隠喩の含まれる文は避けるべきである。

 

③低い声で語る

   →低い声でしゃべらせる

 声の高低というよりはトーンと解釈して欲しい。

 甲高いキンキンした声は努めて避けて、

落ち着いた安心感を与えるようなトーンで語ろう。

 

以上の、

3縛りを守るだけで、

カウンセリングは思いのほか順調に進むことも多い。

 

 

ぜひともお試しあれ。

 

 

 

若い頃からぼくは、
就寝時に読書をしてきた。
 
10代の頃は、それこそ夜を徹して読書をした。
文庫本500ページは、ほぼ一晩かからずに読了した。
 
創元推理文庫のヴァン・ダインやエラリー・クイーンはまさに美味しい一晩の餌であった。
 
新書は、目を閉じる前のおかずで終わった。
 
↑ これは自慢ではないのだが、
ここ数年は、とんと眼力と根気が無くなり、
夜を徹しての読書は出来なくなった。
 
最近は寒くなって、
手を出しての読書も辛い。
 
 
今回、取り上げたいのは、
読書時の明かりである。
 
白々とした蛍光灯の明かりは
確かに明るく、見やすい。
けれども、
しっとりと落ち着いた雰囲気を醸し出してくれるのは、
白熱電球の光のような気がする。
 
 
寒い夜、
かじかんだ手を電球で温めることも多い。
 
時代の趨勢は、
大メーカーにさえ白熱電球の生産を中止させた。
世は電球形蛍光ランプ から LED電球へと移りかわっている。
 
白熱電球の寿命はおよそ1000~2000時間である。
つけっぱなしで
1000÷24≒41.7日もつ。
また、
1日1時間点灯すると、
1000÷365≒2.7年もつことになる。
 
【電灯の寿命に関しては本当はもっとずっと深い考察が必要である。点滅が多いほど寿命は短くなるし、電圧変動も影響する。ここでは、工学的考察は避ける】 
⇒ 興味ある方はpdfファイルをクリックしてご覧頂きたい。
<a href="http://tearsinheaven.up.seesaa.net/…/C5C5B5E5A4CEBCF7CCBF.p…">電球の寿命.pdf</a>
*web検索で見つけたため、原論文不明(原典をご存じの方はお知らせください)
 
 
電球形蛍光ランプは、
丸めた蛍光管を球の中に入れ込んだ
あだ花(失礼)のようなものだと認識している。
  
 
トレンドはLED電球にありそうだ。
 
さてLED電球はその寿命の長さが売りである。
40w相当のモノで、40000時間は持つようだ。
上と同様の計算をしてみよう。
つけっぱなしで、
40000÷24≒1666.7日(約4.5年)もつ。
また、
1日1時間点灯すると、
40000÷365≒109.6年もつことになる。
 
ということは、
生まれてから死ぬまで毎日欠かさず、
寝る前に1時間の読書をしても、
電球1ヶで賄えるというわけだ。
 
ぼくは、
人生の半分以上を過ぎてしまっているので、
一晩に2~3時間読書をするとしても、
電球の寿命と自分の寿命のどちらが先に尽きるかは、
くやしいけれども、
明かである。
 
よって、
これから白熱電球をLED電球に替えようとお考えの方は、
使用目的や場所や誰がご使用になるかを、
慎重に考慮しないと、
せっかくの投資が無駄になる可能性がある。
 
要は、どっちの寿命が先におわるかということだ。
【この際、エコは考えない。地球の寿命に与える影響は無視して、エゴを考えるわけである】
 
************************* 
というようなことを、
5年くらい前に書いたのだ。
 
そして、しばらく使っていなかった、
夏用に使用していたLEDランプを白熱球に替えたのだ。
暖房用にね(^0^)
 
でもって、
気づいたのであります。
 
LEDランプ、
切れてやんの!
 
僕より長生きのはずだったのに、
点かなくなってしまったのだ!

わははは、ざまあ見ろって感じ~。
 
 
ん、単なる不良品ですか?

 

 

思い起こせばいつも金がなかった。

いまもないけど(^^ )

 

理由は簡単。

使うからである。

 

なぜ使うとかというと、

欲しいものあると手に入れずにいられないからである。

********************

いつもいろんな仕事をした。

 

いつも違う仕事をするために、

仕事をしながら仕事をした。

 

誰からも雇われずに、

何にも拘束されることの無い仕事をするために、

雇われて、

拘束された仕事をした。

 

中年くらいで、

雇われず、拘束されない仕事に就けた。

 

と思った。

 

いまや老年にさしかかりつつある。

果たして、

自分は雇われず、拘束されない仕事に就いているかというと

いささか疑問だ。

 

雇われている。

時間に拘束されている。

あろうことか、

朝の混んだ電車で通勤している。

 

避けるために、

さまざまな仕事を経験し、

資格を身につけ、

技術を学び、

各種の免許を取得し、

人脈を作って頑張ってきたのに、

このていたらくだ。

 

自分が間違っていたとは思わないが、

なぜか望む方向にベクトルが向いていない。

 

考えてもわからないからこれで良いかとも思うのだけど、

釈然としない。

 

面白くない。

愚痴りたい。

(^0^)

 

心的エネルギーも

身体的エネルギーも

どっちも不足してるみたい。

 

ストレスコーピング、

下手だなぁって思ってます~~。