入社式も終わり 4月の大幅異動なども落ち着いて新しい環境で生き生きしている人 しんどい思いの人 いろいろ

だろうか

 

最近は引っ越しを伴う転勤は 転職案件となるらしい

 

考えてみれば当然だ

どこどこに変わってください それも結構すぐに

会社によっては従業員の都合など無視した会社都合の辞令も昔から多いと思うし 今もそうなのかもしれない

 

いやならやめてくれという感じであり 昔はやめられないからいやいや引っ越し転勤したものだ

いまはいやならやめてくれと言う感じならば いやなので

やめるのだ

地元志向とかいわれるが

東京にこれだけ仕事が集中してしまうとたまったもんではない

東京は1300万人ほどだろうか

日本の人口は1億人ほどか

つまり東京以外に住む人の方が断然多いのだ

 

地元には家族があり親戚があり 住み慣れた家があり 友だちもいる いろんなつながりがある

今はSNS等でつながっていられるがやはり実際いつも会えるのとは違う

さらに引っ越しを伴う転勤には金銭がかかる

会社が負担してくれる部分もあるが決して全額ではない

負担額は必ず発生する

転勤さえなければ金銭的にも 身体的にも 精神的にも

良い状態が自分なりに保てる事は多いと思う

 

だからやめて転職が視野に入るのだ

 

妻子がいるなら単身赴任手当などあるが

独身なら何もない

妻子だけが家族なのか

親兄弟は家族ではないのか

新入社員は独身寮にほりこむだけで本当に心身ともにその会社にとって素晴らしい人物になるのだろうか

家族の力は大きい

命令通り転勤した人のほうが出世する時代でもなかろう

 

欧米では育児休暇を取る人を独身の人がうらやんだり特別扱いすることはないという 

それは独身でも親や兄弟の用事等で育児休暇同様有給休暇がとれるからだ

妻子がいなくても家族はいるのだ

 

妻子がいなくて親や兄弟が生活を共にし会社員生活を支えてくれていることも多かろう

独身の人が最近はひとり暮らしをしたりすることも多いが

これだけ物価がたかくなると親元で生活し 独立資金を貯め込むのも大切だと思う

 

昔は長男は地元で女子も地元で次男以下は出稼ぎ 分家のためどこでも行けるのだ

 

今は就職したら親元を出るのがはやりだが

これが少子化の一因だと感じる

 

夫婦ふたりで違う土地で暮らし子どもを育てることがこの日本でどれだけたいへんであるか

何かあるたびに心配なので親も通わねばならぬ

それを受け入れてうまくいけばよいが

息子娘の配偶者と折り合いが悪いと関わることも出来なくなり疎遠となる

ますます孤立した若い夫婦は少子化にならざるを得ない

 

子育てには親以外の「て」もいるのだ

ほんの30分でも見てくれる人がそばにいるだけで子育ては

うまくいくことも多い

この「て」を外注するととてつもなく費用がかかる

 

リモートで何でも出来るのはコロナ自粛期間で皆周知だ

どこにいてもしごとができる世の中なのだ

地元にしっかり根ざして働こうとする若者が増えてきたということは地方再生にもつながる

 

親元にいる独身者を歓迎しない傾向があるが ひとり暮らしで何でも自分軸で暮らす独身者も振り返ると独立しているようで楽なようで不安定におちいることも多いのではないだろうか

親の援助 兄弟の力 地元の安心感 を考えてみると

転勤や少子化も違う乗り切り方があると思う

会社側も一方的な引っ越しを伴う転勤命令に従うのが普通とせず 妻子だけでなく家族の都合も考慮し その人が一番会社で能力を発揮しWIN WINの関係でいられるように考えてあげてほしい

でないといい人材はみんないなくなる

家族思いのひとは信用に値すると思うから

 

新しい時代の働き方で少子化もふせぎ ミスマッチな会社で働き苦しむこともなくなるのではないだろうか

相手の幸せを考えてみる

それだけでうまくいくような

あまいのかな

 

 

 

 

 

テストランの最後は

お空にドローンでメッセージのような模様などを描きとても綺麗でした

 

大阪人はいつもその値段で元をとったかどうかを考えますが

(笑)今回はテストラン当選というラッキーな事が起こっての参加だったのでいけただけで元はとっているんですが

 

いつでもいける一日券6700円でどうかと考えてみると

十分元が取れると思いました

万国博覧会が地元で生きているうちに開かれてそこにいけたことは近代社会においても値打ちのあること等と考え合わせればさらに私にとっては元がとれます

 

明治時代日本が初めてパリ万博に参加というのは歴史上のこととして歴史の授業で習いましたが

いつかこの万博も歴史になるのでしょうね

はじめてIPS細胞で心筋シートで心臓が作られ始めたことも一緒にかたられるかもしれませんし

本格的アンドロイドがこの時期もう登場していてと語られていて その頃はアンドロイドだらけかもしれませんね

 

大阪の街は毎日どこに行っても外国人観光客でいっぱいです

何十年前までは外国の観光客のかたに道を聞かれたり片言の日本語でしゃべりかけられたりしたこともありました

こちらも習った英語や身振り手振りで頑張って伝えました

 

今はスマホ一つで自国の言葉ですべての情報をゲットできるので道行くおばちゃんに聞く必要などもなく

話しかけられることもありません

そして日本の中をそれはそれは楽しそうに過ごされています

不思議なことです

 

万博の中では各国パビリオンの外国人スタッフの皆さんは入場者に日本語でこんにちは!とはなしかけ いってらっしゃい!と展示に送り出してくれました

なんだかうれしかったです

 

いまは世界は近くなり 明治の頃 日本とは一体どこにある国なのだといわれていた時代から どの国もいつでもスマホ一つで連絡の取れる時代になりました

バーチャルで近づけるし遠隔で医師が治療も出来ます

 

これからどうなっていくのでしょうか

命とはなんなんでしょうか

 

こんな機会に自分の内なるものにいろいろ問いかけていくのもいいものだと思います

 

では一応テストラン感想おわっときます

次からは通常運転で行きます

 

絶対また万博行って いけなかったところに行くぞーー!

 

そうだスタンプがあちこちにありノートなど持っていって集めるといい思い出になると思います

いくつか集めたので次もノート持ち込みますーー

 

安全面を含め万博期間すべてがいい時間になりますように

地元民としてお祈りしております

 

 

 

 

 

 

18時過ぎにやっと初めて大屋根リングの上にあがりました

 

長ーいエスカレーターに乗っているとちょうど夕焼けも綺麗な上に あちこちのパビリオンが光り始めとってもいいかんじでした

 

大屋根リングの上は万博全体が見渡せるし大屋根の広さもわかるし圧巻でした

 

2段になっていて芝生や花壇もありました

 

6日はさすがにその時間は海のそばでずいぶん風が冷たくて

昼間に汗ばんでいたことがうそのように冷え切っておりました 

が そこは大阪のおばちゃん

防寒グッズでしっかり身を固め あおと夜の虹のパレードという水辺のショーを上から楽しみました

 

昼間の水辺のショーは下の真正面から見たので夜は大屋根の上から見ました

 

よく見えてストーリーもなかなかおもしろいでした

 

終わってから予約したオーストラリアといくつか予約なしで入れる各国パビリオンをみました

オーストラリア館はカフェもオープンしていてわににくのホットドッグなどありました 食べる勇気はありませんでしたが

 

最後静けさの森をとおり真ん中のシグネチャーゾーンにいくと落合さんのnullnullが最後少し入れたので見ることが出来ました 最後までうれしかったー

 

ともう少し続きます