ベターマインド -3ページ目
ブログというスタイルの特質として、
聞き手になったり、リアクションから始めるということが難しい。
これは、同人誌は作りやすいけど、オリジナルは作りにくいのと同じ。
誰でも皆、制約がある方がつくりやすいのだ。
実際につくったことがある人間はそれをたいてい知っている。

じゃあ、オリジナルの方が高級で尊いのかというと、
それはやはり違う。
なぜ? それは現実社会では、自分から話し始めるだけの人間よりは
聞き手になったり、返しをしたりする人間のコミュニケーションが
必要であることを考えれば、ごくごく自然に納得がいくだろう。
えもいわれぬ、既視感である。
あの頃の自分にむけて、もう一度手紙を書くように、リハビリテーションを行えるだろうか。

あの頃の自分と違うのは、明白なのだ。
照れている場合ではない。明白なのだ。

マルクス・アウレリウスの自省録では、
ストア派の哲学思想に基づき、極力修辞を避けながら記述が行われたという。
なるべく、心の中のそのままを、文章に落としていたという。
もう自分は哲学者には、決してなれないという悲しみを、自覚しながら皇帝という公務についた。

この季節、風呂にがっつりと入るだけの体力がないという人は、きっと多いだろう。
私もその一人である。
しかし、今私の部屋は、冷房が故障しており、汗を流してからでなくては、どうにも不快感があり、眠る気になりがたいのである。
だから、先ほどシャワーを浴びた。

足の指と指の間を、ナイロンタオルで洗う。脇の下や、肘の内側や、鎖骨から首にかけて、腰から上の背中もタオルの両はしをもって、ごしごしと洗う。
そして上がる。今は快適である。

さるさる日記時代のノリが蘇る。
これは、間違いなく、セラビーの一種だろう。

思えば、高校生時代も、それなりに内省的な日記を書いていた。
あれでいいのではないか。いいのではないか。


本当に考えていることを書くというのは難しいことだ。
本当はあまり考えていない、だけど、きっとこう書くのが正しいんだろうなという客観性や、外因性に基づいてかくのは、割に簡単なことなのだが。
そんなもの、なにかカッコいいことを書こうとするから、むずかしく、むなしくなるにきまっているのだろう。
自分の思考過程とぴったりくることを書くと、それなりにオリジナルなことが、すらすら書ける。ただ自分の思考過程というやつは、どうにも美しくも面白くも賢くもないので、そんな自分が表出されることには、げんなりして書く事をやめてしまいたくなる。
そんなこんなで、やっぱり書く事は難しい。

「村上さんのところ」のとある質問で、春樹さんは推敲をしますかという問いがあり、春樹さんは推敲は僕の最大の趣味です。推敲があるから文章を書いているようなものですと答えていた。
これは僕にも少しだけ分かる。すでにある文を整える事は、かなり楽しい作業だ。漫画原稿のべたぬり、プチプチビニールのしらみつぶし、手編みのセーターのハイドン編み。装飾的なことを無心にやる楽しさのようなものがある。
つまり、大変なのは、大きな流れを、一気に書く事の方だ。
今、自分が本当に興味を持っている事を、何の飾り気もなく書く事にチューニングできれば、自然と流れと速度が生まれる。そのこつみたいなものを、僕はまるでつかんでいない。
自分がなにに興味を持っているのか。それがわからないのだろう。
そして、わかるためには書くしか無い。

自動筆記状態になることを、最大の目標にして書くというのはどうだろうか。
構成も修辞も文体も一貫性もいっさいを放棄して。
それならばなんとかなるのかもしれない。
しかし、それでは、テーマや構成がなさ過ぎるせいか、やはり大して面白い広がりには至らない。
30代のころ、さるさる日記(懐かしい)をそんな調子で書いていたが、8割から9割はごみのような文章だった。それでも書く事で得られた事はもちろん少なくないだろうが、もっと効率よく取り組む事はできないものか。

最も理想的なのは、自分の中のインスピレーション、気づき、ひらめき、思いつき、それに自分がわくわくしている時に、その精神状態そのままにかきつけることだろう。それは精神のまだ知らぬ引き出しを次々に開けていく行為だ。

ひとつには、モードに自覚的であることの大切であろう。
推敲モードで構えていては、自動書記モードにはならない。
職場モードで唸っていては、自動書記モードにはならない。

(備忘録)
・ひとつ、私にとって興味深いジャンル、それは技術論(ハウトゥ)だ。
・典型的な文章のスタイルの引き出しの数を増やす発想とすべきだ。職場の挨拶文も引き出しの一つ。技術論もそう。読書感想もあるかもしれない。本来であれば、もっと生活智に近い型を増やしたいところである。

