人生には、出会いがあり、別れがあります。
それは恋愛でも、友情でも、仕事でも同じです。
そして大切な家族ともいつかは別れます。
誰かと深く関わった時間ほど、
離れるときは寂しさやつらさが残るものです。
しかし、たとえ別れることがあっても、
ご縁の本質を理解できたならば、
寂しい、つらい、苦しいということを思わなくて済むんです。
今日はそんな出会い、ご縁についての考え方です。
多くの人は「ご縁=出会い」と思っています。
でも、本当は「別れ」も含めてご縁なのだと考えます。
・必要なときに出会い、
・役目が終わると自然に離れる
この流れすら、神仏の計らいであり、
私たちの成長のために起こる“必然”なんですよね。
以前、スサノオさんから教えてもらったことですが、
「出会いとは神々が用意したもの、
それをどう生かしていくかは個々の判断である」
僕はこうも思うのです。
別れは「終わり」ではなく「役目を終えた合図」だと。
つまり、「別れ=失うこと」ではなく、
「別れ=その関係性の役目が終わった」というサイン。
もしかしたらその人は、
・あなたに“本当の優しさ”を教えてくれた人かもしれない
・傷ついた過去を癒してくれるために現れた人かもしれない
・自分をもっと大切にするための“鏡”だったのかもしれない
その気づきをくれた時点で、
そのご縁は役目を果たしてくれたということなのです。
過去の僕は別れに対してただただ寂しさが残り、
ときに涙を流して執着をしていた時期もありました。
しかし、このご縁の本質を理解できると、
「どうしてあの人は去ったんだろう」という問いが、
「必要な時期にいてくれたんだな」
「おかげで私は、あの時より強くなれたな」
という、静かな感謝に変わっていきます。
寂しさを感じる瞬間があったとしても、
その奥にある“ありがたさ”を感じられる人は、
もう苦しまなくていいんです。
そしてあなたにも理解してほしいのですが、
一つのご縁が終わるとき、
空いたスペースに、また新しいご縁が流れ込んできます。
そのとき、前のご縁をしっかりと受け取っていれば
次にやってくるご縁は、もっと穏やかで、あたたかいものになります。
人生には出会いがあって、一瞬つらい別れがあります。
良縁あれば悪縁もあるかもしれません。
それは、悲しいことのように思えるかもしれません。
でも最近、こんなふうにも思うんです。
「別れることもご縁だけれど、
本当は『別れる』というより『分かれる』なんじゃないか」と。
「別れる」という言葉には、
どこか“切り離されるような痛み”や“終わり”のイメージがあります。
しかし「分かれる」と表現してみると、
そこにはお互いが違う未来を歩むための自然な流れなんだと。
人は、誰かと出会い、一緒に何かを学び合います。
でも、人生という旅路は一本ではありません。
ある地点から、それぞれが自分の使命に気づき、
進む方向が変わることもあります。
それが「分かれ道」。
一緒にいることがご縁ならば、
違う道を進むこともまた、ご縁の役目なのですよね。
誰かと出会ったこと、一緒に過ごした時間。
そして分かれることになった出来事がきても、
それらすべてに意味があり、
すべてに“必要なタイミング”があったはずです。
だからこそ、分かれることを「失う」と捉えるのではなく、
「次の章に進む合図」だと受け取ってみる。
僕はそう考えられるようになってから、
出会いも、別れ(分かれ)にも、感謝することができた。
そして、例え小さな出会いやご縁でも、
とっても大切に思え、尊く感じることがデキるんです。
だから苦しみや落ちることがあっても、それはほんの一瞬、
例えば、父親が亡くなった時もそうでした。
悲しみより、ありがたみのほうが強かったからこそ、
すぐに顔を上げて前へ進めたんです。
人は出会いの循環の中で生きています。
この出会いの本質を理解したら、生きるのが楽になりましたよ。
今日も出し切る
これで良し!まで。
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