自分のことを、いつだって客観的にみれていると思っている。


どこか冷静で、他人と一定の距離を置いて。。。。



まったく幼稚でしかない。



自分が大事で仕方ないのだろう。


「思考」なんて、ただの脳内での電気信号のやりとりが


生み出しているだけ。



行動がともなわない。


むしろ、幼稚さだけが目立つ。



「自虐」と「評価」を繰り返しているだけ。


ブログっていう新しいオナニーを見つけてはしゃいでいるだけ。



今も、まさにその真っ直中。



はっきりしろ!!



人を傷つけるのは嫌だ、って。。。


真正面に立ちたい、って。。。



両手に抱えられないほどの「無意味」。


まず、何も欲しがらないこと。



幼さは、それを自覚することから。。。。


ボクという他人を、どう自覚できるのか。。。


幼稚さに気づいた瞬間から、また分からなくなった。

自分が単純だと知る。



「自分だけは複雑」と誰もが思いたいのかも。


それでも、いきなり「単純さ」が目の前につきつけられる。



単純さが、いくつか集まって少しだけ複雑に見えているだけ。


そして、そう見せているだけ。


言葉をちょっと憶えすぎただけ。




「単純」だと知ると、ちょっと恥ずかしい。


恥ずかしさは、またそれを隠そうとするチカラになってしまう。


このサイクルを繰り返す。



学習のない一本道。


ヒトはひたすら、その道を歩き続けるのかな。


ずっと、ず~っと、霞んで見えないくらいに続く道。



単純だから、そこに起伏を求めるのか。


「恋」や「怒り」は、その起伏に過ぎないのか。




こんなこと、まだ言ってちゃ、「単純さ」を受け入れるには程遠いかも。


「起伏」と言い切る前に、まずそこに登ることからだ。


真正面からきちんと、丁寧に。



もう便利なナビゲートはいらいない。


自分こそが、自分を導くのだから。。。。


よく、「フツウ・・・」と答えていた。


きっと、自分をフラットに保っていたいという気持ちと、


他人に自分を詮索されないために。。。




詮索なんかするつもりもなかったろうに。


「フツウ」と答えるヒトは、きっと自意識が高く、勝手に自惚れているんだな。




特別になりたかったんだろうか。


ボクは、誰かにとって特別でありたかったのか。




できるだけ、離れていたいと思っていたのに。


ココロは、特別を願う。




ボクにとって、特別を見つけようともせず、自分はそれを願う。


「フツウ」の「特別」でありたいと。。。




だから、まず「フツウ」から考えよう。


そこから、ボクは始めなくちゃな。


やり方は分からないけど、それだけは忘れないように。



ボクが、ボクにとっての「特別」であることから・・・。





けだるい朝の思考にも邪魔されずに。