ホント良かったじゃないか、いろいろと抑止力になって。
「『日本が中国からレアアースを輸入出来なくなっても大丈夫』とかの精神論でレアアースが地面から湧いて来るはずもなく、、」と指摘。その上で「現実より願望を優先する国家の行末は自明。」と危惧した。
結局何が抑止されたんだかは知らんがw
ホント良かったじゃないか、いろいろと抑止力になって。
「『日本が中国からレアアースを輸入出来なくなっても大丈夫』とかの精神論でレアアースが地面から湧いて来るはずもなく、、」と指摘。その上で「現実より願望を優先する国家の行末は自明。」と危惧した。
結局何が抑止されたんだかは知らんがw
栃木県立高校での暴行動画が拡散されている。
見る限り、集団で一人を虐めている様子と受け取れる。
暴行を働いているのは一人のようだが、周りで笑って見ている奴らも当然に共犯であろう。
しかし、たとえばこの被害者の子が、どうしようもなく嘘つきで、嫌な奴で、周りに多大なる迷惑をかけていたとする。
いや、別にそんな噂なんてどこにも無い。まったくの仮定として、「万が一そうだった場合」を挙げているだけだ。
で、仮にそうだった場合、この少年たちの行為は果たして正当化出来るだろうか。嘘つきで嫌な奴で、多大なる迷惑野郎を懲らしめ黙らせる「正義」は、我々の世界であまねく認められるべきものなのだろうか。
一方でネット上では、集団で虐めているこの加害少年たちの顔と名前を世間に晒す作業が着々と進められている。
その行為は、果たして正当化できるものだろうか。
卑怯で野蛮な少年たちに対してネット越しに集団で懲罰を加えることが、本当に我々の世界における「正義」なのだろうか。「正義」の名のもとに、加害少年らと同じ集団暴行に手を染めようとしているだけではないのだろうか。
考えてみてもらいたい。
そもそも、その「正義」とはいったい何ぞや?
アメリカはその「正義」の名のもとにベネズエラの大統領を拉致し、自国の裁判にかけているのだという。麻薬密輸への関与や武器所持など、裁かれるべき4つの罪状を提示したという。
しかし、アメリカは世界に冠たる民主主義国家だったはずではないのか。
民主主義はその最低限の存立条件として「国民主権」を認めなければならず、それゆえ理念として自動的に他国の主権を認め、内政不干渉を貫かなければならないはずだろう。
ところがあるまじきことに彼らの「正義」は、ベネズエラにおける主権の存在を堂々と無視して行使されてしまった。
たとえ重大な犯罪を犯すような者であったとしても、それはその主権のもとで裁かれるべきだろう。
軍事行動により他国に侵入し、護衛を皆殺しにして大統領を拉致。自国の主権のもとで裁判にかけようとする。
いったい、それのどこが「正義」なのだろうか。そんなものが果たして「正義」と呼べるのだろうか。それどころか、彼らは自身が保証しなければならないはずの民主主義の理念すら、軽々しく捨て去ってしまったのではないだろうか。
「あれ」はダメだが、「これ」ならいい。
「それ」は叩いちゃダメだが「これ」は叩いても許される。
「正義」の名のもとに理念もへったくれもなくダブスタを展開するのは、例外なくご都合主義者の振る舞いだ。
中露相手には勇ましがるが、この「正義」の行使には沈黙するしかない我が国も、当然に共犯なのである。
俺はもうずっと反権力でやって来てるんで。
「パワー」とか付くような言葉には、大抵ネガティブなイメージを抱きがちなんだよなぁ。
胡散臭い人が持っている石
(どんなヤツやねん!)