育児休暇がパパも取れるようになってきているようだが
この育児休暇というのが曲者だー

まずは名前が悪い
休暇とは何事ぞー
仕事側からではその呼び名になるのであろうが何か休んでいる感じがするのであまりな感じだ

パパも仕事をお休みして育児に参加できる権利を得たーありがたいと思って子どもの面倒をみてほしい
自分の子供しか生まれ出でてから毎日劇的に成長していく人間の様をつぶさに見ることはなかなかないので すごい経験である
仕事で得られる経験とはまるっきり違うものである

妊娠して出産するという経験はパパには残念ながらどうしてもできないので
人間として育児休暇でその成長を見れるのであれば動物として生きてる意味があるともいえる素晴らしい経験である

ただ 母子が安全に休めて 贅沢ではないにしろ現代の世の中で栄養あるものを普通に食べ 眠り 安らぐ 空間をつくるのは パパの第一任務であると思う
妊娠出産出産後は 基本的に十分なお金をママ自身が稼ぐことは 制度が整っていようが身体的に無理な部分が多い
はっきり言えば ものすごくしんどい
やってみればわかるが 夜中3時間毎の授乳やオムツ替え などなど 少なくとも一年近くは少しずつ中身は変われどもそれに近い状態 が続くのだ

大変であることに違いない

しかしである

最近子どもを産んだら偉いてきな感じをうけることがある

やれ産後のフレンチだ ママの御褒美だ とやるすぎなところもある ママになれない ならない人から見たら ふーーんと思うこともあるであろう ママになればこそいろんな人に配慮する大きさがたいせつである

扶養とはどういう意味かというと
働けない人を自分が食べさせるということだ
昔は女性には職業がなかなか与えられなかった 学歴があろうとなかろうと 教員 看護婦 公務員 行員 事務員
ぐらいであり男子と同等の学歴でも一般企業では雇うことはなかったのだ
だから男性も自分の家族のために稼いでこないと自分も含め食べていけないのだ
だから扶養する人がある男性には扶養控除や扶養者手当などがあり単身で扶養する人がいない人より税が優遇され手取りが増え生活が少しでも潤うようになっていたのだ

主婦も家のことを一手に引き受けて差配し 働きてをささえたのだ
妻だけではない 結婚するまでは母親が働く息子をささえていたのだ 
ライフスタイルにもよるが 結婚しても女性が働く場合は
つい最近まではどちらかの家の母親が家事を担っている場合も多い もしくは近くにいて手伝うとか

その人も同居であれば扶養にいれれる
なぜなら稼ぎ手と同居でその稼ぎをささえる人は扶養する義務があるのである

扶養する人と扶養される人はいわば協力して家庭を経営する仲間である
だから扶養控除や手当があるのだ
個人事業主では専属家族従業員に給料を払えるがサラリーマンは自分の給料から家族に手当を渡すわけではない
ささえてもらっているのに
だから第3号でせめて子育て中で働きにくいママの分は国民年金ぐらいは会社さん出してやってくださいやーこっちもギリギリなんですよーということだと思う

少子化で日本はこれから大変になるというのに誰もどうすれば上手くいくかわからないのだから 少子化が防げるはずかない
動物としての人間が子孫を残さなくなるのは衰退破滅に向かっているのは間違いないのに どこで破滅の道を防げるのかまだはっきりと誰にもわからない

とにかく
育児休暇あるからずっと働けー
父親もがんばれー 仕事を生き甲斐にするのはイクメンではないー家庭第一で生きていけー 残業は悪だー
女性たちはそんな男性をよしとし 仕事男子は嫌われる
大谷選手みたいに仕事もお金も人生も妻も子供も手に入れることのできる男性は今や少ない 一昔前はお金は食べていける程ではあれど仕事も人生も妻子も手に入れることのできる男性がほとんどだったが今は贅沢といわれるほどだ

支えてくれる女性は少なくなってきた 女性も支えてもらわないとフルで働けないし 女性も家で思い存分自分の子どもをはぐぐみ慈しみかわいがり愛情をたっぷりかけて過ごすことは時間的に苦しい状況が多く毎日が綱渡りだろう

扶養される人にも役割がある

稼いでくる人によく働けるように環境を整えてあげるのは協力の一つだ 稼ぐ側はそれを当たり前と思わず 毎日の衣食住の世話がどれだけ大変な仕事であるかを理解し感謝し働き続けることが出来るのだ

