察する弊害 腑に落ちる弊害 | 堀江直樹の無限上達への道のり
こんにちは。。
 
 
 
昨日、今日とセッションが続いていますが、
 
 
 
今日もこれから1件やらせていただきます。。
 
 
 
 
セッションにご興味のある方はこちら!※9月10日より料金を改定させていただいております。
 
 
 
ちょっと前にはグランドホテルのカフェなんかを利用させていただきました笑
 
 
おしゃれ感あふれてますね!
 
 
 
 
 
さて、日々セッションをするごとに気づくことが沢山あります。
 
 
 
僕のなかではこの技術を今後、施術の体のパートを整理していくときにも活用したいなと思いながら、
 
 
 
日々、鍛錬中です。
 
 
 
 
で、最近の気づきのなかで、腑に落ちるとか、察するという能力。
 
 
 
 
実はこれってやっかいな感覚なんだなということがよくわかってきました。
 
 
 
 
それぞれの体験のなかでその感覚の蓄積はしていると思うのですが、
 
 
 
僕のなかではこの感覚は肌感覚とも似たような触覚よりも鋭敏な感覚としてあるのですが、
 
 
 
得てしてこの感覚は対人関係でも、さっしすぎたり、感じすぎたりするなということを感じています。
 
 
 
それ自体が悪いこと、というよりも、
 
 
 
そうすると察した瞬間、感じた瞬間に判断が生じます。
 
 
 
この判断する自分のものさしが使えるものならいいのですが、
 
 
 
なかなか自分のなかを観察すると、
 
 
 
あてにならない感覚と体験のなかで構築した成功体験・失敗体験を土台にしながら選択をしているので、
 
 
 
まぁ、それで成功している感覚がするから、それを選ぶんでしょうけど、よくよーく見てみると、
 
 
実にあてにならない感覚で自分が意思決定をしていることがわかります。
 
 
 
自分の持っている大前提がわかると、
 
 
 
 
常に同じ映画をロードショーしていることがよ〜くわかります。。
 
 
 
キャストはその時代時代で変えながら、結論の同じムービーを流し続けている。
 
 
 
人間関係で悩む人、人生の突破をしたい人。
 
 
 
ちょっとした判断の瞬間に、決め付けと、結論が顔を出してきますから、
 
 
 
相手とわかりあうためのコミュニケーションではなく、
 
 
 
 
判断をするコミュニケーションに行き着いてしまうんですよね。
 
 
 
 
そーなると関係構築ができる範囲が限定されていくわけですが、
 
 
 
 
目の前の人との一個の関係性のフラクタルが、そのまま人生の範囲につながります。
 
 
 
 
さーて、今日もその無意識の構造を明確にしながら、
 
 
 
「常識の変化!」を案内したいと思います!
 
 
 
本日もお読みいただきありがとうございました!
オンライン&オフライン双方お受けしています。。
 
 
 
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