 ノルウェイの森、読了。
 これまで長編の村上作品を読まず、読めそうもなく、否定的な評価を多く聞いてきた身としては、今回あっさりと作品世界に入り込んで、文章を味わうことができたのが、不思議ではあるが、これも出会いというべきか。

 妹の捨てる文庫本の中から、取りおいて本棚に放置されていた。柴田元幸さんのつながり等で少しずつ馴染みはできていたのだが。ある週末の夜に、何の気なしに開いて読み進めたら、ふと素直に情景が目に浮かび、音や匂いを素直に味わうことができたのだ。幻想的で、読みやすく、世界との距離感を感じた。何周かの週末に渡り夜中に読み進めた。いつの間にか本の端を折るページが、ほとんど全てになる。表現のちょっとした所が気になる。
 学生運動の周囲を見て、「キズキよ、くだらない人間達だ。こいつらが就職してくだらない社会をさせっせと作るんだ」という下りで、この作家を見直すための閾値をひとつ超えた。
 次の閾値は物語が、京都の静養所にかかる辺り。精神を病んだ人達の療養コミュニテイの描写に、真実味があった。この人は思ったよりも弱者の側に立って物を書く人なのだと気付いた。
 そして三つ目に、緑と書店の二階で、火事を見ながらギターを弾くシーン。そこには華麗な音楽知識でスノッブな流行を仕掛ける作家というイメージはもはやない。連想したのはむしろ山田玲司だ。一生懸命に背伸びしながら、ポール・オースターの庶民性を愛し、文壇スノビズムに対抗するために部屋を片付け、毎朝ジョギングを続ける、地味でぶれない職人。
 人物描写はさすがと思う、観念的で淡々と進むようでも、ワタナベ、吉沢、直子、レイコ、緑、ハツミ、それぞれの実在感があるエピソードばかり。

 世界を行き交う不安定性、あちらとこちらの往復という描写や、作者の過去を現代的感覚で物語にするところは、紀井孝や、アオイホノオの手法に通じていて(逆なのだろうが)、今の自分には分かりやすい。さらにはノルウェイの森の出版自体が既に四半世紀前であることも、自分にとってはタイミングが良く、時間の可変性を味わうのに丁度よかったのだろう。
 全体として、愛すべき作品だと思った。読んでいると、ライトノベルのような、微エロのような、児玉昭宏さんのような、あだち充のような、押井守のような、安部公房のような、不思議な変化を感じる。いつの間にか、村上作品が自分の読書歴の中で、関係の深い位置にきていたことに気づかせてくれた、軽い驚きを与えられた経験であった。
 人にあまり好かれない、挫折もそれなりにはある、優しく明るいとはあまり見られない自分のことが、なんだか今は好きだ。そこに一貫した文脈があり、弱さと強さがあり、独自の生き方があるからだ。作家としてみてもなかなか悪くない線の資質だと思うぞ。