昔はこの関係性が尊敬し合いながらウマク機能している家庭が多かったー

今は崩壊している

夫婦ともに外の仕事も家の仕事もわけあうので その時々で臨機応変に話し合いながら流動的に動かないといけない

人間は賢い動物ではあるが 感情も疲れもあるのですれ違うと取り返しがつかなくなる 離婚も増える

女性には子供も複数産んでー
フルで働けーキャリアアップでしっかり稼げー
年金はしっかり払えー
親の介護は介護休暇あるからがんばれー
貯金せず投資しろー 
一昔前は 専業主婦になり子供を複数うみ夫を支え家庭を切り盛りし節約し 日本社会に無償のGDPを捧げてきた人がいた その人達はもう少ないのだ というか社会全体が地位を低くしいずらくしたのだ

なぜだろう もちろん女性の生きがいや社会進出もあるが

皆が働けば税金がわんさか入ってくる

少子化で労働人口が減るので全員働いて税金を納めてほしいのであろうなとも思う

 

納税は国民の義務なので それはいいが 本当に税金が国民のために使われているのか

よく考えていかないといけない

地方税など 直接何をしてくれているのか わからない

街が綺麗になることもないし 道路が整備されたり災害時の宿泊ホテルなどが建設されている気配もない

今時近所の公立の学校の体育館に避難しても 自分の家より

古いし快適ではない

地方税で公立小中学校はすべて新しく立て直し 災害時の拠点としてしっかり使えるようにでもすることに税金をつかってほしい これだけ地震が来るかもしれないと報道されているのだから

 

なんかいい方法はないだろうか

試してみるにも人生は一度きり

その都度後悔ないようにいくしかない

 

いろいろな人の話を聞こう

そうすれば参考になることも出てくるはずだ

独りよがりにならないように注意だ


  
 

 

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退職したあと
家事を一切してこなかった夫達はどうやって家事をやろうと思い やれるようになり 実際役に立つのか
これはかなり難しい

小さい頃ある程度親の姿を見ていたことがあるかないかはまず大事
ただ やり方も各家庭違うし 家事の度合いは母親達の間でも量がその人によって違う

しかし基本は学校でも習うので
そこのところは自己責任と経験不足と
気力不足など
なかなか家事ができない

自分のことは自分でやるのは生活
家族のことも一緒にやるのは同居生活
自分も家族も快適に暮らせる 健康に安全に暮らせるようにするのが家事 つまり家のことをする ということだと思う

係を決めて 順番を決めてやるのは
学校や会社など

家事はその時全体のことを考えて
家族で1番それを担うのに相応しい人がみんなのためにやることだ

例えば
全員が働きに出てたら
1番早く帰った人がご飯を作り出すのが効率的だ
自家用車の運転は免許をもっていて
ある程度力があり 運転の上手い人好きな人 目の良い人がやるのが安全だ

小さい子供にも役割はちゃんとある
しっかり食べて 学んで いくこと
2歳にもなれば お箸を食卓に並べることもできるようになる

問題は退職した夫は

会社や組織という人間関係の中で生きてきたのでなかなかそれが抜けないことだ

 

誰がやるかを決めたがり


どうやってやるかを決めたがり

一度やったものを やり直されると非常に機嫌を損ねて 自分のやり方を固辞する


会社ではどちらでもよいことでも

その家での家事はこうするほうがよいということもあれば


会社ではきっちり決まってそれに従わないといけないが 家庭では そこまでやる必要はないこともある
それぞれなのだ
また子供の年齢 家族の健康状態 などにもより一刻一刻変化する

日々の家事は
家族をどうやって支えていくかだ
独りよがりになってもいけないし
難しいのだ
大人になれば同居家族全員が

いわゆる家事をこなせる実力があるのが理想だが

 

現在退職しつつある夫達には


まだその意識と素養と実力が欠けている
 

ここに熟年離婚 少子化の一因がある気もする



今の80.90代の人は
男仕事 女仕事が完全に別れていて得手不得手はあれど分業制だ

だから女がご飯を作ることにあまり抵抗はない めんどくさいとかはあるが
男は男で力仕事 大工仕事 近所付き合い 庭仕事 退職しても家の中にたくさんの仕事があった
ここ最近 親と同居をやめたので

