信者視点のイスラーム教世界観『イスラーム 生と死と聖戦』中田考著 読了 | 52歳で実践アーリーリタイア

52歳で実践アーリーリタイア

52歳で早期退職し、自分の興味あることについて、過去に考えたことを現代に振り返って検証し、今思ったことを未来で検証するため、ここに書き留めています。

 

 

<概要>

中東の専門家としての外から目線のイスラームではなく、イスラーム教信者(ムスリム)にしてイスラーム法学者としての内から目線の著者が、ジハードの解釈含め、この世界はどのように解釈すべきなのか、をイスラーム教を知らない人(異教徒や無神論者等)向けに、わかりやすく解説した著作。

 

<コメント>

これまでずっとイスラム教関連の著作を読んできましたが、すべてイスラーム教専門家や中東・アラビア専門家による著作だったので、今回は信者、つまりムスリムのしかもイスラム法学者の方が著した著作を読んでみました。

 

するとこれが、また違った意味でとっても面白く、一気に読んでしまいました。

 

■著者「ハサン中田」の際立ったキャラ

東大出身の知識人らしく、アリストテレスなどの西洋哲学や中国思想(法家)、近代社会のありよう、にも触れつつムスリムはこの世界をどう解釈しているのか?というと、やはり想定通りアプリオリなアッラーを前提に解釈。

 

近代社会が生み出した今の近代国家そのものに否定的なので、日本国籍を持ちつつ(多分)、健康保険への加入や年金保険への加入を拒否。なので病気の際は、全額支払い。

日頃からカリフ制復活を唱えている自分が、領域国民国家によるまやかしの福祉に加担するのはどうにもしゃくにさわったので、保険から抜けたのです。・・・もちろん、年金もやめました。

本書194頁

イスラーム国に若者(当時、北大の学生)が行きたいといえば、イスラーム国自体には否定的ですが、イスラーム国の知り合いを紹介して警察に聴取されるなど、生き様自体も強烈なのがまた興味深い。

 

まさに真のムスリムとして、近代国家の体をした現代のイスラーム国家にも否定的見解です(具体国名は言いませんが)。

ナショナリズム、あるいはエタティズム(国家主義)は最悪の偶像崇拝だと私は思います。国家を崇拝したり、国家に帰依したりすることはイスラーム的には酒を飲むなんかよりはるかに悪い。

本書196頁

例えば、カタールがワールドカップを開催するなどの行為は、著者の考えに沿って想像すれば完全に非イスラーム的行為です。

 

近代国家のナショナルアイデンティティ高揚をベースにイベントを盛り上げる大会が国別対抗戦としてのワールドカップなわけで、まさに近代国家を象徴するような世界最大のイベントを、厳格だといわれるイスラーム国家としてのカタールが開催しちゃうのです。

 

この世界の大いなる矛盾を、世界人口16億人を抱えるムスリムたちがどう思っているのか、とても興味津々ですが、著者自身も、

イスラームしかない、と言っているのが私しかいないのが困ったことなのですが、本来イスラームの学者はそういうべきなのです。

本書196頁

として、言及しているところもまた、誠実なお人柄で好感度高し。

 

■イスラームとは何か

本当のイスラーム法学者としてのイスラーム法解説含め、イスラームとは何か?もわかりやすく解説してくれています。

 

一番面白かったのは、自由は人間にしかない。ということ。なぜなら人間は意志をもつ存在だから。

 

例えば、

インシャーアッラー」の本来の意味は「自分としてはできる範囲で全力を尽くすが、人間の力の及ばないことについては神様の思し召し次第なので、神様のお力添えを願う」ということなのです。

本書11頁

アッラーから唯一、自由を与えられたのが人間だから「できる範囲で全力をつくす」。でもそれでうまくいこうがいくまいが、人間の自由の領域以外の世界は時間・空間の全てを神が支配しているのだから、神の領域。なので最後はアッラーの思し召し。

 

世界のあらゆる存在の中で唯一自由を認められた人間は、自由の行為を倫理的な視点で常日頃より、アッラーから評価されています。なので悪行はできるだけ回避し、善行を積むようムスリムは努力するのです。なので「自由の領域」は「善悪の領域」でもある。

 

ここで面白いのは、善行にはボーナスポイントがあること。特に「六信五行」のうち、五行については各種ボーナスポイントがある。

 

 

例えば、メッカへの巡礼(ハッジ)によって、それまでのすべての過去の罪が帳消しになります。ちなみに毎週金曜の礼拝も小さな罪は許される。

 

これは、まるで日本の熊野詣のようです。熊野詣は、詣でることでこれまでの穢れ(=罪)が浄化されます。

 

 

最近、旧統一教会問題もあるので、ちょっと意地悪くいうと宗教活動は、経済的視点でみれば、

 

「罪」「穢れ」「悪霊」「厄」などがあるといって人間を脅し恐れさせ、それらを巡礼やお布施・喜捨などによって回避できる、と信じさせて収入を得て経済を成立させる

 

という活動でもあります。そんな性格が宗教を成立させる根っこにある、というのは、古今東西同じ原理のように感じます。

 

他にも

 

「ジハードによる殉死はムスリムが唯一天国に直行できる最高の死に方だ」

 

「借金は完済しないとジハードに参戦できない」

 

「自殺は最もムスリムが忌避すべき死に方」

 

「ジハードに焼き殺す手段は使ってはいけない」

 

「大学で神学や仏教を専攻してお坊さんや牧師になる人はいるが、東大イスラム専攻でムスリムになった人は30年間著者しかいない」

 

などなど、面白いエピソード満載なので、イスラームに興味のある方にはぜひお勧めしたい著作です。