 僕は物を作りたい。この気持ちをしばらく忘れていた。組織をつくるというテーマを前に、出世の手管や、八方美人的な人柄の良さを求めすぎていまったのかもしれない。それもいいだろう、きっと必要のプロセスだから。だが、そこからだけでは、あの憧れの向こう側にたどり着くことは難しい、そんな洞察もまた必要なのだ。
 順番に味わい、一つ一つ進み、大望を成せ。
 村上作品のリリシズムと、紀井作品のリリシズム、司馬作品のリリシズム、どれも質は違うが、やはり深くて強い感情が通底しているからこそ、主観的な描写でも、冷静で冷めた情景でも、詩的になってしまうのだろうと思う。
 リリシズムは一貫性・必然性のある感情が生む。
 おそらくは、無味乾燥な行政文書を書こうとしても、そこに詩が生まれてしまうことはあり得るのだ。それは表面的な文体の模倣的技術からではなく、目的意識、意思、洞察、連帯、格調、共有、中庸、そのような感覚群から、どうしようもなく形作られていくものなのだろう。村上の逡巡。司馬の断言。松野の関係性、紀井の往復運動。それぞれが各個人の文脈からくる感情を体現した文体だからこそ、普遍的な説得力に昇華されるのだ。それがわからない限りは、憧れの名人を真似る駄文の域をなかなか超えることはできない。
 係長としての四ヶ月を経て、いろいろなことを吸収しているのは確かであり、その点で一定の自己承認を行っても良いのだろう。
例えば、昨日は説明会を行ったが、そこでは4月の新任研修や、昨年の復興訓練での発表で得た手応えなり、反省点なりがそれぞれ生かされていた。
 今回にしても、ある程度格調と一貫性を意識して、長さと構成を持つ回答をする必要性を感じたし、人当たりに苦労している自分の、生き延びる手段として、クレーム、データ、ワラントといった質疑応答の蓄積していく実践について重要性の認識や今後の展望を得ている。
直属の上司、斜め上の上司、直属の係員、斜め下の係員、横に接する係長や管理職候補生、支援と苦言、受容と牽制、そうした一連の関係性は、これから先、多少嫌われようと、力が足りなかろうと、それなりには、うまくやっていけるさという確信を深めてくれる。そして同時に、初心を忘れず一つ一つ吸収して改変して、模倣して咀嚼して、進んでいくことへの意欲を与えてくれる(これが組織が人を育てるということなのだろう)
 村上春樹にしても、アニウッドにしても、重版出来にしても、理想的人柄を演じて欠点に落ち込んでいるよりは、自分の主観たり得る軸を持って、癖も味もある大人たる自分を引き受けよ、そんなエールを送ってくれているかに感じる。
 自由で充足した小学生時代が終わり、中学に入ると、突然に競争と悪意と同調圧力がやってきた。すっかり僕は絶望した。しかし高校ではまた新しい世界として、目的と意志にもとづいた、肯定と洞察と想像の精神があった、僕はもう怖くなかった。思えば、慶應大学に進学した先輩が「湘南高校は下手な大学より面白い」というのは、的を得ていた。都立大学は知的で品のある大学ではあったのだろうが、面白いとまで言えたのだろうか。
 更に特別区へ就職することで、僕はまずはほっとした。コミュニテイに所属して、その世界の規律を守れば、大人として認められると思えたからだ。さらにその後に、創作の友人に触れたり、結婚に失敗したりして、結局は自己探求的自我へと回帰することになるのであるが、発達理論の視点から考えれば、それぞれの場を支えていた、構成員への要求の重心が、時代時代の自分を作り、高揚させたり幻滅させたりを繰り返させてきたのだなあと、今は振り返ることもできそうである。
 60周年を迎えたという、母校のサークルの懇親会に参加してきました。その中では、大変重要な出会いがありました。

 最近、気仙沼にいったころから、一定の流れが人生の中に再び舞い込み始めているように感じる。それは人為的に避けることも可能だとうは思うが、あえて避けない方がいいものなのか。今は慎重に吟味しながら流されている。
 気仙沼ではAとの出会いがあった。予想よりも、スタイリッシュさを好む、独立心の強い、さばさばしつつも率直な人でした。(思い出した。彼女にメールを送ろう。)
 そんな彼女の気になることは、英語、福祉、登山、ラン、俳句、ギター。等々。とくに俳句とギターというのが、その後なにかとひっかかる。そんなことも一つ。
 それから職場で私の後ろに座る、Mさんの一言もなにやら暗示的。荘子って知ってますか、と。
 さらに、家のPCの横には、茂木健一郎と黛まどかさんの俳句の本が。

 そんで、今朝方の考察によると、以下のようになるのである。
 まず、ブローティガン(芝生の復習)と荘子と押井(これが僕の回答である)と、茂木健一郎は通低した世界観を持っている。連続しつつ、多様で、かつ自分の中で統合できるリズムを見だすことができる。英語の世界と日本語の世界、散文の世界と詩句の世界、論理とシステムの世界と感情・直感の世界。適度に詩的で、適度にリズミカルで、適度に論理的。ストーリーがあり、世界観がある。
 草枕と、芝生の復習と、荘子は、大体おんなじだ。
 鈴木慶一も、鈴木博文も、松尾芭蕉も。(という感覚の大切さ。)

 私は小沢健二の呪文から逃れなくてはならない。こと文章をかくとなると、中途半端な小沢コンプレックスが私の足を引っ張る。最近の押井はエゴが強すぎて参考にあまりならないものの、15年ほど前の押井の文章は、乾いていて、安倍公房や筒井康孝のような信頼感があった。そこを起点に、自分の言葉を書けたのだ。

 発達心理学をかじりはじめた今だからわかることだが、私はS高校という異文化体験から来るコンプレックスを解消するために、R誌のようなロックカルチャー、文芸カルチャーに馴染もう(調和的段階)とした。しかしそれは、制度化されつつあるコミュニティに溶け込もうとする努力の粋を越えてなかったところに気づきつつあったところ、小沢や石野に出会って、思ったことはちゃんと表現しなくてはいけないし、いずれ古い制度は刷新されていくのだと、励まされたのだ。ここには自分の言葉で語る合理性段階以降の知性(脱慣習的段階以降)の精神があるのだ。

 俳句を書きたい。曲を弾きたい。文章を紡ぎたい。英語に浸かりたい。