爺さんたちががどんな役割をしていたのか知らない夫達が多すぎる

あまりにも外で働くことに集中させてきた社会構造にも問題がある

子供の頃に退職して少し時間のあるおじいちゃんと遊んだ経験があるだけでもその男にとっては人生のとても良い学びだ

が少子化と世代間分離子育てのため最近の子達は

祖父と遊ぶのではなく保育園で遊ぶのでまた次の時代にも様々な問題が起こることも予想される



会社の中で生きてきた人間は実はその中のことしかわからない
そこに1番の問題がある

それだけ特殊な社会であるということ

家庭に命令系統 上下関係はない

 

家庭と会社は全く別のものであると気づいた時に家庭内で夫達は役に立ち始めるのかもしれない

 

その時が早くきた人は本人も家族も楽になれるであろうな

あっ あと一つ

健康に気をつけてずっと会社に通う方法もある

相手が受け入れてくれば

会社や職にしがみつくおじいちゃんが多いのはこういうことか

自身で家庭内にあえて居場所をなくしていたのか

 


 

 

お宮参りで誰が晴れ着を着た赤ちゃんを抱っこするか

最近のママは義母さんに抱かせたくないそうで

 

さてそもそも

お宮参りとはなんぞや

ということである

 

お宮参りとはその子どもが住む地域の氏神様に

どうぞこの世にこの地域に生まれた我が家の

赤ん坊をよろしくお願いします

と健康と幸せを祈ることである

 

日本には氏神制度が有り

大なり小なり有名無名にかかわらず地域には神社が有り

我々日本人は全員どこかの氏子であるとされている

 

つまり

昔は親と同居だったので

その家に生まれた子は一月ぐらいたって外に連れ出してもいいぐらいになると

なにはさておき近所の氏神様にお参りにつれていったのだ

 

そのころ産んだばかりの母親は産後の疲れなど又赤ん坊の世話などの睡眠不足

もあり 上の子の世話があるときもある たいへんなのでその家の祖父母が

若夫婦の代わりに赤ちゃんを連れて氏神さんにお参りしたのだ

 

だから男性側と同居していることが多いのでその地域の氏子でもある

義父母が連れて行くようなことが普通なわけだ

 

現在は同居しているわけでもなく

住んでいる地域の氏神様にお参りするわけでもなく

有名神社にいったりもするので

健康と幸せを祈るのはかわらないが

義母がかならずお祝い着をきて赤ん坊を抱かなくても

理屈は通る

 

しかしだ

もしお宮参りに両家の両親を呼んだなら

写真も動画も撮るのだし

どちらの母親にも父親にも抱かせてあげてもいいのではないだろうか

たくさんの人に愛情をかけてもらうのはわるいことではあるまい

 

何らかのトラブルもしくは

義母が自分だけが代表で抱いてお宮参りするのが当然とでも思っているなら

それは今は違うことを説明して実母やパパもちろんママ おじいちゃんにも祝い着

をかけて抱っこしてもらうのが現代風ではと思う

 

ただしママだけが抱いていて誰にも抱かさないのもそれは人間として

また祝いを受ける赤ん坊の親としてどうかと思う

その日ぐらいたくさんの人に抱っこしてもらい思い出を作るのも

いいことである

 

どうしても義母にだかせたくないなら

そこはもうお宮参りに呼ばないことだ

お祝いはしてほしいでも抱っこしてもらうのはいやだというわけにもいくまい

もちろん実母も遠慮してもらえばよい

たいしたことではない

多少の波風はたつだろうが上手に説明しておき

また別に食事会でもするのもありだ

形式のことだからママパパだけで簡単にやればよい

誰が抱っこするかなど赤ん坊の未来を祈るのに神様はきになどしない

ただこれからもなにがあって実母義母にお世話にならねば回らぬことなど出てくるのが子育て

色々覚悟して行事は納得して責任を持って執り行おう

 

また生後一月ほどでお宮参りだが

お食い初めと一緒にというのも最近はおおく

その頃には人見知りも始まり ママでないと泣き叫ぶ子もいる

だからやはり誰にでも抱かれてくれる一月ぐらいがお宮参りには

いい日取りなのだ

 

いろんな日取りにも意味がある

七五三にも意味があるように昔からすべてなぜそのようなことになっているかには

意味がある

 

そこに親として子どもに恥ずかしくないように

親である者こそ襟を正して学んで幸せな一日を過ごしてほしい