人に対しては、あれこれと感じているくせに


自分は、自分の「惰性」に流されているだけ。。。




明確な意志もなく、はっきりとした決断もせず。


今のままを、ただ何となく生きている。




「失いたくない」と言葉にしないくせに、しがみついている。


振りほどくだけ勇気も、投げ捨てる強さも持たずに。





そのクセ、一人を標榜する。


どこかにあると信じている、自分の中の「意志」をあてにして。




ブログに、ニセモノの自分を描写して。


イイワケだけが自分を支えている。




ホンモノが苦手なだけだ。


そこにある、リアルから目をそらしているだけ。





重なりたくない等身大の自分を少しだけ感じてしまった午後。


だから、ボクは一人なんだと。。。



人は、シンプルなのか、そうじゃないのか。


自分の中の「多重性」をどうとらえるのか。


「多重」である自分も、結局は一人でしかない。


であれば、やはりシンプルと考えていいのか。




結局、イイワケなんだ。


自分の行為にたいして、その都度、自分の中の「自分」を持ち出し、


その行為に当てはめているだけ。


それを「多重性」と思いたいだけ。




イイワケは、自分を守るため。


なぜ、守ろうとするのか。


他人を「異質」と考え、決して自分の中に取り込もうとはしない。




純粋であり続けたい、と願う人としての限界。


結婚も恋も、そして友情も、つねにイイワケがそこにある。




「多重」を無意識にイイワケにして、なんとか世界がまわっている。


ボクも、こうして人とフツウに話している。




ドキドキするな。社会って。


気持ち悪いな、人って。。。いや、自分って。。。





掘り下げていくと、そこに何かがある?


「ある」と思いたいだろうな。



でも、きっと何もない。


掘っても掘っても、無限に掘り進めるだけ。



狂って、はじめて「無」に行き当たる。


死んで、ようやく気づく。




そんなもの。


「思考」は、そんなもの。



もしかすると、それほどに「人」は純粋ってことか。


煮詰めていくと、キレイに蒸発してしまう。



何も残らない。


潔いな。




そうか。それでいいのか。


人の「根元」とは、「何もないこと」だ。



よかった。


ボクも人でいいんだ。。。