介護という言葉はいつ頃から使い始めたのだろうか

幼き時うちにもおばあちゃんが同居していた
母がご飯を作ったりできないことなどはしていたが
それを介護とはよんではいなかった
祖母も自分で自分で歩いたり食事も作ったりできるうちはなんでもしていた
家で寝付くようになっても
母の作ったご飯を運んでもらって部屋で食べるだけで トイレも1人でいけたのでなんとかなっていた
その後くも膜下出血で入院するまではのんびり寝ていた

病院に入院してからも長男夫婦の我が父母たちを中心に入院生活をささえ 手術して治す前に寿命が尽きて入院から3ヶ月ほどで旅立ってしまった

母はお姑さんのご飯を作るのは嫁の務めと普通に思っていて美味しいご飯をいつも作って食べさせていた

近所にもそのような家庭がたくさんあったように思う

これは今で言う介護なのだろうが
誰も介護してる老人がいます
とは言わなかったような

たぶん期間が短かったので
そんな感じだったのだろうとおもうが
それが何年も続く場合は
介護と呼んだのかもしれない

母に言わせると
長男夫婦は同居して親をみる

家のお金や光熱費なども親世代が払っていることもおおい


その代わり家土地全財産はもらえる

もちろん墓や仏壇 祖先の供養や法事 親戚の冠婚葬祭の代表者としての出資や協力も含まれる

次男以下の男子や女子たちは
長男夫婦をささえると言う役割をはたすということだ

さらに言えば女子は嫁ぎ先が長男であれば自分の親ではなく夫の親を看ることになる

次男以下の男性は娘だけの家に養子に行くことも多かったと聞く

一人娘などは養子前提の恋愛やお見合いをすることも多かったという

長男以外は

自由な人生はおくれるが親からは余裕がない場合は

相続する物は少ない
これが成り立つといわゆる介護もそこまでもものではなかった場合も多かったらしい

相続全ては長男以外は基本放棄するのだ
その代わり親は最後まで見るということだ
親もそれだけのものがないと何もやってはもらえない

何もない親は子供に全て負担がかかるのでそれなりになる
 
子供のないひとは財産があっても実務ができるひとがいない
親としてあまり持ち合わせてない人は子供が実務はできても お金がないので子供の負担となる

そこで介護保険ができて
これをかけておけば
お金のない人もそれなりな金額でそれなりの介護を受けられ
子供のない人もそれなりの実務をしてくれる介護者をつけることができるようになったのだ
つい最近のことだ
今から50年前でもまだ介護は配偶者
嫁 やる気のある子供の仕事だ

寝たきりにならないかぎり自分のあらゆる機能を最後まで使って自立して暮らすことが自分が自由でいられる最後の砦だ

そのためではほんの少しの手を周りの人が差し出すことが大事だと思う

情けは人のためならず

すべてが自分にかえってくる

自分以外の誰かの何かを毎日助けるということをする
人々が自分のための時間を1000分の1でも自分以外の人のために使えば
できないことが増えていく老後の手助けになると思う
そして寝たきりであろうかが歩けようが人間である限り死ぬまで何か人の助けになろうとして生きていきたいとおもう
足が動かなくても手が動けばなにかできる
話せる限りは何か伝えられる
お金があれば寄付もできる
微笑むこともできる


そして最後は死んでいく姿を見せて後の世を生きる人にどう死んでいくのが良いのか悪いのか
様々に考えて
生きることを楽しんでいけるようにおもってもらいたい

こんなふうに死にたくない
介護はいやだなー
死んでくれてほっとしたなー

自分ごとではなく他人ごととしてとらえられないように
お疲れ様またねー
と言ってもらえる死に方がしたいなーと
思う

とにかく介護という言葉がいい感じはなく迷惑をかけているイメージがあるので
介護されてる人にも歴史があり力があり生きている最中なんだということを
しっかり考えないといけないな

実るほど頭を下げる稲穂かな

これも遠い昔の話かな

老人に学び共に生きるところに
高齢化少子化の解決があると思う

小さい子はおじいちゃんおばあちゃんと遊ぶのが大変好きである 親より余裕があるので楽しいのだ

年老いてもつねに若者にもまなび感謝し
共に生きる仲間として受け入れてもらえるよう
先人として実っていける人が多いほど
いい関係を築けると思う

定年退職した夫を持つ妻ならわかるであろうが
現在60歳以上の男の人は
中学校からもう学校で家庭科の授業がなかった
技術家庭という教科があり技術は男子家庭科は女子だったー別々に授業をうけるのだ

