アッシェンバッハの彼岸から -77ページ目

箱根山でピクニック


ピクニック



5月は、並んで植わってる木々がみんな、押し合いへしあいして見える。

葉と葉のすくない隙間に、緑の匂いは透明な緑いろの澱になって、風が吹くといっぺんに拡散される。

だから、家のちかくを歩いていると、蒸すように濃密な緑の匂いを時おり吸い込むことになる。

5月は、目を閉じて耳を澄ますと、枝や葉が、競いながら伸びてく音が聞こえる気がする。

じっとしていることに我慢がならない若者たちみたい。

成長段階を終えてしまった年頃のわたしは、そんな濃い緑の匂いを胸いっぱい吸い込むと、

自分もまだすこしは伸びることができるような気がしてくる。

唐突に、どーしてもピクニックがしたくなった。


5月の昼間こそ、白ワインである。

しかしわたしは、早起きしてお弁当をこしらえるほどマメではない。

時刻表だとかあれこれ調べて、荷物もって遠出するのもめんどくさい。旅行じゃあるまいし。

要するに、ものすごくものぐさなのだ。

でも、大丈夫。

連休中に、友人がフランスから持ち帰ったお土産、いろんなパテがある。

冷蔵庫にはスイスのチーズ。

家の近所に、いつも混んでる小さなベーカリーを発見した。

そして、箱根山までは自転車で10分少々。


とゆうことで、朝寝坊して目覚めると、バスケットならぬ紙袋にあれこれ詰めて、

キシダとふたり、自転車で箱根山を目指す。

曇っていた空が、目的地が近づいた頃になって晴れてきた。

山頂付近に木陰のベンチを発見した頃には、

すっかり暑くなって、ふたりとも上着を脱いでTシャツになる。

木陰の空気は緑いろ。風はたとえようもなく爽やかでいい匂いがし、

名前を知らない鳥が啼いている。


なんて仕合せなんだー、と異口同音しながら大きな伸びをして、

わたしたちは、さっそくベンチのうえに「お弁当」を拡げる。

例のベーカリーは、バゲットをスライスして、おまけに切り目も入れてくれた。

ハムのパックと、あひるのムースの缶を開け、チーズはナイフでスライス。

キウイは半分に切るだけでよし。プチトマトなんか、そのままでよし。

白ワインをコップに注いだら、あっというまに準備完了である。

あとは勝手に、すきなものをバゲットに挟むか乗せるかして食べるだけ。


食べることに熱中して無言になったわたしたちは、緑の高台から、緑いろばかりの周囲を眺める。

サッカーの服装をした若者たちが、何かのゲームに興じて走り回っている。

汗だく、なのによく息が切れないなーと感心。

うさぎをつれた女の子がお散歩。うさぎは女の子の胸で警戒心の強そうな目でこちらを見ている。

小学生の男の子4人が並んで必死にブランコを漕いで、その高さを競い合ってる。

1人、片腕を三角巾で吊ってるチビはどうやら不利みたいだ。

そんなものを眺めながら食べるお弁当はおいしくて、おなかいっぱいで2人とも無言になったら、

ポットに入れてきた熱い珈琲を飲みながら、読書の時間。

そうしてるうちに、わたしは必ず眠くなる。

この仕合せは、5月以外じゃきっと味わえないはず。