結婚のお祝いはいつ渡すのがいいのか

 

つい最近20年ほど前までは

親戚は親からそこの息子娘が結婚すると決まれば

結婚式の一月前ほどに

お祝い金を立派なのし袋に入れて持参するのが普通で

あった

友だち同僚や遠方にすんでいる親戚の場合は行き当日渡しも失礼には当たらないが

親戚はそういうわけにはいかない

前もって良き日に実家へいく

持ってきてもらう方もおためを用意したり

お祝いのご飯やもしくは簡単におまんじゅうと桜茶などで

もてなすのだ

 

そこにつながりもあり少しお相手さんのこともわかったり

これから親族姻族になるので必要なことだった

予習である

 

ところがだ

今は先に同棲入籍まで終わっているパターンも多い

 

親族はどこに祝いをもっていくのだろうか

 

きっちりした若者なら

せめて入籍したときに入籍の報告をするだろうから

お祝いいつにする?なんて甥や姪にはきけるのだが

 

それさえもなければむずかしい

当日は渡すには高額な場合も多く

難しい

 

今は家は関係なくてお祝いは二人に渡すことになるのだが

 

全く名前も顔もしらないお相手さんになぜお祝いを渡すのかよくわからない

そして主催者当事者でも相手の親族の顔などしるよしもなく

お礼はいうこともないだろう

二人に渡すのなら二人でお礼を言うべきだ

受付で渡して終わりなんて失礼にもほどがある

会費ではない 失礼極まりない

 

親からいろいろ説明を聞いていればまだしも

今は親も口出しできず何でも若い二人でやるので

それぞれの親族への対応など

めちゃくちゃである

 

二人のことで精一杯

友だちのことで精一杯

親族のことなどどうでもいいのであろうか

幼き頃より

生まれて祝い 初参り 753 入園卒園 入学卒業 就職 

お年玉 クリスマス 誕生日

すべてしてきた

 

本当に近しくかわいがった

親の忙しいときは世話もした

 

それでもいざ結婚するとき

入籍しても報告もなく

オヤヅテに聞くだけ

 

結婚式はするかしないかわからない

今は親しか黒留め袖は着ないだとーー

黒留め袖は成人既婚女性の第一礼装だ

親だけではなく親戚一同黒留め袖は相手方への

敬意とご招待の皆様への最高のおもてなしを

至らぬかもしれないので服装で示しているのだ

それが日本のやりかただ

奥ゆかしいのだ

 

あんまり自分本位だと

お祝いの気持ちもお祝いののし袋も

冷めてしまう

 

本当にうれしい気持ちの人を大事に出来ない人が社会人としてどうなのだろうか

 

結婚式 披露宴はなんのためにするのか

スターでもアイドルでもないので

自分の思い出のためにするなら

二人でやって招待しないでほしい

 

何も言わない親たちにも問題がある

嫌われようと相手の家になんと思われようと

自分の子ども達のすることに責任を持とう

 

勝手にやってるから知らん存ぜぬでは

どうしようもない

子どもと何のコミュニケーションをしてきたのだ

不満に思っているなら伝えてほしい

いやそういう親は不満もなにもないのだろう

 

自分の子どもがよければそれでーー

どうしようもない口出しできないーー

という親も多い

 

世間はそんなに甘くない

大人といえど自分の子どもにはしっかり伝えよう

当たり前の作法とあたりまえの思いやりを

 

梨園の婚約会見を見たが

三田寛子ちゃんほんとうに

がんばっているとかんじた

夫はあんなんだし

 

息子も同棲済みで

なにかとたいへんだろう

でも子ども達としっかりコミュニケーションとって

相手さんがこまらないようにサポートしていくなんて

今時お姑さんとしては

そこまで関わりを持ちちゃんとする人は少ないので

素晴らしいと思う

お嫁さんになる人も輝いてたよ

 

若い二人よ

親の考え方が古いとかのたまうが

お宮参り七五三お食い初め

我が子には古いことばかりやるのだな

 

そしていずれ自分のやり方も古くなる

 

世代で何も違うことはない

コミュニケーション つながりわすれず

幸せとはなにか本気で追求してほしい

 

お祝いはいつ渡すのかなど

つまらぬ悩みはこりごりだ

 

 

 

 

 