小学校では一緒に家庭科を学んだが
中学校からはなくなるのだ

今の定年後の人は

小学校卒業以来家庭科をやっていないので

いろんなことが基本的にわかっていない


家で少しはやってきたとしても

勉強として学校でやるのとはまた違う



家で勉強するだけで身につくなら学校は必要ない



家庭科もいっしょだ

だから困るのだ今

定年後の人よ
残念だが 今の
中学校の家庭科の教科書と高校の家庭科の教科書で勉強してほしい

栄養食事作り 掃除洗濯 清潔について
保育 など多岐にわたり学べる

せめてそのぐらいは知識として知らないと家庭生活はできない

働いて稼いでくるだけにしてくれた
妻に感謝して

また育ててくれた母親に感謝して

学んで欲しい


それ無くしては長生きも楽しみもないものと考えて欲しい

簡単なことである6年分勉強するだけだから
努力は裏切らない

継続は力なり 

それが生きる力である

お金があっても買えないものもある

愛情たっぷりの献立はお金では買えない

やってもらえないなら 外食 コンビニ

お手伝いさんを雇えばいいと言う考えは違うことを考えて欲しい

誰かのために美味しい食事を作ってもらうだけでなく作れるようになることが 実は自分のためである

炊飯器でご飯を炊き

お鍋に水をいれお野菜お肉なんでもいい

スープを作ろう

お出汁と味噌で味噌汁

コンソメとこしょうで洋風スープ

カレールーを入れればカレーができる


時間などかからない

慣れである

やるかやらないかだけである


どうか定年後の男子たち もしくは今までやってこなかった女子たちも

ご飯を作ろう



とにかく感じたのは
リピーターが多いということ

色々回りたいが広さも内容も一度では回りきれない 本当に盛りだくさんだ
だからせめて何回か行って全貌を知りたいし 行きにくい所も行きたいーと
思うのが人間心理

元気な60代 70代にはもってこいの場所だ
激しい乗り物もなくどことなく平和で
少しアカデミックで なんとなくいい感じなのだ
旅行気分を味わえるのもいいだろう

私はどちらかと言えば
企業館の方に行きたいのだが
まあこれは予約がなかなかとれない
当日予約放出方式もはじまったが
やはり何回か行かないと全て行くことなど無理である

関東在住の親戚など
あまり万博のことなどテレビなどで取り上げないらしく 興味はなさそうだ

はっきりいって
もう関西だけでいいのではないかともおもう
ここまで関東に下げられていまさら
きてもらっても
入場数増やすだけで関西の行きたい人がさらに予約が取れにくくなるだけだ

関東地方も地方なのに
全国放送であるはずが関東というか東京のことばかり取り上げているテレビも多い
いつも思うのだが

それぞれの都道府県のことももっと全国で放送してほしい


バラエティーも東京スタジオばかりではなく全国から放送してくれると
同じタレントばかりのマンネリで面白くない番組も変わるのではないか

万博も関西でやったばかりに
いろいろいわれるが
東京オリンピックのとき大阪もいっしょに盛り上がったではないか
なぜ東京はいつも自分が中心でないと気が済まないのか
不思議である 

私はまだいけてないが
大阪ヘルスケアパビリオンは内容もスタッフも特別よくて
盛りだくさんではっきりいって3時間でも時間が足らないぐらいらしい

ちゃんと見れば相当お得だと感じる


予約なしで行けるところですら1時間は楽しめるらしい
予約が取れて
25年後の自分に出会えたり 人生ゲーム モンハンができたり すごいそうだ
大阪の名だたる企業がお金も時間も頭も使って頑張っている  現在の
大阪城も大阪の人が寄付で建てたというが さもありなんだ

大阪商人のバイタリティーは日本一だ

世界の風が不穏であるが
ニュースに出ている国のパビリオンも万博にはある

どうか
今ではなく未来に目を向けて人類の発展を目指してほしい 人類にとって負になることはしないでほしいと心から願う

万博はそういう場所であるためにそのことに人類が気づくために存在してほしいと祈る