堀江直樹の無限上達への道のり -23ページ目
既に9月に突入しましたが




8月の下旬から月末まで北海道に滞在していました。




今回は活動の報告なんかをしたいと思います。




普段、あまり経験しないようなことを経験したので書きたいと思いますね!





まず8月26日




北海道博物館での歴史ツアーを行いました
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総勢23名の方が参加




人生初のツアーガイドでしたが、やった僕自身がとても勉強になりました
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おいおい、セラピストなのにツアーかよ。。




なんて、いろいろ思う人もいるかも知れませんが笑




ただの歴史ツアーじゃないんです。




皆さんはご自身の生まれた土地の歴史や人物史をご存知ですか?




なかなか興味がないという人や知らないという人も多いはず。





自分たちのルーツをどのように思うのかって非常に大切なことだと思いませんか?




そんな歴史教育がうまくいかない原因にはいろいろな原因もあって、知らないことが悪いというよりもそうなってしまう理由をみていく必要があると思っています。




その原因の一つとして考えられるのが点を暗記するような形になってしまうこと。



自分とつながらない勉強だとやっていても面白くないですよね。



これは医療の教育でも似たところはあるのかなと思います。



歴史は線です。



点と点がつながり、線となっていきます。



だけど、この線のつなぎ方がわからないから、多くの人が困るのではないかと思います。




セラピスト目線で応えるなら、知識を習っても、線でつなげて自分のなかで体系化していくことが苦手な人も多いのかなー。




そこにこーいう歴史教育なんかも影響しているのでは?と考えています。




この歴史ツアーでは、物事を線で繋いでいくための根本的なイメージをベースにしながら、




今の自分たちにつなげながら話をしていきます。




北海道の開拓の歴史が今の自分たちにつながる。。ってすごくないですか?




道民の人が聞いたらめっちゃいいですし、道外の人が聞いても日本が見えてきます。




非常にパワーのある内容になっていて、様々な気づきや人生における示唆を得ることができますよー。



次回は急ですが明日にあるみたい。北海道近郊でお住いの方で興味がある人がいたらご連絡ください。。



perspective496@gmail.com





今日はさらに深く書いていきますね。




様々な情報や知識を活用するために重要な視点が




「今こことつながるのか?」というところにあると考えます。




歴史ツアーを今の自分たちとつなげられる理由はそこ。




今ここに使えない知識や技術であれば様々なことに応用することは難しくなりますし、




それぞれの知識が分離し、様々な条件で仮説が立てられることにもなるので部分の解析になりやすくなります。。




これは前々回ぐらいに書いた量子力学的な観点からみた新しい教育のヒントの話とつながってくる話です。




私たちの「今ここ」(Here & Now)に常に活用される仕組みとは何か?