子供はどうしたら増えるか


たぶん単純に恋愛に陥り 結婚して

子供ができて 育てて 親も見て

自分も子供に世話になり死んでいく


という過程がもうなくなっていくのだろう


昔は子供は家の跡取りであり

社会人として必要であり

自分の未来のためにも必要な人間であった

実際関わりがふかかったわけだ

子供は自分にとって必要な存在だったわけだ

もちろん 子孫を残し 愛する人との子供を産み育てるというのも女子には楽しいことだった

主婦になるという選択もよしとされ

とても尊重されていた


今は 子育てが大変すぎて 楽しみにくいし

単純に我が子ほしさで出産しても なんとかなるもんでもないことをみんなわかっている

自分の人生を生きることが難しくなるように感じるのだ

それだけ女子も男子も自分の人生を生きられるようになったのだろう

昔は 結婚もせず 1人好きに生きてる人は家の恥とでもいうような感覚が日本人にはあった

結婚しない子がいるなら

親は何をしているといわれ

子供ができないなら

かわいそうにと哀れがれ

孫が何人 ひ孫もいるよが自慢だった

親になった人が一人前といわれ結婚しても半人前

 

多様な人生を生きられるのは

発展なのかもしれない

 

子供がいても 自分の人生を生きられるようにならないと少子化はなくならないだろう

どうすれば良いのだろう

 

子供を自分で手元で育てたいから子供を産むのに

産んでもすぐ預けて働くなら

しんどいだけで我が子にかかわれない

とにかく産んだ我が子のそばに片時も離れずいたいのが母親の心理でもある 一方ほんの少しでも

自分以外の安心できるひとにあずけて 少し休み30分でも眠りたいのも真実だが



今は大学や就職で

早めに一人暮らしをしたりすると

お金がなくてなかなか結婚できない人もでてくる

一人暮らしだと何かと寂しくて不安だし

田舎から上京した人は早く結婚しがちだった

今は簡単に同棲できるので

あまりその利点もない


子供がいる人は

あまり何もかんがえず

好きー結婚ー妊娠ーみたいに単純な流れを淀み無く生きていける人が多いように感じる

そして別離も多い


夫婦2人でだけで産み育てるのは難しい

ましてシングルなら手が足りない

保育所は補完である

育ててはくれない

親の目が行き届かない時に安全を確保してくれるだけであると思った方が良い 

それだけで十分ありがたいのだが


1人1人がなぜ自分は子供を持ったのか

なぜ子供を持とうとしているのか

を深く考えていかないと

少子化は無くならない

単純に手当が増えても解決はしないだろう

人間にとって子供を育てるとはどういうことかを

政策に取り入れて そのことの重大さを全員が認識しないと いけないのだが

あくまでも個人的な問題なので

人からどうこういわれる筋合いもない

自分が育ってきた過程がいかに大変であったかを知ると尻込みする人も多いだろう厳しい世の中だから


そんなに大変でもないしなんとかなるから

子供も持って 働いたり 休んだり 手伝ってもらったり 自分も手伝ったり 助けたりたすけられたり がんばらずにいこうよ 人との

かかわりあいそれこそ子育てであり

少子化を防ぐ最後の砦だと思う

 

ただそれもロボットに置き換わる未来も否定できない

それでもいい ロボットにも手助けしてもらって

楽しく子育て 楽しく介護しよう

同じ時代を生きてるのだからかかわろう














女性総理大臣がとうとう誕生した

この日本で

 

明治時代からやっとである

 

同じ人間なのに

女性というだけで数多の総理大臣にもなれたほどの

優れた人物達がこの日本で埋もれてこの世をさったのだろう

 

女性になったり男性になったりいろいろあるのが一番良い

 

やる気のある人が政治の世界にいないと日本はやられてしまう

 

女性にも男性にも

子どもにも大人にも

若者にも年寄りにも

健康な人にもそうではない人にも

 

生きてることが楽しいと次の時代も是非日本を残し引き継ぎ

世界でたよりにされる国であってほしい

 

日本の歴史に今日のことはいつまでも残るだろう

 

曾孫の代には 歴史のテストで2025年初めての女性総理大臣が誕生しました 誰でしょう的な問題が出るのかも

 

髙市さん期待させてもらいます

同じ女性としてではなく日本人のひとりとして

 

働いて働いて働いて

この意味は過酷死労働ではなく

公僕として人々のために尽くしますという意味だと思います

 

いい世の中になってほしい