そこでフォーカスするのが認識になります。




そんな認識にフォーカスしたイベントがその次の日にありました。




長くなってきたので、今日はここまでにしてまた明日に続きを書きたいと思います。




本日もお読みいただきありがとうございました。




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今日、友達と話していての気付き






クライアントの心にどこまで寄り添えているのか




例えば病気でメンタルは保たれていても、




言語的なコミュニケーションが難しくなったとき、




どんな気持ちでいるんだろう




体の自由が奪われて排泄の世話を





伴侶や子供に頼るしかなくなったとき、





どんな気持ちになっていくだろう





障害需要とひとくくりにまとめられるところには





もしかするとただの諦めと開き直りであって




そこの涙をどこまで感じられるだろう





相手の尊厳を大事にするとはどう言うことなのか




クライアントの立場もあり、




介助者、医療者、それぞれの立場がある




それぞれがそれぞれの立場に立つだけでは融合は起こらない




それぞれの立場も語り




お互いに立場を変えられる




出会うと言う言葉





お互いの立場から出て会うということ





昨日の記事では考えや知識、経験なんかを絵ととらえ、その土台であるキャンパスに着目するという話をした




お互いのキャンパス=観点がどんな素材なのか、どんな大きさなのか、





人の心がどのように動きどんな解決の仕方をするのか



そんなことをわかっていると本当に相手への立場にたつってイメージが変わるなって思う




お互いが自らのキャンパスからも自由になって、




そこから共通の問題を見つめることができたとき、



お互いの現在地を認めあうことも、共に未来を考えることもできる




そんな関係を作っていきたい




問題意識の共有はこちらで
https://www.facebook.com/events/1106463576087595/




本日もお読みいただきありがとうございました。




ご意見ご感想
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おはようございます。




前回の新しい教育のヒントとなる量子的な思考という記事はまぁまぁ反応がよかったです。




シェアしてくださった方、ありがとうございます。




続きを書こうと思ったのですが、ちょっと難しくなりそうなので編集中です。




さて、今日は8月27日に控える札幌でのイベントの新しい教育とは何か?




をイメージしやすくするように書こうと思います。





皆さんはご自身の夢ややりたいことを描いていますか?




これは大きな夢でもなくて大丈夫です。




勉強をするときにも、人間関係を作るときにも何かしら頭の中に描くはずです。




自由自在に絵を描きたい!そう思ったときに皆さんだったらまず何をしますか?




想像してください。目の前に真っ白なキャンパスがあって、そこに何か自由に絵を描く場面を。







どこまでも広がる真白いキャンパス。





そこに自由に色をつけていい!となったら、心踊るはずです。




不安に感じる?そんな人もいるかもしれませんね笑





でも、そこにすでに沢山の色や絵が載っていて




その上に絵を書いてくださいといったらどう思いますか?




当然、書ける絵の範囲も限られたり、




変に色が混ざったりしたら描きたい絵は描きにくいですよね。




これ、人生に置き換えるなら、




今までに皆さんが出会った人、知識、考え方、様々な情報はキャンパスに載った絵や色です。




皆さんが意識する/意識しないに関わらず、




勝手に色は乗っかっていきます。相手から話を聞くたび、ネットから情報を得るたび、




たくさんの絵と色があなたのキャンパスに投げられていくわけです。




別の言い方をするなら、その対象から排出された「う◯こ」みたいなもの。




知識を披露したくてしょうがないタイプの男性なんかがいると、ついけむたくなるとか、




うわぁって思いたくなるのは、言ってしまえば自分のう◯こをきれいなう◯こと思って



投げつけてくるから。




世界はう◯この投げ合い状態です。




だから、人から何かを押し付けられたり、洗脳される感じがしたりすると怖くなっちゃうし、苦しくなっちゃいますよね。




(お食事中の方、失礼しました)




話が脱線しましたが、




よく、「まっさらな気持ちでみましょう」とか、「先入観をなくみましょう」とか、




セミナーでも人間関係でも言います。。




これって実は難しい。




真っ白なキャンパスをイメージしたからといって、まっさらに聞けるかというと、




そーいうもんじゃないのはよくわかると思います。




むしろ、話を聞くときにそんなことイメージしてたら話を聞けなくなります笑笑





なぜこれが難しいのかというと、着目するポイントにあるのかなと僕は考えます。




大抵の人がフォーカスするのは乗っかっている絵に着目するんです。




自分はこんな考え方、価値観をもっているから、相手はこんな考え方、価値観をもっているから。




お互いの内容の差にフォーカスがいきやすいです。




しかし、それでは本質的な解決には至りません。




実は本当に着目すべきは「キャンパスそのもの」なんです。





その「キャンバス」を別の言い方をするなら「観点」といいます。




この「観点」を自由自在に扱うことができたときに、




キャンパスそのものをまっさらにすることも、自由に色付けすることも自由自在になります。




絵の内容が「意識」だとしたら、キャンパスである観点は「無意識」





意識と無意識の生まれる仕組みと構造を説明することができますか?





それがつながったときに自分のやりたいことも人間関係も




自由自在に描いていくことができます。




自分の知っている世界から自由になる教育。




これは記憶を失うということではありません。




「知る」ことの構造をわかることで、物事にとらわれなくすることです。




これを「ゼロ化」するといいます。




だから、そこから自由自在に自分を構築することができる。



そんな教育を語るイベントが8月27日の札幌であります。是非足を運んで欲しいです。
https://www.facebook.com/events/1106463576087595/




本日もお読みいただきありがとうございました。





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